07 守ってくれるのでしょう?
レティシアは頬がやけに温かいと感じ、目をうっすら開いた。最初に視界に飛び込んできたのはサファイアの宝石が二つ。ウルウルと水に浸されたように湿っていて今にも滴が零れ落ちそうだった。なんて綺麗な宝石なんだろうとレティシアは手を伸ばす。
が、何者かに力強く手を掴まれ、触れる事は出来なかった。
「レティ……!レティ、僕がわかりますか!?」
「……ノーヴェル……?」
「えぇ、そうです……!ノーヴェルです。よかった……!もう目覚めないのかと……レティ…!!」
掴まれた手は優しく掬い上げられ、ノーヴェルの頬に当てがわれた。サファイアの瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちている。
(あら……?私、どうしちゃったのかしら……確か、アイリスに額を傷つけられて、それから……)
レティシアはガバッと勢いよく身体を起こした。見覚えのない部屋だ。それにバーテンベルク邸のベッドよりも上質な寝心地のベッド……やけに豪華なキラキラした室内……天井にはデカデカと自国の国旗が描かれている。
ここはもしかしなくても……
「ノーヴェル……もしかしてここは……」
「ここですか?ここは王宮の客間です。それより、目覚めたばかりなんですから、急に起き上がると危ないですよ……!」
ノーヴェルはそう言って優しくレティシアの起こしていた上体を寝かせた。
なんという事だ。てっきり医務室かと思っていたのに何故王宮に……?レティシアは頭がグルグルとなる感覚に襲われた。混乱状態だ。
「あの……何故、医務室ではなく、王宮に……?」
「何を言うのですかレティ!学園に居たら貴方をよく思っていない生徒に襲撃されるかもしれないではありませんか!王宮なら安全ですし、レティも安心して眠れるかと思って……」
(いやむしろ寝にくいわ!!汗止まらないんですけどさっきから!!)
ここが王宮内であると理解した途端、レティシアは全身から汗が止まらなくなった。医務室の方がまだ安心して眠れる。
「でも本当に目が覚めてよかった……!今、バーテンベルク夫妻を呼んできます」
「おっ、お父様とお母様も来ているのですか…!?」
「えぇ。2人ともレティを心配して駆け付けてくれたんですよ。3時間も気を失っていたのですから」
いや3時間〝しか〟では???と、ノーヴェルの発言にレティシアはハテナを浮かばせる。うちの両親は過度な心配性ではあるが……だからと言ってわざわざバーテンベルク邸から王宮に駆け付けなくても……
相変わらずの両親に呆れていると、ドアがバンッ、と蹴り破られたとでも言わんばかりの轟音を立ててひらいた。
「レティ!!レティ大丈夫かい!?」
「レティ目が覚めたのね!!心配したんだからぁ!!」
うわーん!とレティシアの母はレティシアに抱き付いて頬擦りをした。相変わらず距離が近い。
「エディノース侯爵令嬢にナイフで切りつけられたんだって!?こんなに可愛い私たちの天使の顔に傷を付けるなんて……!!安心しなさいレティ!!パパが今すぐにでもエディノース侯爵家を潰して……!」
「それはやめてあげてくださいお父様」
アイリスの両親に罪はない。悪いのはアイリスただ1人なのだ。罰するのなら彼女だけにしておいてほしい。
そう思ったが、ノーヴェルが今回の件を国王と父、エディノース侯爵にも報告し、彼女を退学処分にすると言っていたのを思い出す。学園を退学になるなどよっぽどな事がなければ起こり得ないし、あのバーテンベルク公爵家の令嬢の顔を切りつけたのだ。彼女はバーテンベルク公爵父が何か行動を起こさなくとも、前科が付いたのでそれなりに大人しくなる事だろう。
「失礼するよ」
しわがれていながらも、どこか凛とした声が室内に響く。ノーヴェルはハッとなってキリッとした表情になり、レティシアにベタベタしていた両親たちもその声にピシッと背筋を伸ばした。
「国王陛下、ご無沙汰しております」
「よいよい。楽にしろバーテンベルク夫妻」
入ってきたのは、ノーヴェルの父であり、ここウェスタリエス王国の国王であった。白い髭を長く伸ばし、ノーヴェルと同じくサファイアの瞳をしていた。
そんなサファイアの瞳と目が合い、レティシアはベッドから降りてお辞儀をしようかと思ったが、陛下はそんなレティシアを手で制した。
「レティシア・バーテンベルク嬢。話は聞いておる。誠に申し訳なかったね」
「そんな……!陛下が謝られる事では……」
「いや、謝罪はさせてくれ。君の父であるバーテンベルク公爵とは旧友でね。友の大事な娘が傷ついてしまったのだから……ノーヴェルとの婚約を破棄した直後にこのような事が起きるとは」
陛下はノーヴェルをチラリと横目で見た。しかし、陛下の発言にレティシアの父はかぶりを振った。
「娘の言う通り。陛下が謝罪をする必要はございません。この通り、レティシアは死んでいるわけでもございませんし」
「えぇ。でも……顔に傷を作ってしまったから……これから婚約相手が見つかるかしら」
母はそう言って心配そうにレティシアの頬を包んだ。
「心配しなくても大丈夫だよレティ。パパに全て任せなさい」
「ありがとうございますお父様」
頭を優しく撫でる父に、レティシアは柔らかく笑った。久しぶりに笑った所為でおかしな表情になってないか心配だったが大丈夫だった。
そんなレティシアたちを見て陛下が閃いた、と言わんばかりに口を開いた。
「やはりノーヴェルが側にいなくてはな。ノーヴェルと婚約破棄をした直後にこんな事が起こってしまった訳だし……それに、傷が付いてしまったのはお前の責任でもあるわけだ……のぅ?ノーヴェル」
「……」
陛下は遠回しに、レティシアともう一度婚約を結べと言っている。バーテンベルク公爵家は王族を除けば1番権力を持つ家だ。そんな公爵家の令嬢と婚約を結ばせれば王家としても有利になるだろう。流石国王陛下……婚約を破棄した後にもう一度結ばせようとするとは……抜かりない。
ノーヴェルは視線を彷徨わせながら気まずそうにレティシアをチラリと見た。また自分と婚約してしまえば、彼女が危険な目に遭うのではないかと心配しているようだ。
そんなノーヴェルに、レティシアはクスリと笑って笑いかけた。
「ノーヴェル王太子殿下が私なんかでよければ……喜んで」
「え!?」
ノーヴェルは驚いたように目を剥いた。
「よ、よろしいのですかレティ……貴方は僕の所為でこんな……危険な目に遭ったのに……僕と婚約してしまえば、また同じ目に遭ってしまうかもしれないのに……!」
「どうせ傷物の私に新しく婚約相手が見つかるともう思いませんし……それに、もし危険な目に遭ってしまったとしても、今日のように……守ってくださるのでしょう?」
アイリスにナイフを向けられている時、怖くて怖くて堪らなかった。ノーヴェルが駆け付けてくれて、どれだけ安心した事か。レティシアの言葉にノーヴェルは眉を下げてどこか安心したように笑った。
「……もちろんですレティ。もう昔のように……貴方に嫌な思いはさせません。何があっても……僕が貴方を守り抜きます」
ノーヴェルはそう言ってレティシアの手を取り、彼女の手の甲に口付けをした。
「ありがとう、ノーヴェル」
レティシアは、数年ぶりに彼に笑いかける事が出来た。
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