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金平糖とお坊さん

作者: 昼月キオリ

〜出会い〜

5月。カラッと晴れたある日のこと。

一人の女性がこの寺に来た。

正座をして参拝していたその女性が立ちあがろうとしたその時、足元がふらつくのが目に入った。

近くにいた私は咄嗟に駆け寄り彼女の体を支えた。

時雨菊水(しぐれきくすい)(僧侶)(32)「大丈夫ですか?」

秋月銀花(あきづきぎんか)(30)「はい・・すみません、低血糖を起こしたみたいで・・でも、大丈夫です、糖分を取れば治りますから」

菊水「それは大変だ、部屋の中で休んでいって下さい」

銀花「すみません、ありがとうございます・・」


菊水「どうぞ」

私は部屋に彼女を案内した後、金平糖と温かいほうじ茶を出した。

銀花「ありがとうございます」

数分後、青白くなっていた彼女の顔色が戻り私はひとまず安堵した。

菊水「良かった、だいぶ落ち着いたみたいですね」

銀花「はい、迷惑をかけてすみませんでした」

菊水「いえいえ、迷惑なんて事はありませんよ

元気になって良かったです」

銀花「ありがとうございます、ごちそうさまでした

助かりました」

菊水「どういたしまして、私はいつでもここにいますから、何かあればまたいつでもいらして下さい

もちろん、何かなくてもお待ちしていますよ」

銀花「ありがとうございます」

銀花"何だろう、こういうのって凄く心強いなぁ

家族や友人といる時とは違う心強さ、違う温かさ・・・"


それから半月ほど経った頃、彼女が再度寺に来た。

参拝を終えた彼女と目が合い、互いに会釈をする。

菊水「また来て下さったんですね」

銀花「この間はありがとうございました」

菊水「その後、具合はどうですか?」

銀花「大丈夫です、低血糖と言っても酷い症状が出るのは時々なので」

菊水「そうですか、ですが無理は禁物ですよ、身体は一番大切なものですから」

銀花「ありがとうございます」

その時、別の場所にいた龍人が菊水に声を掛けた。

龍人「菊水、ちょっといいか?」

菊水「はい、今行きます・・すみません私はこれで、

気を付けてお帰り下さいね」

銀花「はい、ありがとうございます」




〜色香〜

銀花"最初にお寺に訪れた時、私は低血糖を起こしてしまった

近くにいた僧侶の方が身体を支えながら部屋まで私を連れて行って休ませてくれた

更に金平糖とお茶まで出してくれて・・・おかげで大事にならずに済んだけれど

「菊水、ちょっといいか?」

菊水、不意に知った彼の名前

菊水さんの声は低くて落ち着きのある優しい声だった

まるで荒波を知らない静かな波を見ているかのようだった。

菊水さんに抱き止められた時、ふわりとお香の匂いがした

ただそれだけのことが妙に艶っぽく色香を感じた

これは私だけの秘密"




〜甘夏さん〜

菊水"私は彼女の名前を知らない

でも、彼女を抱き止めた時に髪から柑橘系の匂いがした

蜜柑のような甘い感じもあり、檸檬のような爽やかさもある甘夏のような匂いだった

私は勝手に自分の中で彼女のことを甘夏さんと呼んでいた

こんな事を知られたら彼女を不快にさせてしまうだろう

これは私だけの秘密だ

いや、正解に言うと菊丸には話しているから菊丸と私だけのと付け加えておこう

名前を知らなくても縁があればきっとまた会えるだろう"




〜おじじ様と菊丸〜

6月。梅雨時期。

この日は雨は降っておらず、晴れていた。

寺に訪れた銀花を菊水は裏庭に招いた。

銀花「わぁ、お庭素敵ですね!」

菊水「ありがとうございます、ここは通常一般の方は入れないのですが・・」

銀花「え、それなら私入って大丈夫なんですか?」

菊水「はい、紫陽花の花がちょうど見頃だったのであなたにぜひ見て欲しかったんです」

銀花「ありがとうございます!」

菊水「どうぞ、縁側に座布団を用意してありますので座って下さい」

銀花「ありがとうございます」

5分後。

私の前に三角形の和菓子と冷やした緑茶が出された。

菊水「どうぞ」

銀花「え、和菓子とお茶まで頂いちゃっていいんですか?」

菊水「はい」

銀花「ありがとうございます、この和菓子なんて言う名前なんですか?初めて見ました」

菊水「それは水無月と言う和菓子です

下はういろう、上は小豆でできてるんですよ」

銀花「そうなんですね、初めてなので食べるのが楽しみです」

菊水「私は席を外しますがどうぞ楽しんでいって下さいね」

銀花「はい、ありがとうございます」

・・・。

銀花"こんなに良くしてもらって良かったんだろうか・・なんだか申し訳なくもあるけれど

でも今はそれより・・・"

銀花「頂きます、パクッ、んー美味しい!

