第一話(八)
はっと目を開けると、哀しそうな顔で微笑んでいる青年……あかりが目の前にいた。そして、申し訳なさそうな声でこう呟いている。
「ごめん。……ごめんな、みのり」
(えっ、あれ、どうしたんだろう私)
そう思ってみのりが頬に手を当てると涙に濡れていた。先程までのあれは夢のようであり、それにしては妙に克明だったりしてまるで追体験のようでもあったが、いずれにしてもそういうものなら……おそらくかつての『自分』は、あの熱い赤い世界で命を落としたのかもしれない。
しかも、孤独の中で。
とりあえずまだ混乱している。涙が落ちて、なかなか止まらない。
「どうしたの、みのりちゃん? なにかあったの?」
片付け作業をしていた雪乃もみのりの異変に気がついたのだろう、慌てて駆け寄ってくる。
「おにいさん、もしかしてみのりちゃんを泣かせたんですか」
あかりに対する雪乃の問いかけは、少しばかり声が強ばっていて、それはみのりを心配をしているのと同時にあかりがなにか傷つけることを言ったのではあるまいか、という母性から来るものなのだろう。
「……ううん、違うんです、ちょっと軽くパニクっちゃって。別にこの人のせいじゃないです」
そう声を絞り出すと、苦し紛れではあるが小さく微笑んで、雪乃を安心させようとした。
「それならいいけれど、辛い時とかは無理を言っちゃダメですからね。顔色も良くないし、今日はもう帰ったほうがいいわ。お大事にね、みのりちゃん。……そうだおにいさん、ちょっとこの子を送ってくださいますか? お店もそろそろ閉める時間ですし」
「すみません、雪乃さん」
よくわからないけれど情緒不安定な状態になっているみのりの背中をぽんぽん、と雪乃とあかりが優しく撫でてくれて、ささっとエプロンをはずして手元に荷物を持たせてくれると、雪乃は優しく微笑んで、
「おやすみなさい、いい夢を見て、また明日来てね」
そう言われると、またなんでか涙が溢れてきて、みのりは頭を何度も縦に振りながら、その日は店を後にした。