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第6話 王宮への道

儀式は王宮の小ホールで行われることになっている。


大ホールでないのは、王太子が「わざわざ大々的に盛り上げる必要はない」と言い放ったためだそうだ。


 私は仕立て上がったばかりの真っ白なドレスを身にまとい、いつもより念入りに髪を結い上げられている。


 鏡に映る自分の姿は、見違えるほど華やかだった。


けれど、その顔はやはり晴れやかではない——何しろ、この婚約が私の望むものではないから。


 館の玄関に下りると、そこには家族や使用人たちがそわそわと待ち受けていた。


 父が静かに私を見つめる。


 「エヴェリーナ……辛いだろうが、何かあったらすぐに言うんだぞ。私たちはお前を守る。それは絶対だ」


 そう言って、父は深く頷いてくれた。


 母は目に涙を浮かべ、言葉を詰まらせている。


兄は私の肩に手を置き、力強く微笑んだ。


 「大丈夫。万が一、王太子殿下がお前に無体をしようものなら、俺が叩きのめしに行くからな」


 少し冗談めかして言う兄に、私は苦笑する。


 「それは助かるけど……下手したら国家反逆罪にならない?」


 「かもな。でも、クラール家を本気で怒らせたらどれだけ怖いか、奴らだって知るべきだろう」


 兄の言葉は頼もしいけれど、現実にはどうなるか分からない。


 馬車に乗り込み、王宮へ向かう。


道中、車窓から見る街並みは今日も平和そうに見える。


 (……私の人生も、こうして平和に過ぎてほしいだけなのに)


 ★


 宮殿の正門で馬車を降りると、宮廷仕官が案内してくれる。


華美な廊下や大理石の床を歩き、小ホールへと足を運ぶ。


 ホールの扉が開かれた先には、白と金を基調とした美しい空間が広がっていた。


普段の公式儀式ほど来賓は多くない。


少数の近親者、王家側の重臣、そして占術師の老人が厳かに座っている。


 王太子サーシス殿下も既に到着していた。


ブルーグレイの礼装を纏い、黄金の装飾が施された肩章が際立っている。


相変わらず、整った顔立ちだ。表情は硬いままだが。


 殿下の脇には、国王陛下の代わりに王弟であるランドル殿下が控えていた。


本来なら国王陛下がお立ち会い頂く場面だが、陛下が多忙という名目で今日はランドル殿下が代役として臨席するとのこと。


 (本当に“やっつけ感”がすごいわね……)と思わずにいられない。


 辺境伯家からは父が代表として立ち会う。


兄と母は周囲で見守る形だ。私は殿下の正面に静かに立ち、儀式の開始を待つ。


 占術師がゆったりと立ち上がり、場にいる全員へと厳かな声を響かせた。


 「——かの預言に示されし力強き魔術師、辺境伯クラール家の令嬢、エヴェリーナ。汝はこの国に幸福をもたらす存在なり……」


 よくある格式張った文言が続く。


 ただ、私としては“幸福をもたらす”とまで言われると複雑だ。


なぜなら、その“幸福”とは本当に誰のためのものなのか……今の私には、はかり知れない。


 占術師の朗読が終わると、今度は王弟ランドル殿下が代わって声を上げる。


 「予言の導きにより、ここに王太子サーシス・サリヴァンと、辺境伯令嬢エヴェリーナ・クラールの婚約を執り行う。両者、一歩前へ」


 私とサーシス殿下は、ホール中央に敷かれた赤い絨毯を進む。


 殿下は少し俯き加減で、顔にはまるで感情が浮かんでいない。


 「さあ、サーシス殿下。婚約指輪を」


 ランドル殿下の促しに、サーシス殿下はポケットから小さな宝石箱を取り出した。


それを開くと、中には深い紫色の宝石がはめ込まれた指輪。


きらりと光を放つが、どこか冷たい雰囲気をまとっているように思える。


 サーシス殿下は私の左手を取る。——正直、手が震えそうだった。


 しかし殿下は一瞬、鼻を鳴らすように軽く息を吐くと、その指輪をすっと私の薬指へ滑らせる。


 「……これでいいだろう」


 そのとき小さく囁いた殿下の声は、まるで「仕方なくつけてやった」という響きだった。


祝福の言葉もなければ、温かい笑顔もない。


 私はそれでも婚礼の作法に従い、軽く会釈する。


 「ありがとうございます、殿下……」


 ランドル殿下はかすかに苦笑を浮かべながら、全体に向けて宣言した。


 「これにて、両者の婚約は成立とする。国王陛下への書類の提出は追って行い、正式に裁可され次第、改めて盛大な式典を執り行う予定だ」


 パチパチパチ……


 乾いた拍手が小ホールに響く。


喜びに満ちたものではなく、形式的な“儀式が終わった”ことを示す音だった。


 私の胸にはなんとも言えない虚脱感が広がっていた。


 (これが私の“婚約”……? 全然嬉しくなんかない。むしろ、こんな式ならやらない方がマシだと思えるくらい)


 周囲の貴族たちも微妙な空気だ。


おそらく、王太子殿下とシルヴィア令嬢の仲を知っている人が多いからだろう。


こんな形で婚約が結ばれるなんて、誰もが本心では驚いているし、戸惑っている。


 やがて、婚約書への署名と捺印が行われ、儀式自体は滞りなく終了した。


 私の中で、「これで私は王太子の婚約者……」という現実が、重苦しくのしかかる。

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