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6、学校

 オーハの審判の影響はまだ残っていた。

 森林の一帯が何かでえぐり取られたように穴をあけていた。このあたりは魔動機の攻撃が激しかったようだ。

 反体制派は森の中に塹壕を作ってオーハの兵士と戦っていたが、ついには陥落。

 いまやここはオーハの自治領となった。


 このあたりには集落がある。今でもそれは残っているが、人は住んでいないという。

 家なき彷徨い人が空き家に住み着くことはあっても、彼らはすぐにどこかに行ってしまう。

 雨風をしのげるぼろ屋があるだけでは生活はできない。このあたりにはろくな雇用がなかった。

 雇用を求めて、彷徨い人はテリーアを目指したが、最近は入国規制が強くなっていた。


 オーハのマンハール開発は遅れていた。まだ住民の反発が根強いのだろう。

 オーハが建てた市役所も一度焼き討ちに遭っている。


 そんな集落の先に廃校になった校舎があった。

 古びた校舎だが、森に囲まれた鮮やかな景観だった。


「あれ、ここって……」


 サザンはその校舎を見たとき、強い既視感を覚えた。思わず立ち止まって、記憶をたどった。


「ここ知ってるんですか?」


 隣にいたレーズンが尋ねた。


「見たことあるような気がする」


 サザンはゆっくりと校舎に近づいた。


「たしか……ゴンザレスとチューエイというやつがいなかったか。このあたりを二人が転がり落ちていた記憶がある」

「なんだー、知ってるんじゃないですか。そうです。ゴンちゃんとチューはここで良く遊んでましたよ。そうそう、私が忘れるとこでした。なつかしいですね」


 レーズンは例の草まみれになった坂道を登って感触を確かめた。

 サザンの記憶に残っていた悪ガキ、ゴンザレスとチューエイはたしかにいた。

 ということは、自分はこの学校に通っていたのかもしれない。


「サザンさんもここに通っていたのですね。でも、私、サザンさんという人は知らないですよ。どうしてでしょうか?」

「おれも……レーズンのことは覚えていなかったな」

「私の存在感が薄かったのでしょうか。いいえ、みんなおとなしかったですものね。ゴンちゃんとチューが特別だったんでしょう、きっと」

「そういうことかもしれない」

「でも同じ学校に通っていたなんてとてもロマンチックな話ですね。私たち、もしかしたらお付き合いしていたかもしれませんね」

「え、それはないだろ」


 少なくともサザンにそんな記憶はなかった。


「そうとも限りません。女子の間で恋人ごっこが流行っていたんですよ」

「恋人ごっこ?」

「そうです。実際に恋人になったように遊ぶんです。キスをした子もいましたよ」

「そんな先進的な遊びがあるとはな」


 サザンがこの学校に通っていたとすれば6歳の時まで。まだ幼かったからそんな遊びもできたのだろう。今更そんな遊びはとうていできなかった。

 サザンは記憶を呼び戻すために、さらに学校の回りを見て回った。

 校舎の隣にあった倉庫やぼこぼことした黒土のグラウンドを見ていると、少しずつ思い出すことがあった。


「ウェーバー先生っていなかったか?」

「いたよ。ウェーバー先生。でもね、亡くなられたの、紛争で……」

「そうか」

「いい先生だったよね。肩車してもらったの今でも覚えてる」

「おれは盛大に殴られた記憶がある」

「悪いことばかりしてたからじゃないですか?」


 サザンは首を傾げた。自分がどんな生徒としてここに通っていたかまでは覚えていなかった。

 ただ、ここは紛れもなく故郷の学校だった。


 サザンは改めて校舎を見上げた。

 まだ愛着がわいてくることはなかったが、間違いなくここが自分の故郷だと思うと、自分もレーズンの夢を支援したいと思うようになった。


「レーズン」

「はい」

「この学校はどうすればまた開くことができるんだ?」

「改装の費用は国の人が出してくれるそうなんですよ。問題は生徒たちのことかな。親御さんの中にはオーハの影響は決して受けたくないという人も多いみたい」

「なるほどな」


 サザンはもう一度校舎を見上げた。

 まだ義理というレベルではあったが、故郷に何かしらの貢献をしたいと思った。

 何より世話になったレーズンへの恩返しをしたかった。


「おれも何か手伝うよ。手伝えることがあればだが」

「本当ですか?」

「おれは機械のことしかわからねえけどさ」

「そうだ、じゃあ先生をしてくれませんか? 臨時でも構いません」

「先生って柄じゃないと思うぜ、おれは」

「そういう柄の大人になればいいじゃないですか。うん、きっとなれるよ。お星さまが叶えてくれると思います」


 レーズンはそう言ってほほ笑んだ。その笑顔はきらめく星の輝きに似ていた。

 その輝きを持って、レーズンは日々多くの人を癒していた。


「わかった。なら、一度ぐらいは教壇に立ってやるよ」

「約束ですよ」

「ああ」

「サザンさんは遠くのお星さまにたどり着いて、私はこの学校を再開する。そしたら、またここで会おうね。約束ですよ」


 レーズンのその誓いに、サザンは軽口でうなずいた。

 その程度の約束は簡単に果たせるだろうとお互いに思っていた。


 それは静かな森の校舎で果たされた近くて無限のように遠い約束。

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