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はじまりは、いつも雨01

初投稿作品です。

読みにくい、わかりにくい点がございましたら、ご教示ください。

「うん、そう、食べて帰る。

 ごめんな母さん。」


眼鏡かけ直しながら、男はそう言って電話を切った。


人身事故による電車の運行停止。

復旧の見込みは不明なのだという。

よくある話だ。

いくら電車側が安全に配慮しても、事故る時は事故る。

たまたま、今日がその日だったというだけだ。


「さて、どうしようか・・・」


駅のホームで、男は呟く。

現在時刻は18時45分。

場所は西日本電鉄 十川駅のホーム。

3つの路線が交わり、一日平均利用者数が5万人を越える、それなりに大きな駅だ。

あと少しで帰宅ラッシュも終了、というタイミングでの運行停止のため、ホームはの人口密度はいつもの比ではない。

そんな中で、彼が何をぼんやり考えているかというと・・・


「復旧を待つっちゅうてもなぁ・・・」


どうやって帰るか、である。

秋も深まり、最高気温は20度を下回る日も増えた。

それでも、ここから自宅まで4時間も歩く気にはなれない。

電話で母親に「食べて帰る」とは言ったものの、別に何か食べたいものがあるわけではない。

ただ腹が減っているから、そう伝えただけだ。


もちろん、家で夕飯を用意してくれている母親には申し訳ないと思って・・・


「ま、三日目連続のカレーは回避出来たからエエんやけど。」


いないようである。

どうにもこの男、家で食事を用意してくれる親に対して感謝が足りていない。

男は携帯端末を取り出すと、【十川駅 グルメ】で検索した。

するとすぐに結果が出てくる。


「お、けっこうある。」


居酒屋、中華料理、イタリアン、焼きそば・・・色々なジャンルの店がに表示される。

乗り換えが発生する十川駅には、かなりの数の飲食店があるようだ。


「よし、駅周りでなんか食べよか。」


そう独り言を呟き、男は改札口に向かって歩き出した。

復旧がいつになるかわからない以上、食事は早めに済ますべきだ、と判断したのだろう。

多くの人に詰め寄られている駅員を横目に、改札を出た。



18時50分。

改札を出て周囲を見渡すと、意外なことに人はまばらだった。

強いて言えば、タクシー乗り場に20人程度の行列が出来ているくらいか。

検索結果にあったとおり、駅前に立ち並ぶ飲食店は様々だ。

ハンバーガー、ラーメン、餃子、海鮮居酒屋、肉バル、コンビニエンスストア・・・

夕食の選択肢は十分に用意されている。

そうなると当然、新たな問題が発生する。


「うーん・・・」


何を食べるか、である。


「とりあえず、見て回るか。最悪、コンビニあるし。」


腹は減っているが、我慢出来ないほどではない。

駅周りを散歩がてら、見て回る。

気になる店が見つかれば、その店のクチコミを検索すればいい。

これだけ店があるのだから、すぐに見つかるだろう。

もし店を決められなかったとしても、コンビニ飯で充分。

そう考え、男は歩き出した。












時刻は19時25分。


「えぇ〜、なんでや?」


男はまだ、夕飯にありつけずにいた。

現在、居酒屋が立ち並ぶ通りを2往復したところである。

気になった店は多い。

なら、なぜ決まらないのか?

答えはシンプルだ。


「オレ、何が食べたいんや?」


選択肢が多過ぎて、贅沢に悩んでいるだけである。

小綺麗な居酒屋を見ては、

 「なんか高そう」

オープンテラスのワインバルを見ては、

 「なんか違う」

ファストフード店を見ては、

 「これはいつでも食べれる」

昭和レトロな中華料理店を見ては、

 「お、良いかも。クチコミ評価は・・・あぁ、平均点以下か。パス。」

コンビニ飯でも、と言っていたクセに

 「コンビニは負けた気がする」


これで決まるわけがない。

なんともめんどくさい男である。


「んー・・・ん?」


大通りの角を曲がった先、小さな店が何軒か続いている通りがあった。

今まで気づいていなかった通りだ。


「雰囲気あるなぁ」


そう呟き、男は通りに入った。

いわゆるチェーン店はなく、小さな個人店が何軒かあるだけの通りだ。

店の前に掲げられているメニューも、安くはないが、高すぎることもない。

月に一度のプチ贅沢、くらいに丁度良い価格帯だ。

ここはそういう店が集まる通りなのだろう。


その中にある一軒の前で、男は立ち止まった。



『天ぷら うすい』

年季の入ったのれんには、そう書かれている。

入り口はガラスの引き戸のため、外からでも店の中はよく見える。

カウンターだけの店内には、店員らしき若い男性が一名と、客らしき壮年の男性が二名だけ。


入るには勇気が必要な店だが、男が立ち止まったのには理由がある。

店の前に掲げられている、手書きのメニュー表だ。

そこには大きく、こう書かれている。



『おまかせ天ぷら8品コース 2,000円』



安い。

いや、男の給料からすれば安くはない。

それでもカウンターのみの店で、天ぷらのコースが2,000円というのは破格だろう。


「むぅ・・・」


ここに決めるべきか、男が店の前で悩んでいる。

30分も歩き回って、ようやくたどり着いた。

しかしだからこそ、ハズレは引きたくないと考えているようだ。


ふと店の中を見ると、客らしき壮年の男性と目が合った。

男性がニカッと笑みをこぼし、こちらを招くように手を振る。


「・・・」


入らない方がいいかもしれない、と男は思った。

男の経験上、こういう他人にお節介を焼こうとする人は、良かれと思って話しかけてきてくれる。

それは迷惑ではないし、むしろありがたい。

問題は、男自身が話題を繋げられないことだ。


相手に気を遣わせるくらいなら、別の店に行くか。


男がそう考えたとき、ふと視界の一部が滲んでいることに気付いた。

眼鏡を外して見ると、どうやらレンズに水滴が付いている。

いつ付いたんだ?と疑問に思った直後、周りからパラパラという音が聞こえてくる。

雨だ。


「うわ・・・」


男は顔をしかめた。

この通りは駅やコンビニから少し離れている。

今から駅に向かっても、途中で雨に濡れる確率の方が高い。


どうしようかと考えようとした矢先、ガラッ、と引き戸が開いた。


「雨降って来とるやん!お兄さん、はよ入り!」


手を振ってくれた男性が、声をかけてきた。

こちらを心配してくれている、善意100%の顔だ。


「あ、ありがとうございます」


このめんどくさい男は、こだわりは強いが、押しには弱い。

言われるがまま、男はのれんをくぐった。



男の名前は、酒田 健吾。

32歳、会社員。

安月給を理由に、いまだに実家から職場に通っている、いわゆる『子供部屋おじさん』である。

今日も今日とて、めんどくさいこだわりを持ちながら、周りに流されて生きている。






続きます。

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