9、留守番
サザンらを乗せた宇宙船は現在建設中のシン・オーハを目指して飛び立った。
宇宙都市は人工的な衛星のようなもので、惑星オーハを中心とする軌道上に遠心力の作用で浮かんでいる。
宇宙空間では、静止した物体を作り出すことは不可能だ。
惑星オーハも「頂点星アモン」という恒星の周りを回っている。
静止させることはできなくとも、動的な慣性系の中に安定した大地を作り出すことはできた。
人が星の上に立つというのはそれだけで奇跡的なことだった。
宇宙都市はそうした奇跡の研究の末に生み出されたものだ。
宇宙船は現在時速2100キロで飛翔している。
これだけの速度で飛びながらも、シン・オーハまでの道のりは短くなかった。
宇宙空間ではすべてが動いている。
ゆえに、動いたものを動いた場所にドッキングしなければならない。
宇宙船をシン・オーハの宇宙ステーションにドッキングするために、強力な磁力が使用されている。ちょうど磁石をくっつけるようにして、2つをつなぎとめる。
かつては、宇宙船の操縦士も技術が問われたが、いまはオートパイロットに移行している。
パイロットは操縦席に座って、システムが正常に働いているかを見ているだけでよかった。
最近は問題が出ることもほとんどなくなっていた。
「科学の力ってすげー。そう思わないか?」
操縦士は二人いて、年上のほうがそう言った。
「そう思います」
もう一人が答えた。
「おれのご先祖様に立派なドラゴンソルジャーがいたそうなんだ。なーに、250年も前のことだ。隊長だったらしい」
「先生は旧グルグ竜王国の名家出身だと聞いています。なるほど、先生は昔のままならドラゴンに乗っていたということですか」
「あのころは良く落っこちていたそうだよ。生まれる時代を間違えなくてよかったと思う」
「魔動機が登場して、ドラゴンもいなくなってしまいましたからね。けれど、そうなるとドラゴンに乗ってみたいという気持ちが出てくるのではないですか? 引き継がれたソルジャーの血が騒ぐと言いますか」
「いま、おれの血が騒いでいる。酒が飲みたいとな。へっへっへ」
「はははは。私の血も共鳴しているようです」
操縦士が談笑している間に、宇宙船はシン・オーハに近づいていた。
「いまあっちは夜だな。星はまだお昼を過ぎたばかりだけどな」
「時差は5時間ほどでしょうか。5時間なら、私あまり影響されません。7時間以上のときはけっこう疲れますけどね。先生はどうですか?」
「10分でも0分でもおれは変わらん。いつでも眠たい」
「ドリンクを用意しますよ」
シン・オーハについたころ、サザンらはずっと檻の中で待機していた。
幸い、姿勢を変えるのが容易だったので、みな体をほぐしながら時間をつぶしていた。
サザンは初任務だったが、今回の任務でわかったことは、任務の序盤はひどく退屈ということだった。
周囲にも緊迫感を持って待機している者はいなかった。
シン・オーハに近づくと、宇宙船は減速を始めた。
シン・オーハは第一宇宙都市よりもはるかに大きかった。
とてつもなく高い建造物がそびえている。いずれもどす黒い装甲に覆われていた。
シン・オーハの高い建造物は1000メートルを超える高さになる。
このあたりは強烈な宇宙嵐が吹き荒れる。風速にして数百メートル/sに達する。巨大隕石を粉々に打ち砕くこともある。
この嵐の作用は頻繁に力のバランスを壊す。
永久に軌道を漂っていたはずの隕石が惑星に落下することもある。
落下した隕石のほとんどは大気圏に突入した際に先端の圧縮された空気が熱膨張して爆発して燃え尽きる。
稀に地上まで届くこともあるが、その多くはなぜか海上か生物の住めないような荒れ地や砂漠に落ちる。神が星の生命を守っているのかもしれない。
シン・オーハはその宇宙嵐の影響をほとんど受けない。