ほどよい甘さ!」


しばらくして・・・。

銀花「ごちそうさまでした、あの、お代は・・・」

菊水「?お代はいりませんよ」

銀花「ですが・・・」

菊水「私が勝手にやっていることなので気にしないで下さい」

銀花「ありがとうございます・・私、こんなに甘えてしまっていいんでしょうか・・」

すると背後から急に声がした。

あの日、菊水さんの名前を呼んだ時と同じ声で。

龍人(たつひと)(78)「良いよい」

菊水「おじじ様、いつからいたんですか?」

龍人「今来たところだよ」

銀花「おじじ・・・」

菊水さんの意外な呼び方に私が驚いていると・・。

龍人「ああ、おじじと言うのはワシのあだ名だよ

本名は時雨龍人(しぐれたつひと)、こっちは菊水だ、よろしくね」

銀花「よ、よろしくお願いします」

菊丸(三毛猫、オス)「にゃー」

すると龍人さんの後ろに隠れていた一匹の猫が私に近づいてきた。

龍人「おや、菊丸はどうやら君に興味があるみたいだね

猫は平気かな?」

銀花「はい、好きです、菊丸って言うんですね」

龍人「ちなみにオスだよ」

銀花「へぇ・・・」

菊丸は座っている銀花の足に擦り寄った。

銀花「か、可愛い・・・」

銀花は菊丸のあまりの可愛さについ頬が緩む。

菊水「菊丸が私とおじじ様以外に懐くなんて珍しいですね」

銀花「そうなんですか?」

菊水「はい、菊丸は警戒心が強くてあまり人に懐かないんですよ」

銀花「そうなんですか・・あの、ところで、おじじ様があだ名というのは?」

銀花は菊丸を撫でながら質問をした。

龍人「ああ、小さい頃の菊水がワシのことをおじじ、おじじってずっと呼んでいたんだよ

ワシはその呼び方を気に入っていたからそのままおじじと呼んで欲しいと菊水にお願いしたんだ

大人になってからは様を付けるようになったがな」

菊水「さすがに子どもの頃からのままという訳には・・・」

菊水は少し恥ずかしそうに答えた。

親子なのかな?と少し気になった銀花だったが、他人の家の事を無闇に聞くのは失礼だろうと控えた。




〜本名〜

龍人「えーと、甘夏さんは」

不意に龍人に甘夏さんと声を掛けられ、銀花は首を傾げた。

銀花「え?甘夏さん??」

甘夏という言葉を聞いた瞬間、動揺し始めた菊水はおじじの後ろでアワアワしている。

龍人「おや?君は甘夏さんという名前じゃなかったかな?」

菊水「おじじ様、それは!」

顔を真っ赤にした菊水が龍人を止めに入ろうとするが・・・。

銀花「はい、私は甘夏と言う名前ではなく銀花という名前ですが・・・」

龍人「ほぉ、君は銀花さんと言うのか、可愛いらしい名前だね」

銀花「ありがとうございます・・ですがどうしてまた甘夏なのですか?」

龍人「いやね、菊水が甘夏さんが来てくれたと菊丸とよく話していたからてっきり名前だとばかり思っていたんだよ」

銀花「え?」

銀花はその話しを聞くと菊水の顔をじっと見た。

菊水「ちょっ、おじじ様!なにも本人の前で言わなくてもいいでしょう!というか何故そのことを・・・」

龍人「ほっほっほ、たまたま菊丸と話していたのが聞こえてしまったんだよ

しかし、いつも冷静沈着な菊水がこんなにも取り乱すなんて珍しいなぁ

良いよい」

菊水「全然良くないですよ・・・すみません銀花さん、嫌な気持ちにさせてしまいましたか?」

銀花「いいえ!嫌なはずないです

それに私も菊水さんに会えるのを楽しみにしてるんですよ」

少し照れたように銀花は伝えた。

菊水「え・・・(ドキッ)」

龍人「ほっほっほ、若さとは素晴らしいなぁ菊水」

菊水「おじじ様・・私をあまりからわないで下さいよ・・」

龍人「それじゃあ菊水、ワシは菊丸におやつをあげてくるから

しばらくゆっくりしていってもらいなさい」

菊水「は、はい」

銀花「あの、ありがとうございます」

龍人「いえいえ、じゃあね銀花さん」

