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1、悲劇の跡

 昨日ではなかった。

 今日も、彼女の見上げる空に彼の姿は見えなかった。

 でも明日はきっと。

 彼女はただそれを繰り返す。


 彼は必ず戻ってくると彼女と約束した。

 彼女はその約束を信じて待ち続けていた。


 昨日も、一昨日も……昨週も、昨月も、昨年も……10年以上前から……。


 ◇◇◇


 帝国オーハが世界統一を果たしてから今日が100周年となる。

 帝国政府は統一の象徴である宇宙都市を新たにもう一つ作り上げると方策を打ち出した。


 かつては、ドラゴンが飛んでいた時代もあった。

 剣を振り回していた時代もあった。


 そんな時代は帝国オーハが終わらせてしまった。


 魔動機が世界を支配するようになった。


 魔動機とは……。


 ドラゴンより1000倍速く、高く、安く、安全。

 剣より軽く、強く、安く、器用。


 魔動機によって世界のバランスが壊れた。

 あまつさえ、帝国オーハが徹底的な世界統一を目指したため、すべての国と地域は消滅した。


 いや、消滅したわけではない。

 支配者が変わっただけで、彼らはそこに住んでいる。

 彼らは自分たちの故郷の文化や思想を尊重しようとした。


 しかし、帝国オーハはそれらを尊重しなかった。


 オーハは徹底的な間引きにより、民を選別した。

 これは「オーハの審判」と呼ばれる歴史上最悪のホロコーストになった。

 少なくとも2億人が殺されたと推定されている。

 一方で、オーハに忠誠を誓った者から数多くの資産家が生まれた。


 オーハへの忠誠度によって、貧富の差が大きく広がった。

 故郷の魂を大事にした者は貧しくなり、オーハに忠誠を誓った者は豊かになった。


 ◇◇◇


 オーハの審判の末期、世界は荒れていた。

 特にオーハ第4自治区、旧称「ネフィム王国」はひどかった。

 女王が暗殺され、王国が沈みゆくころ、最期までオーハと戦う反体制派はかなりの数に及んでいた。

 しかし、数が多くとも、魔動機を持つオーハを倒すことは不可能だった。


 それでも戦うのがネフィム王国への愛国心を掲げる者たちだった。

 ネフィム王国の滅亡が彼らの滅亡そのものだった。


 ネフィム末端に位置する「首都マンハール」の駅は混んでいた。

 オーハに忠誠を誓った裏切者たちが反体制派の攻撃を受けながらも、オーハに逃げようとしていた。


 しかし、裏切者と言うにはあまりに酷だった。

 ネフィムへの愛国者の中には、愛する家族を守るために仕方なくオーハに忠誠を誓った者もたくさんいた。


 だが、反体制派は裏切者を許さなかった。

 もっと言うならば、魔動機を持つオーハの兵士と戦うよりも裏切者を狙ったほうが戦いになったから、裏切者ばかりが狙われていた。

 もはや、みなが戦いの意味を忘れていた。


 駅にはオーハからの魔動列車がやってくる。それに乗ればあっという間に平和な都市へ移動することができる。

 オーハの兵士もオーハに忠誠を誓った者たちの避難を先導していた。

 ここだけ見ると、皮肉にもオーハが正義の味方で、ネフィムを守るためにオーハと戦う反体制派が悪者だった。


 一人のたくましい男が少年を背中に抱えて、銃声と悲鳴が飛び交う駅の広場を進んでいた。

 人でごった返しているので、前に進むのも難しい。

 近くで、多くの人が殺されている状況でもあった。


 それでも、男は必死に前に進み、人を押しのけ、魔動列車が見える位置にまでやってきた。

 周囲は、鉄柱を降りて魔動列車の屋根に飛び移ろうとする者がいるほどパニックになっていた。


 反体制派の者が魔動機の銃を乱射して、多くの人がその火炎弾の爆発に飲み込まれた。

 男は背中の少年を守るように、何とかその場を逃れた。


 男はようやく列車に乗り込める場所に到達した。


「よし、サザン行け!」


 男は背中の少年サザンを地面に下ろすと、列車のほうを指出した。


「速く走るんだ、サザン! 急げ!」


 言われて、サザンは困惑した。彼はまだ6歳。一人ではすぐに行動できなかった。


「お父さんは?」

「お父さんはまだしなければならないことがある。それが終わってから行く」

「でも……」

「さっき渡した証明書を絶対に落としてはいけないよ。列車に乗るときに機械に証明書を見せれば入れるから」

「……」


 サザンはポケットに入れていた証明書を取り出した。証明書は厚めのプロテクターに覆われていた。


「それを握りしめてさあ行け!」

「うぅ……」

「さあ、行くんだ!」

「う、うん。お父さんも絶対に来てね。約束だよ?」

「ああ、約束する。必ずお前を迎えに行く」

「……」


 サザンはこのとき見た父親の勇ましい顔を良く覚えていた。

 しかし、その時が父親の最後の姿だった。


 ◇◇◇


 その後、サザンは帝国オーハの宇宙飛行士養成学校に通うことになった。

 待遇はとても良かった。

 ネフィム王国にいたころよりずっと恵まれた生活環境だった。

 このころ、帝国オーハは避難民の学費や生活費をすべて免除にしていた。

 

 オーハが世界中から集めた富の一部がサザンに分配されていた。

 その富はおそらくは多くの流血の末に現れた悪魔の果実だ。


 帝国オーハに渡った者たちのほとんどはその富の恩恵にあずかれ、故郷にいるより豊かになっていた。

 しかし、のちに彼らから多くの自殺者が出ることになった。


 故郷を捨てたという己の罪に心を壊してしまった者も少なくなかったらしい。

 その罪は故郷を愛していた者ほど大きくなった。

 故郷に何の未練もなかった者はその罪に気づくこともなく、オーハで新生活を送っている。


 サザンはどちらでもなかった。

 まだ故郷への強い愛を感じる年ごろでもなかったから。

 サザンの心には父親の勇ましい姿が残っているが、それがサザンにとっての唯一の故郷の思い出だった。

 

 サザンもやがて、父親はおそらくオーハと戦うために故郷に残ったのだろうと推測するようになった。

 サザンにとって、父親は中途半端な存在だった。

 大好きということもないし、嫌いということもなかった。

 けれど、駅のプラットホームで父親が最後に見せた表情は、いつまでもサザンの心に刻まれていた。


 のち、首都マンハールはオーハ軍によって制圧され、オーハ統一政府は反体制派を全員処刑したと発表した。

 おそらく、サザンの父親は死んだ。


 後で必ず迎えに行く。

 これはサザンと父親の間でかわされた約束だ。

 

 その約束は果たされなかった。

 しかし、その約束の意味を、サザンはまだ理解していなかった。

 だから、サザンは特段悲しむこともなかったし、約束のことはすでに忘れていた。

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