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第8話 好きなことと好きな人

「唯は生まれ変わったらどんな苗字がいい?」


「えー? そうだなー、花咲とか可愛くない?」


「いいね、あ、春風とかもあるんだ」


「春とか花とかやっぱいいよね。私なんて寺に田んぼだもん」


「分かる―。私は倉だよ? しかも坪ってなんだよって思うし」


 六月半ば、ありがたいことに例年より早めにクーラーが稼働し始めた五年二組の教室の窓側後方の一角で繰り広げられる坪倉加奈と寺田唯による苗字談義。授業開始五分前ということもありすでに自席に着いた春喜の耳にしっかりと入ってくる。


 六月になる直前に行われた席替えの結果春喜は窓側の一番後ろの席になっており、次の授業で使うタブレットを用いて可愛い苗字を検索して話に花を咲かせている唯と加奈は春喜の隣と斜め前の席だ。咲奈と瑛太とは離れ離れになった。


「寺でも西園寺とかだったらカッコよかったのに」


「確かに。あ、あと院もよくない? 伊集院とか」


「分かる。でも加奈がなりたいのは……?」


「……藤代。やだ、言わせないでよ」


 唯と加奈は同時に春喜の顔を見る。瑛太に恋愛関連のことを聞いてみると言ってからもう一ヶ月ほどが経っているが、今までそんな話をしたことがないため未だに聞くことができていない。まるで急かされているようだと春喜は視線を逸らす。


「藤田咲奈って似合うと思うなー」


「あり。あえての星野春喜もあり」


「……俺と咲奈はそういうんじゃないって。そもそも仮にそうだったとしてもそれで瑛太と坪倉が上手くいく保証はないでしょ?」


「分かってないなー委員長は。ね、唯」


「うん。委員長って頭いいのに、ちょっとあれだよね」


「あれって?」


「なんでもなーい」


 会話を終えると同時に授業開始のチャイムが鳴った。春喜の目の前の席で机に突っ伏して寝ていた金城龍も目を覚ます。


 桜の指輪、瑛太の恋模様、咲奈の日誌にある桜との秘密のやり取り、咲奈への感情の正体、気になること、聞きたいことを山ほど抱えている春喜だが気になることの一つには龍の様子についても含まれている。


 四月末の体育の授業でバスケの腕前を披露した日から横柄な態度をとることや決まりを破ることはほぼなくなった。だがいつもどこか気の抜けたような様子で、休み時間は誰とも話をすることもなく先ほどのように机に突っ伏して寝ていたり、ベランダから景色を見て黄昏ていることがほとんどだった。


 春喜は委員長として、バスケの腕前に魅了された一人として、龍のことを気にかけ心配していた。担任の桜に相談しても「気にかけてくれてありがとう。今まで通り接してあげてね」と笑顔でかわされてしまい、詳細を掴めずにいる。



 転機が訪れたのはこの日の昼休み。給食の間に担任の桜からされた普段は昼休みには使用が禁止されている体育館が、五、六年生限定で日ごとにローテーションで使用できるようになったという報告がきっかけだ。


 龍の実力を目の当たりにしたことと桜の好きなスポーツであることから五年二組のバスケ熱は他のスポーツよりも高く、瑛太を中心とした運動好きのメンバーがバスケをしようと皆を誘い始める。


「龍もやろうぜ。すごいプレー見たいし、皆に色々教えてくれよ」


 給食の片づけを終え、すでに多くのクラスメイトが体育館に向かい出している。そんな中、龍はいつものように机に突っ伏していた。見かねた瑛太が声をかけると龍は顔だけを動かして瑛太をじろりと見上げる。


 龍のことが気になっていた春喜も体育館に向かおうとしていた足を止めて様子を見守る。


「行かないのか? 最近いつも寝てるけど、体調とか悪い?」


「別にそんなことないけど……」


 明らかに乗り気ではなく再び机に突っ伏す龍。理由はどうあれ、やりたくないという人間を無理に誘うのは良くないと龍も春喜も諦めかけたとき、髪を一つに縛って後ろに垂らしジャージに着替えた桜が教室に戻ってきた。どうやら一緒にバスケをするつもりのようでやる気満々の姿に春喜も気合が入る。


 桜は春喜たちに近づき机に突っ伏す龍の前に立ち、しゃがんで龍の顔と目線を合わせて声をかけた。


「龍君、よかったら一緒にバスケしない? 私、龍君が前より上手くなったところ見てみたい」


 桜の声に反応した龍が顔を上げる。


「先生も一緒にやるの?」


「うん」


「……じゃあ、やる」


「よかった。行こっ。ほら、春喜君も瑛太君も」


「……あ、はい」


 桜に対してやけに素直な龍に呆気にとられながら桜と龍に続いて春喜と瑛太も教室を出る。


 最近の態度とは大違いで、にこやかにバスケの話を桜と繰り広げる龍に対し、春喜は一つの可能性を思い浮かべる。龍も自分と同じように桜のことが好きなのではないかという疑念だ。


 桜にバスケを語る龍の目は今までに見たことがないくらいに輝いていて、バスケが好きだと言う桜も麗しいほどの笑顔を見せている。あんな笑顔を自分はさせたことがない、と春喜は生まれて抱いた感情に戸惑う。


「春喜、どうした? 変な顔して」


「あ、いや、なんでもないよ」


「そうか? なーんか龍も春喜も変だな。大丈夫かよ」


「大丈夫、大丈夫だよ」


 好きなスポーツが同じだけ。龍と桜はただの先生と教え子の関係だ。そう思って胸の内の黒くもやっとした部分を取り払うが、同時に自分にもその言葉が刺さる。春喜は大きなため息をついた。


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