・・・。

龍人「なぁ菊丸、あの二人はいつになったらくっつくんだろうなぁ」

龍人は菊丸を抱っこしながら話しかける。

菊丸「にゃあ?」

何を言ってるのか分からないといった様子で菊丸はキョトンとしている。

龍人はそんな菊丸を優しく撫でた。


帰り際。

菊水「お気をつけて」

銀花「はい、ありがとうございます」


銀花が帰った後・・・菊水は縁側でうたた寝をしていた銀花のことを思い出していた。


菊水「銀花さ・・・おや?」

銀花「すやすや・・・」

菊水「寝ているのか」

その時。

銀花「ん・・・菊水さん・・」(寝言)

菊水「!?」(ドキッ)


菊水「いや、あれは寝言だ、ただの寝言で深い意味はない・・・」(ブツブツ)

そう自分に言い聞かせた後、菊水は鬼のように滝に打たれた。

隠れた場所から菊水の様子を見ていた龍人と菊丸は・・。

龍人「フッ、まだまだ修行が足りないな」

菊丸「にゃー!」

菊丸は顔を手で掻きながら元気ににゃーっと鳴いた。

 



〜菊水と菊丸の過去〜

銀花「菊水さんは本当に龍人さんを慕っているんですね」

菊水「はい、実は私は捨て子で菊丸は捨て猫だったんです」

銀花「え・・・」

菊水「暗い話になってしまいますが聞いてもらえますか?」

銀花「はい」

菊水「ありがとうございます

私は産まれてすぐに実の母親に捨てられました

その時、私はダンボールの箱の中に入れられていたらしいんです

私はほとんど記憶にないのですが・・・

たまたま通りがかった龍人さんが拾ってくれたんです

当時龍人さんはこの寺の僧侶をしていましたから私は寺で暮らすことになりました

そして5年ほど前、龍人さんは子猫を拾い、今も一緒に暮らしいるという訳です

菊水、菊丸という名前は龍人さんの亡くなった妻の菊代さんの菊を取ったそうです」

銀花「そうだったんですね・・・」

菊水「私は龍人さんを心から尊敬しているんです

血の繋がりなど関係ありません

私にとって龍人さんは父親でもあり祖父でもあると

そう思っています」

銀花「優しい方ですね」

菊水「はい、稀に見るお人好しですよ」

菊水はそう言うと少し困ったようにフッと微笑んだのだった。




〜夏バテに〜①

7月。

ミーンミーンミーン。

梅雨明けの暑さと蝉の鳴き声の大合唱が始まった頃。

さすがに縁側では暑くて休めないと冷房の効いた部屋の中で休んでもらうことにした。

菊水「夏バテですか・・どうりで顔色があまり良くないと思いました

銀花さん一人暮らしでしたよね、食事ちゃんと取れてますか?」

菊水は以前より少し痩せた銀花を心配そうに見ている。

銀花「何とか・・お粥とかうどんとか、食べれそうなものを選んでなんとか食べてます」

菊水「7月の後半になって急に暑さが増しましたからね・・・」

銀花「そうなんです・・」(げそ〜ん)

菊水「あ、そうだ、銀花さん、わらび餅なら食べれそうですか?」

銀花「わらび餅ですか?はい、食べれると思いますけど・・・」

菊水「少し待っていて下さい」

銀花「?はい・・・」

数分後。

菊水「どうぞ」

菊水はわらび餅と冷やした麦茶を出した。

銀花「いいんですか?頂いてしまって・・・」

菊水「はい、もちろんですよ」

銀花「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて頂きます、パクっ、わぁ冷んやりしてて美味しいです!きな粉の優しい甘さも絶妙です」

菊水「良かった、麦茶もどうぞ」

銀花「ありがとうございます、なんだか至れり尽くせりで申し訳ないです」

菊水「私が勝手にやってることなのでお気になさらず

少しでも銀花さんの具合が良くなるといいのですが」

銀花「ありがとうございます」

銀花"菊水さんって本当に優しいなぁ・・・優しさが心に染みるよ・・・"

