ある結末
あるSF作家が新作の執筆に取りかかっていた。彼の得意なジャンルは、宇宙からの脅威が地球を襲うパニックもの。どんな危機に瀕しても、どんなに無理そうな状況でも、あきらめずに叡智を結集した人類が、アッと驚く方法で地球を救ってみせる!……そういうストーリーを彼は好んで描いた。
彼のファンは日常生活に退屈している。現実離れしたストーリーであればあるほど小説の読者ウケがいいので、地球に迫る危機は、太陽系の危機、銀河の危機、宇宙全体の存亡にかかわる危機、マルチヴァースに及ぶ危機と、作品の本数を重ねるにつれ、どんどんスケールが大きくなっていった。混乱する世界や命懸けの冒険ドラマを描写しながら、“どうせ絵空事なんだし、いくらメチャメチャになったって作中の人類が何とでも解決するだろ”と作者である彼は思っていた。
現実の地球に迫る危機など知らずに。
マルチヴァースに及ぶ危機やら宇宙全体の危機やらを用意せずとも、適切なスピードと適切な質量をもつ石ころがたったひとつ地球に命中するだけで、現実の人類を滅亡させるには充分だった。それは夜空を昼ほども明るく照らし、昼空では第二の太陽ほどもまぶしい輝きと見えた。次いで轟音が世界中の窓という窓を割り、風に舞う木の葉のごとく航空機をみな墜落させた。
小天体落着の衝撃により発生した超巨大津波が、沿岸部の都市を残らず呑み込んでいった。そして海水の津波と同じように海底そのものが激しく波打って地震波を拡散させ、震央から同心円状に、地球全体の地殻が何周も何周も繰り返しめくれ上がり、あらゆる大陸と島々で、高層建築物や、交通網や、工場や、農地や、史跡や、人類の文明社会を例外なく根こそぎ粉砕した。巻き上げられた大量の海水と砂礫は大気中で雲を形成し、ひとすじの晴れ間も望めない曇り空と降り続ける雨とが地球にとどめを刺した。
SF小説みたいに都合のいい架空の超技術もスーパーヒーローも存在しない現実では、宇宙から飛んでくる石ころひとつ防ぐことさえおぼつかないのだった。喜びも悲しみも愛も憎しみも、戦争も平和も経済も政治も、芸術もスポーツも哲学も信仰も、単なる物理現象の前にすべて無意味と化した。頭でっかちの人間どもは肉片すら残らなかった。
おわり