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04 嫌がらせ

(まさかノーヴェルが私を好きだっただなんて……驚いたわ)


 翌日、登校してきたレティシアは昨日の告白の事で頭がいっぱいだった。今まで、ノーヴェルが婚約破棄を言い出さないのは単に友達として接しやすいからだと思い込んでいたのだが、まさか自分に好意があるとは。

 それなら、あんなに冷たく対応しているにも関わらず婚約を破棄しないのにも納得だ。


 だとすると、どうするべきか。彼に恋愛対象として好かれていると分かった以上、今までのようにただ無愛想に接しているだけでは足りない気がする。

 ノーヴェルには悪いが、自分は目立ちたくないのだ。もう幼い頃のように嫌がらせをされる毎日は御免である。



 レティシアは、どうやったらノーヴェルが婚約破棄をしてくれるのかを考えつつ、自分のロッカーを開けた。



(……あら?)


 しかし、レティシアのロッカーは空だった。隣の人と間違えたかしら、とも思ったがロッカーに刻まれた名前は間違いなく自分のものだ。

 おかしい。いつも教科書やノートをこの中に置いているのに……昨日、持って帰ったかしら?いや、昨日はノーヴェルに告白された事に混乱して特に荷物は持たずに帰ったはず……

 もしかしたら教室に忘れているのかも、とレティシアはとりあえず教室へ向かった。


 しかし、ない。


 自分の席にも教科書は見当たらなかった。困ったわ……このままじゃ授業が始まっちゃうし……かと言って見せてくれる友達なんていないし……!レティシアは真顔を保ちつつ顎を撫でながら心当たりを探る。


「……クスッ」


 小さな笑い声がレティシアの耳に響いた。チラリと視線だけを動かして笑い声のした方を見ると、数人の令嬢が固まってヒソヒソ、クスクスと笑い合っていた。その輪の中になんと、アイリス・エディノース侯爵令嬢もいた。


 ───まさか。


 レティシアの頭の中に幼い頃に受けた嫌がらせの記憶が浮かぶ。今も、嫌がらせをされていると言うの?

 そんな、どうして。この半年間、特に目立った行動はしていないし、昨日だって、人目のつくところでノーヴェルとそこまで接触していないはず。そこまで考えてレティシアはハッとなる。


(ノーヴェルからの……告白……!)


 ……彼女に、見られたの?


 レティシアはバッと振り返り、笑い合っている女子生徒の集団を見る。睨まれたと思ったのか、彼女らはサッと気まずそうに目を背けた。

 だが、アイリスだけは、レティシアと目を合わせたままクスリと余裕たっぷりに笑った。






(反省文を書かされた所為で時間をくったわね)


 放課後となり、レティシアは学校中を歩き回っていた。結局、教科書やノートがないので授業をまともに受けられなかった。おまけに忘れ物としてカウントされ、教師に反省文を書かされる羽目になってしまい、踏んだり蹴ったりである。

 しかし、レティシアにとって反省文を書かされるなど些細なことだ。今はもっと別の問題がある。


 あのアイリスが、自分に嫌がらせを始めた事だ。


 昨日ノーヴェルに告白されている現場をアイリス嬢に見られていたのかしら?それとも、自分を探していると思っていたノーヴェルに「レティシアを探している」と言われてプライドを傷付けられたから?

 アイリスが元々自分を嫌っていたのは分かっていたし、彼女がノーヴェルに好意を持っているのにもレティシアは気付いていた。だが、今まででアイリスがレティシアに嫌がらせをしてきた事は、今日以外はない。元々ノーヴェルの婚約者であるレティシアを気に入っておらず、昨日の告白の現場をたまたま目撃して、怒りが爆破したのだろうか。


 なんにせよ、面倒くさい事になった。


 レティシアはほんの少し眉を顰めながら教科書を探して歩き続けた。


(あっ)


 探し回る事数十分。中庭に設置されている巨大な噴水に、プカプカと浮いている何かを見つけた。近付いてみると、それはレティシアの教科書やノートで間違いなかった。手を伸ばして回収しようとしたが、その噴水の大きさは2、30メートルほどであり、噴水の真ん中に浮かんでいる教科書たちは手を伸ばしただけでは回収できそうにない。


「……仕方ないわね」


 レティシアはボソリと呟き、履いていたローファーを脱いで噴水の中にそのまま入った。想像より水が冷たく顔を顰めそうになったがなんとか堪えた。

 早く回収して噴水から上がらないと。

 レティシアは水の冷たさに耐えながらもビショビショになった教科書たちを回収していく。その様子を見た生徒たちはレティシアの行動をクスクスと笑いながら通り過ぎて行った。