銀花「ごちそうさまでした」

菊水「いえいえ、?どうかしました?」

空になったお皿を見て何か考えている銀花に菊水は質問をする。

銀花「あ、いえ、わらび餅なら夏バテ中でも食べやすくていいなと思いまして」

菊水「そうですね、わらび餅なら栄養もありますし、きな粉や小豆、黒蜜も足したら栄養も足されて糖分も摂取できますね」

銀花「新たな発見ができました!ありがとうございます」

菊水"嬉しそうにしている銀花さんを見ると私まで嬉しくなるな"

菊水「そういえば、銀花さんって好きなお菓子ってありますか?いつも私の好みで出していたので」

銀花「そうですね、チョコレートとか抹茶とか好きです、あ、でもそんな気にしないで下さい」

菊水「なるほど、覚えておきます」 


〜夏バテに〜②

8月。

菊水は銀花を冷房が効いた部屋に案内した後、水羊羹と冷やした麦茶を出した。

菊水「どうぞ」

銀花「いつもありがとうございます」

菊水「いえいえ、私はこれから用があって席を外しますが、ゆっくりしていって下さいね

本当はこの間のようにゆっくりお話をしたかったのですが・・銀花さんの体調も心配ですし・・」

銀花「心配してくれてありがとうございます、私は大丈夫ですよ」

菊水「そうですか・・ですが、何かあったらすぐに声を掛けて下さいね」

銀花「はい、ありがとうございます」

・・・。

銀花は菊水が部屋を出た後、用意してくれた和菓子とお茶に目を向けた。

銀花"はっ、私ったらナチュラルに毎月和菓子とお茶を出してもらってしまっている・・このままではこのお寺と菊水さんに沼ってしまいそう・・

でも、何がともあれ・・・"

銀花「頂きます、パクッ、美味しいー!」

銀花"滑らかで口の中にふんわりと優しい餡子の甘さが広がっていく

ありがとう菊水さん!"




〜お手伝い〜

9月下旬。

夏の暑さが少しずつ引いてきた頃。

銀花「あの、何か手伝えることありませんか?

私にできることなんて限られてますけど」

菊水「そんなお気になさらず・・あ、そうだ」

菊水は何かを思い出したように目をまん丸くさせた。

銀花「?」

菊水「いや、恥ずかしながら私は生花が苦手でして・・・寺に飾る用のものはいつも私が作っているのですが・・」

菊水さんが作った生花が置いてある場所に案内された。

そこに飾られている生花の全ての花が大きく濃い色をしている為、かなり奇抜な感じだ。

銀花「えっと、だいぶその・・個性的ですね?」

菊水「そ、そうでしょうか?」

龍人「個性的過ぎるわい」

するとちょうどその時、後ろから龍人が声を掛けてきた。

菊水「おじじ様!」

龍人「さすがにこれではこの寺のイメージが壊れてしまうぞ菊水」

やれやれと龍人は首を左右に振る。

菊水「そう言うおじじ様だって生花苦手じゃないですか」

龍人「何を言う、ワシの手に掛かればほら!」(バババーン!)

龍人さんが作った生花(?)は大きな木の上に長さの違う竹と色素の薄い花がランダムに置かれている。

菊水「はぁ・・おじじ様の方が酷いじゃないですか

これじゃ生花じゃないですよ」

龍人「何を言う、歴とした生花だ、何と言ってもここにはワシの心意気が詰まっているぞ!ねー、銀花さん」

菊水「ねーって・・おじじ様、銀花さんを困らせないで下さい」

銀花「だ、ダイナミックな生花ですね!」(バババーン!)

龍人「おお!分かってくれるか!さすがは銀花さんだ!菊丸と菊水が懐くだけのことはあるなぁ」

菊水「サラッと私の名前まで出すの辞めて下さいよ・・コホンッ、とまぁ、私とおじじ様の生花は見ての通りです

ですので銀花さん、どうか私達二人にアドバイスをくれませんか?」

銀花「わ、私で良ければ」

菊水「ありがとうございます、助かります」

銀花「と言っても私は生花をしたことがないのであくまで私の感覚になってしまうんですが・・・

全部同じ濃い色や大きさの花を使うのではなく、間に小さな花や淡い色の花を使ってみるのはどうでしょうか?

