第7話 比べられる
「藍さーん、開けてくださーい」
基地に帰ると部屋から締め出された、いや、と言うより部屋に入れずにいた。
あんなプンプン怒って帰って行ったんだ、無理やり入って何か物を投げられても文句は言えない、自分の非が全然見当たらないけど。
「開いてるよー」
「え?」
中から聞こえるいつもの呑気な声。
言われるがままドアノブに手をやると普通に開いていた。開いてるんかいっ、と自分でノリツッコミしてしまう、てっきり鍵を締められてるのかと思い込んでいたから。
怯えながらそろりと部屋に入ると、いつものようにベッドに横になり足を組んで何かの雑誌を見つめている藍さん、ショートパンツと太ももの隙間についつい目がいってしまう。じゃなくてっ!
至っていつもの藍さんだ、あんなに怒ってたのに?理由知らないけど、恐る恐る彼女に近づく。
「あのー、藍さん?」
「んー、なにー?」
雑誌を開いたまま膨らみのある胸に置き、ボクを見つめる彼女。そのなんとも言えない呑気な表情に拍子抜けする。
「怒ってないんですか?」
「え?なんで?」
「え?」
なんで?こっちがなんでじゃいっ!
わけが分からずしばらく固まっていると。
「あー、私なんで怒ってたんだろーねぇ」
「へ?」
どういうこと?
「いじられてるソラ見てるとなんだか面白くなかった、なんでか分からないけど。でもそれってよくよく考えたら意味わからない」
面白くなかった?別にボクがお姉ちゃん達に弄られてることに対して怒った訳じゃないと思うけど・・・・・・。
ボクが考えてもよく分からない。
「気にしないで!」
「あ、はい・・・・・・」
ニッと誤魔化すように笑われても気になるって。まあ、無理に聞いたところで殴られそうだし詮索は止めておくのが吉だろう。
そう言うと彼女は再び胸の上に置いた雑誌を読み始める。
彼女が雑誌に夢中なうちにボクは部屋着に着替える、さすがにジーパンは暑いし。
しかし、いつもなんの雑誌を読んでるんだろう?美容関係とかのファッション誌かな?
気になって表紙をのぞきこもうとすると、彼女はバッと雑誌を下げ目が合う。
「なに?」
真顔で見つめてくる彼女。
「いや、何読んでるのかなって思いまして」
頬を搔き他所を向いて誤魔化していると。
「あー、一緒に見る?」
一緒に?どういうこと?と首を傾げていると、彼女はベッドに横になったまま、壁側に寄って隣の空いたスペースをトントンと手のひらで叩く。
「いいです!」
ボクは顔を赤くして自分のベッドに戻った、なんでわざわざ添い寝して雑誌見ないといけないんだよ!訳わかんない!
「えー、いいのに別にー」
「そういう問題じゃないんです!」
ほんと、ボク以外に人にやって襲われても文句言えないよ?スキンシップ的なことはもう少し躊躇ってというか遠慮して欲しい。
このまま彼女のペースに乗せられると大変なので、設置したパーテーションに隠れる。
「なんで隠れるのー?」
ヒョイッとパーテーションの縁から顔をのぞかせる藍さん。だーーっ!もう!
「なんでもないです!」
掛け布団を乱暴にバッと広げて自分のベッドに横になり、そのままの勢いで布団にくるまった。
こうでもしないとしつこく構ってきそうだし。
「なんなのどーしたのー?」
「ダメなんですっ!」
ゆさゆさとボクを揺すってくる藍さん、自覚があるのか分からない、余計対応に困る!
しばらく彼女に揺すられるのに耐えていると。
ピロン♪
僕のスマホからメッセージの着信音が鳴り、それと同時に藍さんも揺すってくるのを止める。
「ん、誰だろう?」
掛け布団から頭を出して差出人を確認。
「誰から?」
ボクの顔の真横に顔を近づけて一緒にスマホを覗く、別に内容は表示されてないからそれについては慌てないが、彼女のいい匂いのする髪の毛がボクの耳や頬にサラッと当たってそれに慌ててしまう!
