第一話(七)
みのりが気がついたのは、公園――いや神社だった。昼間に見た、小さいながらもしゃんとした稲荷神社だ。
ただ先ほどと違うのは、ひとの賑わいが感じられるということだった。
子供たちのわらべ歌や、社殿に手を合わせる若い女性。人々の服装はどこか古めかしいというかレトロなもので、和服をまとったひとや詰め襟の制服――たぶん国民服というやつ、そのものなのだろう――を着た、壮年の男性。もんぺ姿の女性はまだいないから、戦争がそこまで激しくなっていない時代なのだろうか。
きょろきょろと周囲を見回す時に、ふと服装が異なっていることに気がついた。自分は巫女服を豪華にしたような和服を身にまとっているし、髪の毛の長さも普段よりうんと長い。それを項の辺りでひとつに結いていて、本当に巫女さんのようだ。
と、数人の少年たちの声が聞こえてくる。彼らはメンコ遊びをしながら、戦地に向かったらしい家族の話をしていた。
「そういえば、マー坊の兄ちゃんは南方へ向かったんだっけ?」
「うん、お国のためにって、すごく張り切ってた」
「うちの兄ちゃんは今大学だから、そういうのは後になりそうだっていってたな。まずは学問が大事だから、って」
「そりゃ、たっちゃんの兄ちゃんは帝大に行ってる、ここらでも一番の天才だし。いつかお医者様になるんだろ?」
「そう、すごい頑張ってるって、手紙もらった」
それから、ひとりが声を小さくして囁く。
「でも戦争、酷くならないといいな」
「いーちゃん、なんで?」
「だって、……父ちゃんがいなくなったりするとか、俺嫌だよ。うちは、母ちゃんがいないからさ」
……そんな会話を聞いていると何となく事情が呑み込めてくる。大きな戦争が始まってさほど間のない頃、それでも家によっては赤紙による徴兵が始まっていたり、子供たちも国民学校では戦争教育を受けていたり。そして、マー坊の長兄は南方に向かったが戦死するだろうこと、学徒出陣するたっちゃんの兄は心に傷を負うだろうこと、もうひとりのいーちゃんのお父さんは空襲で足にやけどを負うだろうこと……その絵が目の前に浮かんできて、みのりはその恐ろしさに思わず首をブンブンと横に振った。
どうしてそんなことが分かるのだろう?
そして子供たちを見ていてふと気づいた。マー坊と呼ばれている少年の、左の目元の泣きぼくろはどこかで似たようなものを見た事がある気がすることに。
しばらく考えて、はっと思い出した。さっきまで『昴』で飲んでいた、老人の顔にも泣きぼくろがあったのだということを。
(あのおじいさんの、子供の頃、なのかな……)
みのりがそんなことを考えていると、目の前を赤がよぎった。
赤。
真っ赤な世界。
何かが頭の中でザワザワする。チリチリする。
懐かしさと寂しさ、そして心の底から湧き上がって来るような恐ろしさが、胸の中におしよせて、だけれどそれは理由がわからなくて、モヤモヤする。胸が痛い、苦しい。それに、……熱い。
わけがわからないけれど、泣きそうになって、なにより胸が締め付けられるような気持ちになる。
と、次の瞬間。
世界が赤く爆ぜた。
みのりの肩は震えが止まらなかった。世界は酷く熱く、喉が爛れそうな程に空気も焼けている。一瞬の間を置いて火事だとわかった。
熱い、これは現実では無いはずなのに。
苦しさのあまり、自分の口が無意識に動く、助けを求める。涙がこぼれる。
『おにいちゃん……』
そう言って、――耳のすぐ側でパチンと音がした。