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2、マンハールの癒し手

 帝国オーハには約600か所の軍用飛行場がある。

 飛行場からは、ひっきりなしに軍用機が飛び出していた。


 オーハ南端のテリーア地方にも大きな空中要塞型飛行場があり、物々しい音を立てて大きなゲートが開くと、鋼鉄の鳥が飛び出してきた。

 その鳥はバードAと呼ばれ、秒速1350mで飛翔することができる。オーハの誇る最速の魔動機だった。


 サザンは12歳になったときに、このバードAの飛行訓練をするようになった。

 6歳のときに父親と別れてオーハのテリーア地方にやってきて6年、サザンは飛び級を繰り返して、12歳の若さでバードAの操縦席についた。


 バードAは最も操縦の難しい魔動機ゆえに、その訓練に参加する者はほとんどが20歳を超えていた。

 サザンのように12歳で操縦かんを握る者などほかにいなかった。


 バードAは同時に5つのパラメータを管理しなければならない。しかも秒速1000mを超えるので、すべての管理が速やかでなければならない。

 サザンはこれまで多くの魔動機を操縦し、いずれも優秀さを発揮してきた。

 バードAの操縦士は世界最高のパイロットの証でもあった。


「こちら1号機。サザン、調子はいいか?」

「こちら6号機。飛行に異常はありません」

「無理をするな。肩の力を抜いていけ」

「はい、集中します」


 隊長機から通信が入ったので、サザンは応答した。


 サザンの参加したバードAの部隊はテリーアを越えて、マンハールの上空に入っていた。

 このあたりはサザンの故郷であり、彼は今日の訓練を楽しみにしていた。

 マンハールの上空に入ると、バードAは遊泳モードに切り替わって、大きく減速して低空へと降りてきた。


 サザンは6年ぶりにマンハールの大地を見下ろした。

 マンハール鉱山のふもとに寂れた街並み、鉱山の先に生い茂った森と辺境の村々。

 空からマンハールの地を臨むと、それらがいずれもちっぽけに感じられた。


 それはおよそサザンの知っているマンハールではなかった。

 サザンの記憶には、マンハール鉱山の様子が次のようなイメージとして残っていた。


 大きな山に小さな穴が無数に空いていて、力強い労働者がトロッコを転がしながらふもと町の間を1日に4往復していく光景。


 そんなマンハール鉱山もバードAは一瞬で通り過ぎてしまう。

 サザンは自分の故郷があまりに小さいということを実感した。

 あまりに遠くから見ていたから、マンハールの地に大事なものは何も見えなかった。

 そこに住んでいる人々の生活、苦労、笑い声。いずれも、この空の上では聞くことができなかった。


 サザンはこんな空から見下ろして、世界を知ったつもりになるということの恐ろしさを感じていた。

 こんな偽りの俯瞰から世界が管理され、多くの人々の本当の生活が破壊されてきたのだろう。

 しかし、いまのサザンにはその破壊の歴史さえも遠く小さいものにしか感じ取ることができなかった。


 訓練中、緊急事態が発生した。

 サザン機が不調をきたした。5つのパラメータのうち、飛行に必要なエネルギーを管理する数値が乱れていた。

 バードAの動力部では、飛行が常に安定するように、各箇所のエネルギーの強弱が管理されていたが、右旋回の際にエネルギーの偏りを是正するシステムが反応しなくなっていた。

 サザン機はうまく旋回できなくなり、部隊からはぐれてしまった。


「こちら6号機、隊長、聞こえますか?」

「ガガガガガガ……」


 通信システムも乱れていた。隊長機に通信が入らなかった。

 ほかの機体にも通信をつないでみたが、つながることはなかった。


 操縦が安定しないまま飛行を続けることはできない。サザンは何とか不時着しようと場所を探した。

 バードAを着陸させるためには、長い平坦な場所かマグネットスペースが必要だ。


 マンハールは山々のでこぼことした地形が多く安全な着陸は不可能だった。

 旋回するほどに機体のバランスが悪くなり、やがて左翼側の浮力を完全にコントロールできなくなって、機体は傾いたまま落下を始めた。


 墜落は避けられそうもない。

 サザンは冷静に可能な限り、機体を減速するように試みた。


 サザンの搭乗したバードAはマンハールの森の中に大きな音を立てて墜落した。

 大きな衝撃で機体が砕け散った。その後、機体は大きな炎を上げた。


 ◇◇◇


 気が付くと、サザンは病室のベッドの上にいた。

 何となく懐かしいにおいがした。

 頭に痛みを感じたが、頭が何かやわらかいもので優しく包まれていて、安心していられた。


 サザンの視界に少女の微笑みが現れた。

 少女はサザンの意識が戻ったのを確認すると、笑みを深くした。

 サザンはしばらくその少女の顔を見ていた。どこかで会ったことがあるような気がした。


「大丈夫?」


 少女が問いかけると、サザンはうなずいた。


「大けがだったんだよ。一応、後で検査をしたほうがいいと思います」


 サザンは同じようにうなずいた。


「あなたの名前は?」

「サザン・スターズです」

「あなたの上司の方が来てましたよ。いま呼んできますね」


 少女はそう言って笑みを浮かべると、サザンに背中を向けて歩き出した。

 ちょうどサザンと同じぐらいの歳の少女だった。

 サザンが若くして軍の飛行士をしているように、彼女もまた若くして病院で働いているのかもしれない。


 少女が隊長を呼んできた。

 隊長は包帯でぐるぐる巻きになったサザンを見て大爆笑した。

 病院ということも忘れ、彼は笑い続けた。


「サザン、さっき、お前の死亡確認書にサインしちまったんだ。訂正するの面倒くさいからそのまま死んでも構わないぞ。はははは、はっはっはっは」


 隊長は冗談っぽく笑った。彼がジョーク好きな性格であることはサザンもよく知っていた。

 彼はクリス・シバーバリン。

 背の低い黒人で、眼鏡をかけると、とても聡明な顔になるのが特徴だった。オーハ軍随一の操縦テクニックを保持しており、多くの飛行士から慕われていた。


「しかし、よく生きていたな」

「はい、奇跡だと思います……」

「おれも一回墜ちたことがある。一度墜ちて生還したやつはみな強い。いいジンクスだと思えよ」

「はい」

「飯は食えるか? ピーナッツバターサンド。うまいな。ここの名物らしいぜ。いい土産になる」


 クリス隊長は病室ということもおかまいなしに食事を取り始めた。

 ピーナッツバターサンド。

 そのにおいを感じたときのなつかしさから、サザンはたしかにいま故郷にいるのだということを悟った。

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