「近いです!結さんからですよ」
少し乱暴に壁に逃げながら言うと。
「あっそ」
彼女は全ての興味を無くし、今の今まで構ってちゃんだったのに大人しく自分のベッドに戻った。あれ?
まあいいか、ボクは特段気にせずにメッセージを開く。
『ごめん、週末から本土に研修に行くことになって、1ヶ月ぐらい帰ってこれそうにないの』
あらー、入れ替わりとはこの事か。でもこっちに帰ってくるみたいだし、そんなに落ち込まなくてもいいかな。
『仕方ないです、待ってますね!研修、頑張って下さい!』
そう返信を送るとものの数秒で帰ってきた。
『ありがと♡』
いやー、ハートは刺激が強いって。
思わず。
『応援してます!』
って送ると。
『うん!宙くんが応援してくれるから頑張れる♡』
秒で帰ってくる。
そんな終わりのないやり取りをしばらく続ける。
こういうのって終わらせ方が分からない、なんか止めたら悪い気がするし、返信すると丁寧に結さんから返信が来てしまう、どうしたものかと悩んでいると。
『いろいろ今から準備するね』
『はい!』
これでようやく終わった。
ふー、当たり障りなく終われて良かった、と汗を拭ってふと前を見ると。藍さんがものすごい形相でこっちを睨んでいた。
「え、どうしました?」
獲物を睨むヒョウみたいでめっちゃ怖い。
「なんだって?」
あー、内容が気になるのかな?
しかし、今にも引っ掻いて来そうだ、変なことは言えないなー、でも言わないとそれはそれで引っ掻いてきそうだし。
「あー、1ヶ月ぐらい本土に行くらしいんで、しばらく会えないって連絡です」
そう言った途端。
「そう!そうなんだ!!」
パァァァァ!とテンションが上がり、声のトーンも上がる藍さん、何がそんなに嬉しいのやら。
「じゃあさじゃあさ、週末またカフェ行こ!」
ルンルンで脚をベッドの外に放り出しパタパタと開いたり閉じたりする。
「え、いいですけど?」
「約束ね!」
ニコッと可愛らしく笑う藍さん、なんだか分からないけど機嫌が治ってよかった。ボクもつられてニコッと笑うと更に彼女は「へへへ」と笑った。
●
二週間後。
ボクたちは徹底的に荒木さんにしごかれ続け、まあ、それなりに空戦は形になってきていた。
聞いた話では藍さんのお姉さんの啓さんも、配属当初は荒木さんが教官をやってたらしいし、教えるのは相当にうまいんだと思う。(かなりスパルタだけど・・・・・・)
実際、殴られる前よりは動きが様になっていると自分でも思うぐらいだ。
そして、念願と言うべきなのかついに部隊単独での作戦を行うことになった。
パイロット待機室。
ボクと藍さんが画面の前に座り、一応と言って荒木さんと賀東さんも後ろの方で作戦参謀のブリーフィングを聞いていた。
「今回の任務は簡単に言えば油送船の護衛だ。ワナバスタンの海峡を通りレバノバジギスタンに入港するタンカーのな」
タンカーの護衛か、それぐらいなら自国でもどうにか出来そうだけど?
