約束
「パーパーパーパーパ―」
茜は片膝を着きながら、左手を口に向かって上下に動かしていた。
「何やっているのかしら?」
麗は聞いた。今日は彼女の送迎車で茜の自宅まで迎えにきていた。
「麗ちゃんがくるまで、練習しようと思って!」
茜がキラキラとした目で言う。
「その動作は何の真似かしら?」
「奈良県民なんたら博物館だよ! 中学校の修学旅行で行ったんだ!」
と言うと、茜はまた同じ動作を始めた。
「その動作だけかよ!」
麗の後ろにいた明が突っ込む。
「あれ、先輩も一緒?」
茜は今頃気づいたようだった。
「昨日は明さんと、ちょっと人には言えないような夜を過ごしましたわ」
麗はうふふと優雅に笑った。
「なにもしてねーよ! ちょっと恋愛話した程度だろ」
明は顔を赤くして否定した。
「なにそれ、ずるーい」
茜は二人に抱きついた。
三人は黒いベンツの後部座席に乗り込む。
「横田さん。お願いします」
麗は運転席の横田に声をかけた。
「はい」
車のエンジンがかかり、動き出す。
「麗。昨日はなんで押しかけてきたんだ?」
明が言った。明を真ん中にして左右に茜と麗が座っている。
「一緒に過ごしたかった、という理由ではダメかしら」
「嘘つけ。本当は何か狙いがあっただろ?」
明の問いに答えず、麗は運転席の横田に話しかける。
「昨日、あれから問題なかったでしょうか?」
「はい。少し危うい場面がありましたが、通行人のフリをして介入したら治まりました」
横田が答える。茜と明は理解が及ばず不可解な面持ちをしていた。
「何の話だよ。ちゃんと、さっきの質問に答えろよ、麗」
明は聞くが、麗は満面の笑みのままで応じようとはしなかった。
「だんまりかよ……。まあ、いい。麗のことだから、私のためだったんだろ。よくわからんが……」
車はガタゴトと音を立てる。田舎ならではの舗装がろくにされていない道路にきたようだ。
「おっと」
明の体が揺れ、左腕が茜の胸に当たった。
「やだー。先輩のえっちー」
茜は恥じらうふりをしてモジモジ動いた。
「おまえは、少年漫画の女子キャラか」
明は苦笑した。
* * * * *
お昼休憩になった。
「茜ちゃん。ちょっと寄るところがあるから、先に中庭に行ってちょうだい」
茜に伝えると、麗は理事長室へ向かった。
ノックし、返事を待たずにドアを開ける。
「麗かね。どうした」
机上で書類を整理していた理事長が言った。
「本日の夕方はお時間あるでしょうか?」
麗が聞くと、理事長は肩を竦めた。
「すまんね。今週は当分忙しくて、来週ならなんとかなるよ」
「そこを何とかできないでしょうか」
「無理だね」
言下に断られ、麗は嘆息した。
「そうですか。それでは、来週の月曜日によろしくお願いします」
「わかった」
理事長の承諾の言葉を聞くと、
「失礼します」
麗は一礼して理事長室を出た。
「あ、麗ちゃん」
中庭では茜、明、希の三人はすでに弁当を広げていた。
「今日のお弁当はのり弁でーす」
茜が弁当箱を麗に見せつけた。
「あら、今日の希ちゃんはレタスがたくさんだわ」
希は兎のようにレタスをもしゃもしゃと食べていた。弁当箱の半分くらいはレタスで埋め尽くされていた。
「実は、サンドウィッチに失敗して……」
はにかむ希に、麗はドンマイとばかりに頭を撫でた。
「ところで、理事長室に何の用だったんだ?」
明が卵焼きを頬張りながら聞いた。
「アレがアレでアレだったのですわ」
麗はおかずをとる箸を止め、はぐらかす。
「そうかー、アレがアレでアレかぁってわかるかい!」
明は卵焼きの滓を飛ばしながら叫んだ。
「先輩! 汚いよ!」
珍しく茜に注意された。
* * * * *
放課後になり、いつものように部室に集まる少女たち。
「週末、ランチを一緒にどうかしら?」
優雅に紅茶を淹れながら麗は言った。
「いいよ」
「いいね」
「おーけー」
明、茜、希が同意した。
「最近、色々とストレスがたまっているから、一気に食べてストレス解消したいわ」
麗はふうと嘆息し、紅茶を啜った。
「それなら、大奈々餃子にしようよ!」
茜が提案した。大奈々餃子はI県で有名な餃子専門店だ。
「いいね。私も好き」
明が賛同し、希もこくりと頷いた。
「そこに決定ね」
話がまとまった時に、スマートフォンからけたたましい音が鳴った。化け物の登場を知らせるアプリだ。
次のように通知メッセージがある。
『学園グラウンドに出没』
グラウンドに行くと、化け物はいた。巨大な梟のような形をしており、頭は歪んでいて、ところどころ棘が突出していた。
「ほーほー」
鳴きながら、化け物は魔法少女たちに突進してきた。
「やあ」
四人とも軽快に除け、茜が蹴りを当てた。梟は校庭を転げていく。
「ぽーぽー」
鳴き声が変わり、化け物の目は赤くなった。どろりと緑色の液体が目や口から溢れ出ていた。
「ぐえ、なにあれ」
明は気持ち悪そうに舌を出した。
「餃子の肉汁が緑色になったみたいだね」
茜はあっけらかんと言った。
「やめてよ! 今度食べに行くんだから」
明は光の剣を作った。化け物に斬りかかる。
「ぽー」
化け物は羽を使って飛び、明の攻撃を避けた。そのまま空から落下し、明に追突していく。
「ぽぎゃ」
一瞬早く、麗の氷柱が突き刺さった。
「とどめよ」
すかさず、希が熊の手で一発、二発と入れた。
化け物はぴくぴくと蠢くと、黒いモヤとなり霧散した。
「今日もお疲れ様」
いつの間にかマキビシ仮面が後ろにいた。
「あら、今更、ご登場?」
麗は冷ややかに言った。
「それが最近忙しくて」
まるで、妻に言い訳をする家庭を顧みない夫のようだ。
「あ、マキビシ仮面さま」
茜はおざなりに反応した。
「出会い系の子ばかり構っているからだわ。登場が疎かになると、大本命を逃しますわ」
麗はマキビシ仮面を肘でツンツンしながら冷やかした。
「ちょ、俺は未成年に興味ないと何度も……。って、なんで出会い系のこと知っているんだよ」
彼は汗を流しながら狼狽えた。