茎の長さも調節しつつ

竹を器にして・・・こんな感じとか」

菊水&龍人「「おぉ!」」

菊水「とっても綺麗です!いい感じです!」

龍人「さすが銀花さんだ!」

二人の喜びように銀花も嬉しくなる。

菊水「あの、こんな事頼むのもあれなんですが・・また来た時に生花を作っていだだけませんか?」

銀花「もちろんです、ですが生花ならプロの方に頼んだ方がいいのでは・・」

菊水&龍人「銀花さんがいい(んです)!」

二人同時にハモったのを見て銀花はふふふっと笑った。

銀花「分かりました、では、また来た時に生花のお手伝いさせていただきますね」

菊水「ありがとうございます、それでは休憩にしましょう」

銀花「え、休憩ですか?」

菊水「15分ほど待ってもらえますか?」

銀花「はい、分かりました」

龍人「じゃあ銀花さん、それまでワシと話しをしよう」

銀花「はい」


15分後。

菊水は冷たい抹茶ラテとうさぎのお饅頭を出した。

菊水「どうぞ、お口に合うか分かりませんが抹茶ラテと言うものを作ってみました」

銀花「わざわざ作って下さったんですか!?ありがとうございます・・・うわぁ美味しそう〜!うさぎのお饅頭可愛い!」

菊水「ふふ」

いつになくテンションの高い銀花の姿に思わず菊水から笑みが溢れた。

龍人「・・・おーっと、ワシ買いたいものがあるの思い出した!それじゃ銀花さん、菊水のこと頼んだよ」

龍人は抹茶ラテとお饅頭が二人分用意してあるのをチラッと見る。

菊水が自分の分を用意しないのを長年一緒に暮らしてきた龍人は当然知っていた。

銀花「え?」

菊水「え、ちょっとおじじ様!?これあなたの分・・行ってしまった・・」

龍人はサササッと部屋を出て襖を閉めた。

・・・・。(し〜ん)

