4、宇宙へ
サザンは退院後、再びオーハの部隊に戻り、バードAの訓練に明け暮れるようになった。
あれからわずか3か月で、サザンはバードAのライセンスを獲得するに至った。
バードAまで修業すればすでに一人前の飛行士だ。サザンは弱冠13歳で一流の飛行士になった。
サザンの中では一流になったという実感がなかった。
地位や名誉には興味なかった。
サザンはいつも大地を俯瞰するよりも、空を見上げているほうが好きだった。
何かを支配するよりも、何かを見つけるほうが好きだった。
この時代、飛行士としての肩書きを誇る者は少なくなかったが、サザンは自分がどれほど偉いかということを一度も考えたことはなかった。
そんなサザンはさらなる高み、「宇宙飛行士」を目指して勉強を始めていた。
13歳で宇宙飛行士となれば大変な名誉であるが、サザンはその名誉の部分についてはやはり興味を示さなかった。
宇宙飛行士の試験当日、サザンは隊長のクリスと共に会場にやってきた。
クリスはすでに宇宙飛行ライセンスを所得している。
「頑張れ、サザン。そして一緒に宇宙に行こう」
サザンはクリスの激励を受けて、試験に臨んだ。
試験は3種目行われる。
第1種目は筆記試験だ。力学、熱力学などの理科系の科目を中心に難問が並んだ。
サザンはこれを容易に突破した。
第2種目は操縦試験だ。魔動機4種の飛行能力がテストされる。飛行の正確性、機動性、作戦遂行能力などが試される。
今年はバードAを用いた難しいアスレチック飛行が実施された。
サザンはこれも突破した。
第3種目は無重力飛行試験だ。会場の無重力施設で行われる。
4つの部屋からなる無重力空間を通信指示に従いながらさまざまな任務を遂行するというもの。
荷物を一番奥の部屋に届ける任務、15分以内に3番目の部屋のドアシステムの故障を修理するという任務、火災を想定した消火任務などが行われた。
試験から4日後、結果が発表された。
結果は吉。
サザンは宇宙飛行士のライセンスを所得することに成功した。13歳での宇宙飛行士誕生はかなり珍しい偉業だった。
宇宙への切符を手に入れたサザンは帝国オーハの北東に位置するクラインゲート地方に招待された。
◇◇◇
クラインゲートは北方の雪国にある。
かつて、そのあたりはボロボーシア竜王国として独立していたが、オーハの侵攻によりいち早く陥落。
かなり長い間、オーハの一部として歴史を刻んできた。
クラインゲートはオーハの魔動機技術の向上に貢献してきた科学者のメッカでもある。
サザンがライセンスを得たバードAもクラインゲートで誕生したものだった。
サザンはクリスと共にクラインゲートにやってきた。
バードAを使えば、テリーア地方から約3時間程度の距離となる。
短いようだが、実距離では約3600キロも離れている。
魔動機がなかったころ、この距離はドラゴンに搭乗したソルジャーが1日を費やすものだった。
時代も変わり、いまは魔動機がより速く行き来するようになった。
飛行場に着陸して外に出てきたサザンは身震いするような寒さと同時に、澄んだ空気の美しさを感じた。
このあたりは日が早く落ちる。午後1時過ぎには、日の光は地平へ消え、澄んだ美しい空が広がっていた。
サザンは白い息を吐きながら、しばらくその空を見ていた。
テリーア地方にいたころよりも、はっきりと星空が見えた。美しいと形容するしかない星空だった。
サザンはこの地でクラインゲート科学研究所の歓迎を受けた。
現在、研究所は宇宙飛行用のバードAを開発しており、すでにプロトタイプは完成していた。
サザンはおそらくそのバードAのテストパイロットとして参加することになる。
クラインゲート科学研究所には非常に大きな天体観測器がある。
地面から700mの高さまでタワーがそびえている。特別な圧縮処理を行う観測機で星空が観測されている。
この観測機を使えば、地上から見上げてもまったく見ることができない宇宙都市の全容を把握することもできた。
サザンはいま開発中の第二宇宙都市「シン・オーハ」を見せてもらった。
シン・オーハ開発は政府主導で行われているが、この研究所も縁の下でサポートしている。
サザンは観測機の造詣が深いが、そんな彼でも理解できない精度の高い観測機だった。
サザンに色々と説明する科学者がいた。
「いま、ここに建設されようとしているのが、世界最大の宇宙ステーションです。旧型の宇宙都市の実に140倍の大きさになるんですよ」
若い女性の声に聡明なオーラがかかっていた。サザンはふいにその声のほうを見た。
白衣を身にまとったとても美しい女性が微笑んでいた。
歳はまだ20前後だろうか。サザンよりはずっと年上だった。ゆえに、彼女の身長はサザンよりずっと高かった。
サザンはその女性に一目ぼれしていた。
サザンはその好意を内に秘めたまま、その女性の話を聞いた。
「しかし、いくつかの問題点が指摘されています。非常に強い磁力を扱うのですが、周囲に大きな影響を及ぼす可能性があるのです。それも含めて調査をしなければなりません」
「それでおれたちの仕事ってわけか」
サザンの隣にいたクリス隊長が言った。
それから、クリスはサザンの頭を押さえた。
「良かったな、サザン。最先端の仕事を任せてもらえそうだぜ」
「でも、おれは子供だからきっと参加させてもらえないです」
サザンが低い声で言うと、周囲にはそれが子供の駄々に見えたらしい。
女性が笑い声をあげた。
「そうね、君にはまだ早いかな。でも有望な飛行士と聞いています。隊長さんと一緒に経験を積むといいんじゃないかな」
「あ、は、はい……」
サザンはその女性に強い好意を覚えていたから、終始たどたどしかった。
すると、クリス隊長がサザンの肩をもみながら言った。
「どうしたサザン、もっとはきはき返事をしろ。お姉さんがきれいだから緊張しているのか?」
「ふふふ、そうなの?」
女性が微笑んで尋ねてきた。サザンはうつむいたまま首を横に振った。
まだ子供と大人の関係だった。サザンの好意が伝わるまでには、まだずっと時間がかかりそうだった。
クリス隊長が女性に尋ねた。
「お姉さんは若いですね。いつから勤めているんです?」
「実は今年修士を取ったばかりなのです。しばらくビーズゲートのサラン博士の助手をしていたのですが、サラン博士が推薦文を書いてくださってここにやってきました」
「それは名誉な話ですね」
「サラン博士が直接参加されるのが一番なのですが、とても頑固な方で……オーハの犬にはならないと今でも怒ってばかりです」
「まるでおれの息子みたいですね。良く言えば愛国心に篤いんでしょうな」
クリスはサザンとは違ってさらに大人の立場から女性と話していた。
クリスはすでに結婚して3人も子供がいる。そのうち、長男はひどいあらくれ者で、今では犯罪者となり指名手配を受ける身になっていた。父親としてはずいぶんと苦労している様子だった。
「詳しい任務が発表されるのはまだ先だと思いますが、そのときはご一緒することになるかと思います。そのときはぜひよろしくお願いします」
「こちらこそ」
女性はクリスと名刺交換をした。サザンは名刺を持っていなかったので、女性から名刺だけもらった。
彼女の名前はエリス・ラボル。20歳だった。サザンより7つも年上だった。
サザンはエリスに恋をしたが、このときはまだ、少年としてあこがれのお姉さんを見ているようなものだった。
まだこのときまでは……。