「一部航路がワナバスタンの勢力圏に被っていてな、最近更に関係が悪化してるから増援が欲しいらしい。だが、安心してくれ、レバノバジギスタンから戦闘機三機と駆逐艦が1隻参加して、同国の勢力圏に入ればそれで終わりだ」
一件簡単そうな作戦だがボクたちが加勢しないといけないってことはそんなことないんだろうな。
ボクは確認したいことがあり手を上げる。
「なんだ、伊波中尉?」
「敵の予想勢力は?」
こんだけ固めるってことは、あの前に言った傭兵のエースがいつも邪魔してくるってことなんだろう。
「ああ、J-20のバクヤ隊とMiG-1.44のグリダヴォル隊が来るかもしれんし来んかもしれん、それは行ってみないと分からないな」
「了解です」
機体性能的には両機とも未知数だがボクらのライトニングⅡが劣ることはそう無いだろう、慢心ではないけど落ち着けば大丈夫だ、自分に言い聞かせる。
でも、レバノバジギスタンの戦闘機が三機参加か。
ありえないが変な期待をしてしまう。
「あと、隠密作戦ではない。ライトニングⅡはビーストモードで行く、そのつもりでな。以上だ、他に質問は?」
ボクと藍さんは目を合わせる、特にないかな、あとは行ってからのお楽しみだ。
「では、約2時間後に出撃だ準備を進めてくれ」
そう言い残して作戦参謀は書類をまとめ、足早に待機室を後にした。
「初めての単独作戦だね!」
なんだかウキウキな藍さん、単独って言うほど単独では無いけどね、国は違えど味方もいるし。でも、そんな気負いのない彼女が羨ましかった。
「相変わらずお気楽ですね」
ほんとに、緊張感にかける。
あー、でも、嫌味っぽく聞こえちゃったかな?訂正しようと口を開こうとすると。
「え?私にはソラがいるし」
「なんでハードルあげるんですか」
「ソラが気負いすぎなだけ!」
まったく、なんでボクがいるからって理由でそんなに安心できるんだよ!ボクの責任重大じゃん!
そりゃもう心配で心配で胃が痛くなってくんだって。
藍さんの言葉で余計にキリキリ痛むお腹を抑えていると。
「笹井は初めから一人で飛んでたぞ」
荒木さんのこの言葉である。
「ツルギと比べないでください・・・・・・」
比べる人を間違ってる!僕の後ろで腕組みして至って真面目な顔をして立っているが、なんのフォローにもなってない。
「お前も飼い主に似るって言うか、東條に似たな」
「どういうことですか!」
飼い主ってどういうこと!尻に敷かれるてるってこと?否定はしないけど!
プンプンと怒っていると藍さんと目が合う。
「比べられるの嫌でしょ?」
あ、まあ、その・・・・・・。
「すみませんでした・・・・・・」
今のボクには藍さんの気持ちが痛いほどわかった気がした。
※
目の前の滑走路を洋上迷彩が施され、垂直尾翼には白で縁取られた青いバラを描いた二機のF-35Aが並んで滑走し飛んでいく。
ちょっと前まで危なっかしいったらありゃしなかったのにさすがはエリートか、飲み込みが早い。それに、いつまでも子守りをしていてはあいつらのためにならないし俺らのためにもならない、いつかはあいつらだけで飛ばさないといけない。
今回の作戦はちょうどいいだろう。
伊波も自由奔放な東條に翻弄されながらもいいようにまとめている、あれはさすがだな。俺なら普通に叩いてる。
「なあ、リン」
「なんですか?」
隣であいつらのことを一緒に見守る俺のエレメントに話しかける。
「俺は勝手に笹井にあいつの事を託されたと思って今までやってきた」
初めてこの島にあいつが来た時は小学生だった、それが今や立派なパイロットだ。親戚のおじさん並みに感慨深いし、実際おじさんになってしまった。
「空軍に入るって言った時は正直嬉しかったが、これでいいのかと思う時もあった。笹井の野郎は喜んでくれるだろうかな?」
俺たちパイロットは戦争になれば高い確率で死んでしまう、先の戦争で俺たちは運良く生き残ったが死んだやつも多い。そんな職場に必死になって生き延びたやつを入れてもいいものなのか、もっと平和に生きてもいいんじゃないのか、そう思うこともあった。
「あの人のことです、笑って喜んでくれるでしょ」
「だといいな」
あいつらは上空を大きく旋回、南に進路をとって空の彼方へ消えていった。
※