菊水「銀花さん、すみません、私も一緒に頂いてもよろしいでしょうか?」

銀花「もちろんです!」

菊水「では失礼して・・・」

菊水は銀花の目の前に座った。

銀花「あ、あの、抹茶ラテ頂きますね!」

菊水「はい、どうぞ!」

銀花「ん!めちゃくちゃ美味しいです!ひょっとして立てたお抹茶を使ってくれたんですか?」

菊水「あ、分かりました?さすが抹茶好きな銀花さんですね!」

銀花「ふふ、それに甘さ控えめなのもいいですね

お饅頭の甘さがあるからバランスがちょうど良くて

氷もいつも少なくしてくれているのが嬉しいです」

菊水「そこまで気付いて下さっていたとは・・嬉しいですね

身体を冷やし過ぎるのは良くないと思い、いつも氷は使わないんですが抹茶ラテということで今回は少しだけ使ったんです」

銀花「さすが菊水さんですね」

菊水「いえいえそんな」

二人は褒め合いながら抹茶ラテとお饅頭を楽しんだ。




〜おじじ様の言葉〜

龍人と銀花が二人で話しをしていた時のこと。

龍人「銀花さん、私はそう長くは生きられない

だからまた時々こうしてあの子に会いに来てあげて欲しい」

銀花「分かりました・・ですが、龍人さんも出来るだけ長生きして下さいね?」

龍人「はは、銀花さんはいい子だなぁ」

銀花「そんなことは・・私は褒められた人間ではないです」

龍人「いやいや、銀花さんはもっと自分に自信を持っていいんだよ

ワシも菊水も菊丸も銀花さんに会うと元気になるんだよ

それは紛れもなく君の力だ」

銀花「龍人さん・・・」

私は優しい龍人さんの言葉に思わず泣きそうになるのをグッと堪えた。

龍人「銀花さん、ワシ達生き物は限られた時間の中でしか生きられない

与えられた時間は非常に尊いものだ

その時間を大切な人の為に、好きな人の為に

食べたいものの為に、行きたい場所へ行く為に

使うことが最善だとワシは思うよ

だから銀花さん、悔いのないように生きなさい」

銀花「はい、ありがとうございます」

龍人「と、少々じじ臭かったかな?」

銀花「いえ、素敵なお話でしたよ」

龍人「まぁ、ワシも偉そうに言ってはいるが妻に伝えたいことを伝える前に亡くしてしまっているからね」

銀花「伝えたかったこと、ですか?」

龍人「ああ、当時のワシはどうにも気恥ずかしくて感謝の気持ちを素直に伝えられなかったんだ

今となってはそれだけが心残りでね

だから菊水にも銀花さんにも同じ後悔をさせたくなくて

こんな話しをした、といったところかな」

そう言って龍人は空を見上げた。

銀花「龍人さん・・・・」


菊水はたまたま近くにいた為、龍人の話しを聞いていた。

菊水「・・・」




〜恋〜

龍人「菊水、お前さんが一度決めたことだ

結婚しろとは言わん、だが、彼女くらいは作っても罰は当たらんぞ?」

菊水「いえ、私は・・・」

龍人「ワシも無理に作れと言ってる訳ではない

しかし、好きな女がいるならほれ、アタックの一つや二つはしてもいいんじゃないかと思うのだよ

男は押しが肝心だぞ!」

そう言いながら龍人は菊水の肩にポンと手を置いた。

菊水「わ、私は銀花さんのことをそんな風に思っている訳では・・・」

龍人「ん?ワシは相手が"銀花さん"だとは一言も言っていないぞ?」

龍人はニヤニヤしながら菊水を見ている。

菊水「おじじ様、私をからかって楽しんでませんか?」

龍人「いやいや、そんな事はないぞ・・・なぁ菊水、自分を制するのも確かに大事なことだが

お前さんの場合、たまには自分の気持ちを素直に表現してもいいんじゃないか?

ワシが年齢的に身体がしんどくなって僧侶を引退した後、寺をずっと守り続けてくれているお前さんには本当に感謝している

早朝の修行も毎日欠かさずに行い、今でも充分なくらいによくやってくれているよ

何よりワシはお前さんには幸せになってもらいたいんだよ」

菊水「おじじ様・・・」

龍人「とまぁ、色々と言ったが最終的に決めるのは菊水、お前さん自身だ」

菊水「はい・・・ただ、これだけは言わせて下さい」

龍人「何だね?」

菊水「私は、今でも充分幸せですよ?」

龍人「ああ、最近は銀花さんがここに来てくれているからなぁ」

龍人はうんうんと頷く。

菊水「銀花さんが来る前からですよ

私は、私を拾ってここまで育ててくれたことを感謝しているんです

寺のことだけでも大変なのに私や菊丸の面倒まで見てくれた

私は龍人さんを尊敬していますし、私の父であり祖父であるのは龍人さん一人だけです」

龍人「そうか、菊水はワシのことをそんな風に思ってくれていたのか嬉しいねぇ」

菊水「私はあなたと菊丸に会えて幸せですよ」

龍人「ふむ・・・」

菊水「ん?おじじ様?ひょっとして泣いているんですか?」

菊水は龍人の顔を覗き込もうとするが龍人は手でそれを止めた。

龍人「馬鹿言え、ワシは泣いてない」

私はしわくちゃな顔で泣いているおじじ様を見て、ああこの人も随分と歳を取ったんだなぁと思った。

 



〜ハッピーバレンタイン〜

2月14日。

銀花はチョコレートを持って寺へと向かった。

菊水と龍人にはミルクチョコレートを、菊丸にはバレンタインのパッケージ使用の猫缶を用意して。


銀花「どうぞ、こっちが菊水さんと龍人さんに、こっちが菊丸用の猫缶です

ハッピーバレンタイン!」

菊水「ありがとうございます!」

龍人「ワシにもくれるのか!菊丸の分まで!銀花さんは優しいねぇ」

銀花「いえいえ、そんな、猫ちゃんのご飯って初めて買ったんですけどこれで大丈夫ですかね?」

龍人「大丈夫、菊丸は何でも食べるコだからね」

菊水「猫缶、バレンタインらしい可愛らしいパッケージですね」

銀花「そうなんです!これ見つけた瞬間、あ、これはもう菊丸だ!って思ったんです・・・?あの、私の顔、何か付いていますか・・?」

じーっと二人が銀花の顔を見ていた為、銀花は首を傾げた。

龍人「いやぁ、銀花さんは癒されるなぁと」(ほわほわ)

菊水「私もそう思っていました」(ほわほわ)

銀花「え!?///」

龍人「そうだ菊水、ワシらからも」

菊水「はい、銀花さん、実は私達もバレンタインを渡そうと思っていたんですよ」

銀花「え?」


10分後、銀花の前にホットチョコレートと抹茶クッキーが出された。

ホットチョコレートは牛乳とチョコレートだけのシンプルながら濃厚でチョコレートそのものの味を楽しめる一杯だ。

菊水「銀花さんは温かい飲み物が好きだと言っていたので買ってきたチョコレートを溶かしてホットチョコレートにしてみました」

銀花「んー!チョコレートの凄くいい香りがします!

