第2話 婚約内定の日
朝から気の重い報せがあった。
「王太子殿下が、辺境伯クラール家へお越しになる」
近衛騎士からそう伝えられ、私は玄関ホールで彼を迎えることになった。
家族たちは朝早くから応接室や館内の掃除やらで大忙しだ。
私の両親、クラール辺境伯夫妻も落ち着かない様子で、普段は温厚な父も何度も執事に進行状況を確認していた。
「陛下からの勅命らしい。殿下が来られたら、エヴェリーナ、お前は失礼のないようにな」
父は私を心配そうに見てくる。
もちろん、普段から礼儀作法は叩き込まれているし、辺境伯家の面子を潰すわけにはいかない。
でも、心の底では「どうせ私を邪魔者だと思っている殿下に、丁重におもてなししなければならないのか……」と、少し憂鬱になっていた。
そうこうしているうちに、正門から馬車が入ってくるとの報せ。
見ると、漆黒の高級馬車に王家の紋章が金糸で縫われ、護衛騎士たちがずらりと並んでいた。
王太子殿下、サーシス・サリヴァン。十九歳。
幼少から英才教育を受けている次期国王候補であり、優秀な魔術師としても名を馳せている。
けれど、私の耳に届く彼の評判は「冷酷で高慢」というものが多い。
王族らしい威厳はあるが、その態度はとても傲慢なのだそう。
ましてや、私にとっては“余計な婚約”を押し付けてきた相手に他ならない。
実際にお姿を見るのは、これがほぼ初めてと言っていい。
馬車の扉が開き、殿下が一人で降りてくる。その背後には近衛が控えているが、同行者らしき者はいない。
「はじめまして、サーシス殿下。辺境伯クラール家令嬢、エヴェリーナ・クラールにございます。ようこそお越しくださいました」
私が深々と礼をすると、サーシス殿下はわずかに目を細めた。
「……ああ。予定通り来てやったぞ。お前が噂の“予言の娘”か」
ぞっとするほど冷たい声音。
美形なのは認めるけれど、そのあまりの棘ある言葉に思わず息が詰まる。
私は必死に取り繕い、微笑みを浮かべた。
「はい……本日は遠方よりお越しいただき、ありがとうございます」
うわべだけの言葉が自分で言っていても空虚だ。
サーシス殿下は私の瞳をきつく睨むように見下ろし、吐き捨てる。
「礼など不要だ。俺はここへ来たくて来たわけではない」
もちろん私も来てほしくなんてなかった。
だけどそれを言えば喧嘩を売るようなものだ。
それを察したのか、父がすぐに間に入り
「さあ殿下、どうぞ中へ。応接室にご案内いたします。お茶の用意も整えておりますので……」
——と笑顔で促す。サーシス殿下は面倒そうに軽く手を振った。
「ああ、さっさと通せ。長居するつもりはない」
“さっさと終わらせよう”と言わんばかりの態度に、私たち家族は誰もが顔を引きつらせていた。
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