第4話 婚約を巡る家族会議
殿下が帰ったあと、私と両親、そして兄は応接室に再集合した。
父は眉間に深い皺を寄せ、額に手を当てながら沈黙している。
母は何度も溜息をつき、「あの態度はちょっと……」と声を落としている。
兄、ガブリエル・クラールは私の一歳上で、国立学院を卒業後は辺境伯領の管理を手伝いつつ騎士団の仕事もしている実力者だ。
兄は外見こそ優男に見えるが、魔力操作に関してはかなり才能が高い。
私にとって尊敬できる良き兄でもある。
その兄が、重苦しい空気を払うように口を開いた。
「……いや、さすがにあれは酷い。いくら王太子といえど、妹をあんな物言いで扱うなんて。父上、何とかして断れないのですか?」
父は苦い顔をして、椅子に深く腰掛けたまま首を振る。
「……断れるものなら、私だって即刻断る。あの男にエヴェリーナをやるくらいなら、まだ辺境のどこかに嫁がせた方が……」
口調は苛立ちに満ちているが、王宮の命令を覆すのは難しいという現実がある。
王太子という立場は絶対的だ。
もちろん国王陛下の直命には従わねばならないし、辺境伯家は数ある貴族の中でも地位は高いが、王位継承権を持つ殿下に正面から反旗を翻すなど危険が大きい。
そして何より、「王太子と結婚する」というのは貴族社会では名誉でもあるのだ。通常なら「喜んで!」と引き受ける家が大半だろう。
母が困ったような顔で言う。
「エヴェリーナ、あなたはどうしたいの? やはり、こんな形だけの婚約に納得できないわよね」
率直な母の問いかけに、私はうつむく。
——どうしたいか。
「……もし許されるのなら、私はお断りしたい。彼のように露骨に私を嫌っている人と結婚しても、きっとお互いに不幸にしかならない気がする」
兄はそれを聞いて深く頷いた。
「それが当然だ。だが……現実は厳しい。俺たちでできることは何だろう?」
王宮からの勅命、しかも“占術師の予言”という国にとっては重要視される要素が絡んでいる以上、どうにか破談に持ち込むのは簡単ではない。
それに、下手に動いて国王陛下や王太子の逆鱗に触れれば、家そのものが危うくなりかねない。
家族に迷惑はかけたくない。もし“やむを得ない”となれば、私自身が何とか身を引くしかないのか……?
しかし前世で味わった「理不尽に潰される人生」はもう嫌だ。
ならば、なんとか私にできることはないか。
そこで思い浮かぶのは、“あの手段”——。
この世界に生まれてから得た、私の特別な力……**自覚しかけている“希少な魔術”**がある。正直、人には秘密にしている部分が多いけれど、状況によっては使わざるを得ないかもしれない。
——だけど、その力を迂闊に知られれば私自身が“異端”とみなされる恐れもある。
悩みが堂々巡りになっていると、父がふと私を見つめて呟いた。
「……当面は儀式をどう乗り切るかだな。エヴェリーナ、困ったことがあれば何でも言うんだぞ。お前一人を犠牲になんかさせない」
その言葉は嬉しかった。家族が私を大事に思ってくれているのが伝わる。
私は小さく微笑んで応えた。
「ありがとう、父様。母様、兄様。儀式までは準備で慌ただしいでしょうけど、私自身もどうにか動いてみます」
こうして、三日後に迫る「王太子との婚約の儀式」へ向けて、急ピッチで準備を進めることになった。
しかし、この場にいない人物たちの思惑が大きくうごめいていることを、私はまだ知らない。