第15話 シルヴィアの罠発動――王太子の裏切りと絶体絶命のエヴェリーナ
フロアの片隅で、取り巻きが私のグラスにこっそり何かを落としているのを、私は見逃さなかった。
その一部始終を影写しで捉えるべく、仕込み済みの魔力を発動させる。
ぼんやりと視界の隅に“黒い影”が浮かび、取り巻きたちの行動を映し出している。
(やっぱりやる気ね……)
取り巻きの一人が私の元へやって来て、慇懃にグラスを差し出す。
「エヴェリーナ様、お飲み物をどうぞ。せっかくの舞踏会ですもの、もっと楽しまれてはいかが?」
シルヴィア令嬢は遠目に私の反応を見て、口元を歪めている。
私の“演技”がここから肝心だ。
(彼らの仕掛けた毒――正体は、おそらく“魔力増幅剤”に“混乱作用”を持つ薬草を混ぜたもの。これを摂取すると、魔術を誤爆しやすくなる。そこを狙って、私が暴走した形に仕立てる魂胆ね)
私は知らないふりをして、そのグラスを受け取る。
口元まで運ぶフリをして、ほんの一滴だけ舌先に含む。すぐさま飲み下さず、ハンカチでこっそり拭き取る。
これだけで中身の成分は十分に“解析”できる。私が得意とする魔術の一端だ。
味を確認したところ、やはり“混乱毒”の類。私の読みは当たっていた。
(よし、あとは“飲んだフリ”をして、奴らを安心させる)
私はわざと満面の笑みでグラスを空にし、取り巻きに向かって「ありがとう、美味しいわ」と返した。
取り巻きたちはニヤリと笑い、すぐにシルヴィアへ合図を送る。計画が成功したというわけだ。
しばらくすると、私の魔力が徐々に不安定になるように見せかけるためか、周囲の空気がざわめき始める。
誰かがわざとらしく**「あれ? 何か急に体が……?」**と騒ぎ出し、それを“私の魔力のせい”と吹聴して回っているらしい。
やがて、シルヴィアが殿下を連れて大々的に声を張り上げる。
「きゃあ! エヴェリーナ様の周囲から禍々しい魔力が感じられますわ! まさか本当に“災厄をもたらす”魔女だったなんて……!」
周囲の人々が驚き、振り返る。王弟ランドル殿下や他の重臣たちも、何事かと詰め寄ってくる。
私はあえて演技をして、苦しげに息をつく。
「うっ……そ、そんな……私、どうして……?」
すると、そこに待ってましたとばかりにシルヴィアが駆け寄り、大声で叫ぶ。
「皆さん見てください! エヴェリーナ様が突然苦しんでいらっしゃるわ! これはきっと、魔力が暴走している証拠よ! ……サーシス殿下、どうか私をお守りになって!」
当然、会場内は大混乱に陥る。
あちらこちらで悲鳴が上がり、何人かは私を取り囲むように取り巻きらが**「危険人物」**と認定してきた。
そして、極めつけは王太子サーシス殿下の言葉だった。
「……くっ、やはりか。辺境伯令嬢、お前は国のための予言だなどと偽って、こんな禍々しい力を秘めていたのか! 罪深い……今すぐ拘束しろ!」
(ここまで言うか!?)
私は一瞬、本当に怒りが込み上げた。
だが、これこそが奴らの計画通りの展開なのだ。
サーシス殿下もグルになって、私を“排除”しようとしている。
しかし、今の私にはこの計画が仕組まれたものである証拠がある。そろそろ“反撃”の時間だ。
私は殿下やシルヴィアたちを見据え、震える手を挙げる。
「……拘束? 殿下、何を根拠に? 私が本当に暴走しているかどうか、皆さん、きちんと確かめたのですか?」
サーシス殿下は冷ややかに睨んでくる。
「この場にいる誰もが、お前の魔力に怯えている。十分に根拠はある。……俺は知らなかったのだ。お前がこんな危険な力を隠し持っていたとはな」
会場の視線が一気に私に集中する。すぐそばにいたランドル殿下が、「まずは落ち着け」と私に近づこうとするが、サーシス殿下が**「来るな、危険だ」**と制止する。
(なるほど、ランドル殿下はこの計画を知らないのね。だが、私の味方というわけでもなさそう……)
私は小さく息を整え、「よし、今だ」とばかりに語気を強める。
「ならば、はっきりさせましょう。この“異常事態”が誰かの仕業なのか、偶然なのか。皆さんにも見ていただきたいものがあるんです」
そう言うと、私は前世の“投影装置”を模した魔具を取り出す。
王太子やシルヴィアが目を見開くより早く、それに魔力を注ぎ込む。
「――《影写しの映像》、解放」
次の瞬間、会場の壁際に半透明の映像が映し出される。
そこには、シルヴィア令嬢が取り巻きたちと密会し、**「エヴェリーナを陥れるために毒を盛る計画」**を語る姿がはっきりと映っていた。
会場は静寂に包まれる。誰もが目を疑うように固まる。
映像の中で、シルヴィアは**「あの女を危険人物に仕立てれば、王太子殿下は晴れて私を正妃に迎えるはず」「混乱毒を飲ませれば必ず魔力が制御不能になり、一度暴走すればエヴェリーナは終わり」**などと饒舌に語っている。
さらに、取り巻きたちが王太子殿下の名を出しながら「殿下も同意している」と話している場面もくっきりだ。
「なっ……これは、なんだ……」
サーシス殿下が愕然とする。
シルヴィア令嬢は青ざめた顔で、「そ、そんなもの偽物よ!」と叫ぶ。
「何を映しているの!? これは捏造だわ! そんな証拠、信じられない!」
もちろん反論が来ると思っていた。だからこそ、私は追加の一手を用意してある。
「捏造かどうかは、魔術鑑定士に見てもらいましょう。王宮付きの鑑定士なら、私はこの場で呼ぶこともできます。そして、そこで判明するでしょう……どちらが真実を映しているのか」
普通に考えれば、私がこの数日で用意した“影写し”の魔力は高度な専門知識がなければ偽造は困難。
さらに、私の魔術は辺境伯家の名に恥じない正当な手段として示せるだけの練度を積んでいる。
もし捏造などと主張するなら、シルヴィア側は自分たちでも同等かそれ以上の魔術を使う必要があるが……彼女たちには無理だろう。
取り巻きの一人が恐怖に駆られたのか、**「す、すみませんシルヴィア様……わ、私、もう無理です……」とその場で泣き崩れる。
どうやら、計画に加担した連中が次々に観念し、「シルヴィア様の指示でした」**と口を割り始めた。
「う……うそよ……サーシス様、これは全部嘘なの! 私の愛を信じて……!」
シルヴィアは殿下に縋りつくが、殿下はその手を振り払う。
映像の中で「殿下も一枚噛んでいる」と語る取り巻きの声を聞いてしまった以上、自分が罪を免れるには「シルヴィアが全部悪かった」と責任を押し付けるしかないのだろう。
サーシス殿下は怒りに満ちた声でシルヴィアを叱責する。
「馬鹿な……俺はそこまで承知していない! お前が勝手に暴走したんだろう! 国の行事でこんな騒ぎを起こすとは……もはや弁解の余地はない!」
醜い責任の擦り付け合いが、王族や貴族の面前で大っぴらに展開される。
会場はすっかり騒然となり、王弟ランドル殿下が**「秩序を守れ!」**と制止するが、火のついた騒動はなかなか鎮まらない。
私は、ここで最後の“総仕上げ”をするべく動き出す。