高層建造物はいずれもびくともしない。
シン・オーハは吹き荒れる嵐に打ち勝つことができた。
飛行船が宇宙ステーションにドッキングされると、シン・オーハの航空管理署より連絡が入った。
「任務ご苦労である」
「疲れたよ」
パイロットは座っていただけだったが、そう言った。
「作業は進んでいるか?」
「ひどい爆発があったんだ。いまその問題で右往左往している」
「エイリアンの襲撃でも受けたのか?」
「いや、新人が爆発物の扱いを間違えたらしい。まったく地上で何を勉強していたんだと言いたい」
「宇宙省が教育の金をけちるからだぞ。自分の懐にばかり入れているくせに」
パイロットはそう文句言いながら、後ろで待機している科学者や飛行士と通信をつないだ。
「着いたぜ。いまぐれた新人が爆弾持って走り回っているらしい。加勢に行ってやってくれ」
パイロットがそう言うと、誰しもが彼の冗談を見抜いていた。
「了解。こちらも爆弾を持って勇敢な新人を支援しましょう」
クリスが冗談で返した。宇宙好きはみなジョーク好きでもあるらしい。
「よろしくな。おれは高見の見物で酒の肴にさせてもらうよ」
長らく待機していたサザンらはようやく動くことができるようになった。
「これから作業現場に向かうが、新人のサザン、コブスキー、ゲイツの3人はここで待機だ。いいな?」
サザンとコブスキーとゲイツは今回が初任務ということで、いきなり留守番をさせられることになった。
留守番は一番厳しい任務と言えた。先ほどまで退屈していたのに、また退屈させられることになるのだ。
「ほかのやつはおれに続け」
クリス隊長は新人の3人を残して、宇宙ステーションのエレベーターからシン・オーハの町へ降りて行った。
残されたサザンは残念そうにため息をついた。
新人だから難しい任務を渡されても困る。しかし、留守番は何もしないことだから一番むなしいことだった。
「気を落とすな、サザン。何もしなくても金がもらえる最高のポジションだぜ。おれは一生新人でいいよ」
コブスキーが言った。彼は新人だがすでに32歳。もう出世も意欲も失っているようだった。
「ゲームでもしようか」
「はい」
コブスキーは携帯ゲーム機を取り出した。
「そういえば、アースの遺産にも電子ゲームがあったな。たしか「ぽけもん」とか言ったかな。ざしあんとかいう剣のモンスターが強かったらしいぜ。ぎゃざというカードゲームのカードも発見されてるらしいぜ。やってみたいな」
「コブスキー先輩はアースの遺産を見たことがあるのですか?」
サザンが尋ねた。
「遺産が掘り出されたとき、ちょうど現場にいてな。そのときにぽけもんというシールとぶらっくろーたすというカードが見つかったんだよ。バナナみたいなネズミの絵と黒い花の絵が載っていたな。アースには面白いものがたくさんあるみたいだ」
コブスキーは遺産が発見された瞬間を見たひとりだった。
アースの遺産。
それははるか昔から伝説に残っているものだった。
原初の生命が誕生した「アース」という星があり、アースの宇宙開拓者たちが宇宙のあちこちに移住するようになった。
アースは独裁者「ドナルド」と「プーチン」によって支配されていたという。
ドナルドとプーチンに反逆する者がいて、彼らがアースの遺産を宇宙のあちこちにばらまいたという。
アースという星はまだ観測されていない。
遺産もしょせんは作り話だと思われていた。
しかし、今から10年ほど前に、アースの遺産と思われるものが発掘された。
惑星のかなり深いところ、マグマのさらに先に眠っていたと言われている。
マグマに耐えられる特殊な探査魔動機がなければ発見することのできないものだった。
アースの遺産はオーハの厳正な管理下に置かれて、今も解析が進められている。
サザンはアースの遺産があるということは知っていた。一度見てみたいと思っていた。