不安
化け物は出るものの、明が戻ってきてから穏やかな数日が過ぎた。
「今日のお昼は何かしら?」
麗は茜の顔を覗き込んだ。少女たちはいつものように学園の中庭で昼食をとる。
「実は、今日は、どこどこどこどこ」
自ら効果音をつけながら、茜は弁当の蓋をとった。
「じゃーん! オムライスでーす」
弁当箱に丸々と入っていた。卵の上にはケチャップで、某うさぎキャラクタが描かれていた。
「お、茜が作ったのか?」
明が聞くと、茜は「ちっちっちっ」と人差し指を揺らした。
「私が作れるわけないよ! 卵を割るのは手伝ったけど!」
「それ、三歳児でもできるやつ」
明が苦笑し、釣られて希も笑った。
「私はサンドウィッチだよ」
希が全員に見せびらかした。卵サンド、ツナマヨ、ハムサンド、フルーツサンドまである。
「これ、希ちゃんが作った?」
明が聞くと、
「うん」
希は頷いた。
「お上手ですわ」
麗が拍手しながら褒めた。
「そんなことないよー」
希は可愛らしく腰をくねらせた。
(こんな平和な日々が続けばいいのに)
麗は痛切に願った。
「いただきます」
全員が合掌し、食べ始める。
「やだー。こぼれて、ベトベト」
希はフルーツサンドのクリームが手や口についていた。あざとい。
「はい。どうぞ」
茜はハンカチを手渡した。
「そういえば」
明が話を切り出した。
「今日さ、久しぶりに家族全員集まって、食事するんだよ。オヤジもくる」
「あら、素敵ね。別離したお父様もいらっしゃるのね」
「そうなんだ。珍しく、オヤジが誘ったらしいが」
明は苦々しげに言っているが、内心嬉しいのだろうと麗は解釈した。
「美味しそうだね」
バリトンボイスが聞こえた。理事長がいた。
「おじさま。見回りですか?」
麗が微笑んで尋ねた。
「そんなところかな。前も同じセリフを言ったかもしれないが、生徒の楽しい食事風景を見たくてな。ところで、日向野さん、いや、今は三田村さんか」
理事長は明の瞳を見つめた。
「はい」
明は居ずまいを正した。
「大変だったね。お疲れ様。食事を楽しんで」
明の肩をぽんとタッチすると、理事長は去っていった。
その行為をみて、「おじさま。それはセクハラでは」という言葉が出かかったが、麗は止めた。彼の言動に、違和感と言い知れぬ不安があったからだ。
* * * * *
放課後、部室には明の姿がなかった。希と麗は座って紅茶を嗜んでいた。
「あれ? 先輩は?」
部室に入るなり、茜が言った。
「今日は家族で食事らしいよ。ファミレスでも行くのかもね」
希が答えた。
「お昼の時に話していたわ」
麗が補足した。
「希ちゃんとふざけていたから聞こえなかったのかな」
茜は小さく舌を出した。
「あ……」
突如、麗は愕然とした。
「どうしたの、麗ちゃん? 顔が真っ青だよ」
茜は心配そうな顔で麗に近寄る。
「ごめんなさい。気分が悪くて……。怪物が出没したみたいなので、二人で倒しておいてくれないかしら」
麗はふらふらと部室を出て行った。
「どうしたんだろう」
「本当だ。アラートきているね」
茜のスマートフォンには『化け物出現』の通知がきていた。
麗は横田の車に乗り込むと、LINEアプリを立ち上げ、明にメッセージを送った。
麗:いま、どこかしら?
明:どうした。家族でお食事処目指しているよ
麗:どこのお店かしら
明:I県のキッチンユリだよ
「すみません。キッチンユリに向かってください」
麗は運転席の横田に指示した。キッチンユリは学園から車で一時間以上かかる距離にある。I県M市に店舗を構える昔ながらの洋食屋だ。
「まだ間に合うはず」
麗は誰にともなくつぶやいた。
* * * * *
洋食屋に着くと、麗は急いで店に入った。
「いらっしゃいませ」
という店員の声を無視し、きょろきょろと店内を見渡す。奥の席に明がいた。
「こんばんは」
麗は明に近づいた。テーブル席には、明のほかに明の祖母、父親、母親が揃って座っていた。明の父親は小太りで気難しそうな男性で、母親は痩せて目つきの鋭い女性だ。
「え、麗! こんなとこまで来たの?」
明は信じられないという表情だ。
「こんばんは。明さんのお父さま、お母さま。明さん、お借りしますね」
そう言うと、麗は明の腕を引っ張り、店外に出た。
「なに? なんなの?」
明は怒るというより戸惑っていた。
「えっと、実は、明さんと今夜は一緒にいたくて」
「なにそれ気持ち悪い」
麗の発言に明は大げさに腕を擦った。
「私の家に泊まりにきませんか?」
麗は真剣な目で訴えた。
「……なんだよ。それ」
明は頭を掻いた。
「一緒にいたいっていうより、本当は何か狙いがあるんだろ? 言いなよ」
明の促しに、麗は頭を振って拒否する。
「今は説明できません。とにかく、今夜は一緒に過ごしませんか。できれば早くから」
麗の頑強な態度に、
「わかったよ。でも、ハンバーグ食べてからでいいかな? 親には適当に言い訳しとくよ」
明は折れ、肩を竦めた。
「麗の屋敷だから、さぞかし立派なんだろうなぁ」
「たいしたことはないわ」
後でこの発言が謙遜だと知り、明は「どこがたいしたことねーんだよ」と突っ込んでいた。