「まぁレティシア様ったら……あのお歳で水遊びだなんて」

「一体何をしていらっしゃるのかしら」


 レティシアは令嬢たちの陰口に聞こえないフリをして黙々と浮かんでいる教科書とノートを回収する。


「でも……学園にあんな嫌がらせをする生徒がいるなんて……」

「怖いですわね……一体誰がやったのかしら」


「きっと自分で噴水に教科書をばら撒いたのよ」


 聞き覚えのある声が聞こえ、レティシアはピタリと動きを止める。声の主はレティシアの予想通り、アイリス・エディノースであった。美しいアメジストの瞳は、楽しそうに弧を描いている。


「レティシア様、ご学友がいらっしゃらないでしょう?だから構ってほしいのね。……寂しい人」


 アイリスはわざとレティシアに聞こえるように声を大きくして言った。レティシアは思わず下唇を噛んだ。屈んでいるお陰で誰にも表情を見られないのが幸いだ。


 怖がっていた令嬢たちも、アイリスの言葉を信用し、「そうだったのですね。まったく人騒がせな……」とレティシアに冷たい視線を向けた。

 アイリスは腰を屈めて噴水の中を歩き回るレティシアをフン、と鼻で笑い「さぁ、もう行きましょう皆さん」と、淑女のお手本のような笑顔を浮かべて去って行った。


 アイリスの姿が見えなくなったのを確認し、レティシアはびしょ濡れになった教科書をグシャリと握り締めた。


(もういいわ!!無視よ!あんな人たち!!)


 レティシアは怒りを抑えながら水の中に手を突っ込んだ。沈んでいる教科書もある所為で集めるのも一苦労だ。


「レティ……?」


 再び聞き覚えのある声が聞こえ、レティシアは振り返った。そこにいたのは、予想通りノーヴェルだった。びしょ濡れになったレティシアを見て不機嫌そうに顔を歪ませた。

 彼女が、水分を吸ってシワシワになった教科書を抱えているのを見て、全てを察したのかノーヴェルは靴を脱いで噴水に乗り上げた。


「手伝います」

「結構です殿下」


 レティシアは慌てているのを悟られぬよう真顔でキッパリとそう言った。

 しかしノーヴェルはレティシアの言葉を聞かずそのまま噴水の中に入ってきた。


「……誰がこんな事を?」


 ノーヴェルは低い声でレティシアに尋ねながら教科書を拾い上げた。


「殿下には関係のない事ですわ」

「レティ……!また貴方はそうやって……!」


 誤魔化そうとするレティシアの手をノーヴェルは咄嗟に握った。彼女の手は長い間冷水の中に入っていた所為か氷のように冷たかった。


「レティ、僕は貴方の婚約者なんですよ。何か困っている事があるのなら話してください……!必ず貴方を守ります」

「……守る……ですって……?」


 レティシアは思わず呟いてしまった。そして顔を上げ、ノーヴェルを睨み付ける。

 誰の所為でこうなっていると思ってるのよ……!私は目立ちたくないのに、貴方が気軽に話しかけてくるから……!

 ノーヴェル……貴方は一度だって、私を助けてくれた事なんてなかったわ。昔も今も……守れもしないのに、軽々しく守るだなんて言わないでよ……


 過去の事がフラッシュバックし、レティシアは思わず涙が出そうになったが、なんとか堪えた。そして、ノーヴェルが拾ってくれた教科書をひったくり、低い声で言葉を発した。


「ノーヴェル王太子殿下……この件、全てが貴方の責任だとはもちろん言いません。ですが……貴方にも多少なりともは責任がある事をご理解ください」

「……レティ……?」

「失礼します」


 レティシアは、ポカンとしているノーヴェルを置いて噴水から上がり、そのまま去って行った。


 レティシアの姿が見えなくなって、ノーヴェルは自分の体からサァッと血の気が引いていくのを感じていた。噴水の水で体を冷やしてしまったわけではない。

 『貴方にも多少なりともは責任がある事をご理解ください』

 レティシアが放った言葉の意味を、ノーヴェルは理解した。


(まさか……レティが僕の婚約者だから……?)


 レティシアの声色は、まるで長年の不満をぶつけるかのように重かった。

 もしかして彼女は、自分の知らないところで、今回のような嫌がらせをされ、ずっと苦しんでいたのではないか。その所為で誰も寄せ付けぬ冷たい女性になってしまったのではないか。気付いてくれなかった自分を憎み、あのように冷たい態度をとるのではないか。


 気付いてあげられず、彼女の苦しみも知らずに、のうのうと生きてきた自分に腹が立つ。ノーヴェルは固く拳を握りしめた。爪が食い込み血が滲んだが気にならなかった。レティシアが負った心の傷の痛みに比べればこれくらいなんともない。


「クソッ……!」


 自分が近くにいる所為で、愛しい人が傷つけられる。でも、彼女と離れたくない。

 こんなのは我儘で、レティシアはそれを嫌がると分かっている。だが、ノーヴェルはどうしようもなくレティシアを愛していた。


 彼女を愛しているからこそ、これ以上彼女を苦しめるわけにはいかなかった。

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