甘くて美味しい〜」

龍人「銀花さんが喜んでくれて良かったなぁ菊水」

菊水「はい」

銀花「抹茶クッキーも美味しいです、ありがとうございます菊水さん、龍人さん

はぁ、身体がポカポカ温まってきました」

菊水「良かったです、この季節は身体が冷え切ってしまいますからね

ここで暖を取っていって下さい」

銀花「ありがとうございます」

菊水「こちらこそこんな寒い季節に来て頂いてありがとうございます

冬場は特に修行が厳しい季節なのですが・・・あなたが来て下さると元気がもらえる

明日の修行も頑張ろうと思えるんです」

銀花「菊水さん・・私のことそんな風に思ってくれていたんですね

嬉しいです、ですが、修行無理し過ぎないで下さいね?」

菊水「は、はい、分かりました・・・」

龍人「ニヤニヤ」

菊水「おじじ様、その顔辞めてください・・・」




〜桜と一緒に〜

4月。

桜舞い散る中。銀花は寺を訪れた。

銀花「うわぁ、桜綺麗・・・」

菊水「銀花さん、裏庭にも桜が咲いていますよ

見に行きましょう」

銀花「はい!ありがとうございます」

縁側に座って裏庭に咲く桜を見る。

銀花「凄い・・桜って毎年見てるはずなのに毎回感動するなぁ」

5分後。

菊水「銀花さん、どうぞ」

桜餅と温かいほうじ茶が出された。

銀花「ありがとうございます、わぁ綺麗な桜餅ですね!」

桜の葉で包まれているピンク色のお餅の部分は、もち米が少し荒めになっていて桜の花びらのように見える。

菊水「はい、桜を見ながら食べるとより美味しくなると思いますよ」

銀花「そうですね、はぁ、桜ずっと散らないで欲しいなぁ・・・」

銀花さんは散っていく花びらをまるで無邪気な子どもが祭りが終わった後の帰り道を歩いている時のような顔をして名残惜しそうに眺めている。

菊水「銀花さんって心が綺麗なんですね」

銀花「えぇ!?そんなことないですよ!菊水さんの方がずっと綺麗です

荒波の立っていない海のような感じがしますもん」

菊水「そう見えます?」

銀花「?はい」

菊水「そうでもないですよ、今だって心臓がバクバクしています」

菊水は自身の心臓に手を置く。

銀花「え、大丈夫ですか!?動悸は酷くなる前にお医者さんに見てもらった方がいいですよ?」

菊水「いえ、これはあなたが目の前にいるからそうなっているだけなので、病的なものではありません」

最近色々と悟り始めた菊水は恥ずかしげもなくそう告げた。

銀花「ボフンっ・・・え、えーと・・」

銀花は顔を真っ赤にして下を向いている。

菊水「お茶、もう一杯飲みますか?」

銀花「そ、そうですね!」

その後、菊水さんは二杯目のお茶を用意してくれたのだけど、飲んだお茶は味がしなかった。




〜金平糖とお坊さん〜

1年後の5月。

銀花は裏庭の縁側に座布団の上に座っていた。

銀花「あれからもう一年になるんですね」

菊水「早いですね、はい、どうぞ」

菊水さんはあの日と同じ、金平糖と温かいほうじ茶を出してくれた。

銀花「ありがとうございます、金平糖懐かしいなぁ・・・」

菊水「あの」

銀花「?はい、何でしょうか」

菊水「あの、隣に座って一緒に食べてもいいですか?」

銀花「は、はい、もちろんです!すみません、菊水さんを立たせたまま勝手に話し始めてしまって!」

菊水「いえいえ、いいんですよ」


菊丸「にゃあー・・・?」

銀花を見つけた菊丸は近寄ろうとするが龍人に抱っこされる。

龍人「菊丸、さっき銀花さんに遊んでもらっただろう?今は二人きりにしてあげようね」

その言葉を聞くと菊丸は大人しくなった。

龍人「菊丸はいい子だね、よしよし」

龍人が頭を優しく撫でると菊丸は目を閉じて眠りについた。


二人は初めて縁側に並んで座った。静かに金平糖を食べ終え、ほうじ茶を飲んだ後、私は菊水さんに話しかけた。

銀花「菊水さん」

銀花は菊水の方に体制を変えた。

菊水「はい、何でしょうか?」

銀花「聞いて欲しい話があるんですが聞いてもらえますか?」

菊水「はい、もちろんですよ」

銀花「ありがとうございます、私、結婚はしないと決めていたので正直もっと寂しい人生が待っているんじゃないかと思っていたんです」

そう言って銀花さんは私の目を真っ直ぐ見た。

銀花「ですが、そうでもなかったみたいです」

ふわっと笑う銀花さんは綺麗だ。

菊水「それは私も同じですよ、私自身、仕事で人と関わる事はあってもプライベートではほとんど関わることはありませんし

寿命のことを考えたら私はいずれ一人でこの寺に住むことになる

そうなったら私はきっと寂しいと感じるでしょう

休む間もなく修行や仕事をして身体を壊しているかもしれません

ですがあなたが来て下さるから」

銀花「私、ですか?」

菊水「はい、休む間もなく働いていたら休憩時間にあなたと話ができない

私が倒れたらあなたに和菓子とお茶を用意できない

そう考えたら自分を上手くセーブできる気がします」

銀花「菊水さん・・・」

菊水「ですから、どうかこれからもこの寺に来てあなたのお顔を見せに来て下さいね」

銀花「はい!」

私は初めてこのお寺に来たあの日から月に一度程のペースで通い続けている。

菊水さんと龍人さんと菊丸がいるこのお寺に。


私はずっと気になっていた事を聞いた。

銀花「ところで菊水さん」

菊水「はい、何でしょうか?」

銀花「どうして甘夏さんだったんですか?」

菊水「ゴフッ!・・・」

菊水は銀花から甘夏さんという言葉を聞いた瞬間、お茶を吹き出した。

銀花「え!?菊水さん、大丈夫ですか?」

銀花はむせている菊水の背中を優しくさすった。

菊水「だい、じょうぶです、すみません、ありがとうございます・・・」

しばらくして菊水が落ち着くと、銀花はじーっと菊水の方を見た。

菊水「えっと・・・不快に思わせてしまうかもしれないので聞かない方がいいかと」

銀花「私は何を言われても大丈夫です!」

銀花は自信満々に言うとグーにした手を胸に当てた。

菊水「そうですか・・・では話しますね、

銀花さんに最初に会った時に髪から甘夏のような匂いがしてそれで勝手にあだ名を・・すみません」

銀花「なるほど、それで甘夏と・・確かにシャンプーが柑橘系の匂いのするタイプのやつを使っているのでそれでそう感じたのかもしれませんね」

菊水「やはりそうだったんですね・・って、なんだか私気持ち悪いですね、女性の髪の匂い勝手に甘夏さんとあだ名を付けるなんて・・」

銀花「んー、そうだなぁ・・正直、菊水さんじゃなかったら嫌だったかもしれませんね」

菊水「え、それは私は嫌ではないということでしょうか?」

銀花「はい、菊水さんは特別です」

菊水「特別・・・(かあぁっ)」

悟りを開き始めていた、と思いきや銀花の一言にはつい一喜一憂してしまう菊水。

銀花「菊水さん、今日はもう一杯もらってもいいですか?」

菊水「はい、では私ももう一杯もらいましょう

少し待っていて下さい」

銀花「あの、私も一緒に準備してもいいですか?」

菊水「え、はい、ではお言葉に甘えて・・ありがとうございます」

二人で二杯目のお茶を準備をする。

準備し終えた後、再び縁側に並んで座り、たわいも無い話しをしながらお茶を飲む。

座っている位置が少しずつ近付いていることに二人はまだ気付いていない。




〜その後〜

銀花さんはお寺に来た際に掃き掃除の手伝いをしてくれるようになった。

本人は気にしていない様子だったが、服が汚れてしまうのはいけないと寺にある甚平を貸し出していたのだが・・・。

寺を掃除する銀花さんの姿を見かける人達が現れた。

いつしか、掃除をしているあの綺麗な女性は誰だ?と一部の人達の間で噂になっていた。

銀花さんは自覚はしていないようだが顔立ちが整っているだけでなく姿勢も良い為、かなり目を引く人だ。

そして更に・・・その姿を見てヤキモキしている男が役一名いた。

菊水「・・・」

菊水は銀花さんに視線が集まる度にソワソワとしている。

龍人「だから言わんこっちゃない・・・なぁ菊丸?」

龍人に抱っこされたままの菊丸は・・・。

菊丸「にゃあ?」

と返事をするのだった。

 

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