第78話 条件
水咲さんたちが帰った三日後の8月2日2000。
搭乗員待機室。
この国は暖流と偏西風の影響で温暖な気候な方だが、南半球に位置していることもありさすがに夜は冷えるようになってきた。
ボクは平静を装い椅子に座っていると。
「藍さん、ひっつきすぎです」
「寒い」
一応待機室にも暖房はついているが冷え性なのかな?寒くなるにつれてボクで暖を取るようになってきた。ボクの右腕を抱いて、手を股に挟んでいるので動かすに動かせない。カリムもいるんだからさすがに控えてもらいたいが聞く耳持たずだ。
ベッドにまで潜り込んで来るのも時間の問題だろう。
「見る人が俺しかいなくなったからって露骨すぎねぇか?てか、俺がいるんだが?」
「そんなんじゃない」
確かにカリムの言うように気がつけばこの基地の人員は。
ブルー隊のツルギ。
アルフレート隊のボクと藍さん、カリム。
レッドクロー隊のリルスさんとライルさんと、ジルさんの。
計七人しかいなくなってしまった。
それに今日の待機はボクたちで、待機室にいるのは本当にボクたち三人だけだ。
まあ、それが理由なだけではないだろうが、最近藍さんはボクにひっつきすぎだとは思う。
事ある毎に手を握ってこようとするし、ボクがどこ行くのにも着いてこようとするし。
迷惑では無いが少し心配にもなる。
こっちもこっちでPTSD発症寸前なのだけれど、最近も子供の頃の夢を見たし、ちょくちょくお兄ちゃんも夢に出る。
ルイさんが出てきだしたらいよいよ病院送りだ。
「それよりよ、これ見ろ」
「はい?」
この基地に情報保全なんて意識はサラサラない、カリムがスマホの画面をほいっとボクの方に見せてくる。
それはネットニュースの一面。
『ローレニア領タワナ国王 死去』
『シール王妃が女王に即位』
ふぁーーー!!大変なことになってるぅ!!
「タワナ国王ってそんなに歳でしたっけ?」
「還暦はいってないはずだが?」
慌ててカリムに確認するが至って冷静な彼女、確かシール王女は35歳ぐらいだったか、年の差婚で当時は世間の話題をさらっていったが、裏ではもっぱら政略結婚と噂されていた。
ローレニアの南下にバルセル無き後のタワナ単独では耐えられない、それならいっその事体制を維持したままシール王女を迎えてローレニアの属国になってしまえ。
そんな噂だ。
「何かあったんですかね?」
「俺が知るかよ」
いや、そうだけどさ。
シール王女、いや、女王か。何考えてるか分からないんだよね、容姿はそれはもう美貌でテレビ映えはするから、一般市民の人気はすごいのだけれども。
サヤ国王との不仲説もよくネットニュースに上がってると聞くし。
ただタワナ王家の体制維持のためだけににシール王女が嫁ぐとは考えにくいし・・・・・・。
毒殺とかしてないよね?
色々考えていると通路を誰かがドタドタと走る音が聞こえる。
まあ、十中八九ツルギだろう。
ドアがすごい勢いで開くと案の定ツルギで。
「従姉さんが女王になってる!!」
スマホ片手に汗までかいてすごい顔だ、寝室でネットサーフィンでもしていたのだろうか。
「さっき見ました、ツルギは何か知らないんですか?」
「え?は?・・・・・・知らない知らない」
慌てて首をブンブンと横に振っているが、なんだ今のぎこちない返事は。
「いやでも、兄さんがいる以上、従姉さんはローレニアではどうしようもないからどっか嫁ぐのはわかってたけど・・・・・・。いくらなんでも早すぎる!」
早すぎる??
クエスチョンマークをみんなで浮かべていると。
「ああ見てえ従姉さんは野心家だ、いろいろ企んでそうだ」
ああ見えてって、どう見ても野心家だと思うよ?じゃなきゃわざわざ国外に嫁がないでしょうに。
普通に考えると、国内の地方貴族か、または傀儡国のミギナ第二王国、ヒーンジ第三王国にとつぐものだとおもう。
「企んでそうとしたらなんですか?」
「んー、兄さんがやってることにあまり好意的じゃないから、なんかしそうだけど・・・・・・。リルスがなんか知ってんじゃね?」
確かに、元僚機でPMCの部下なら何か知ってはいそうだけど。
「知ってても喋らないと思いますが?」
「だろうな」
ここには今はいないし、何か知っていたところで絶対秘密事項だ、ツルギと言えども教えてくれないだろう。
「あー、取り込み中悪いが・・・・・・」
あーでもないこうでもないと二人で話し合っていると、カリムが申し訳なさそうに割って入る。
「どうしました?」
またスマホをボクの方に向けるカリム、なんだなんだと画面を覗き込み、ツルギはボクの背中に寄りかかって顎を頭において画面を見る。って、学生じゃないんだから・・・・・・。
画面に映っているのは、デカいローレニア国旗の前に鎮座するローレニア国王のサヤ陛下。
テロップには緊急会見とデカデカと書いてある、どうやら動画配信サイトにライブで会見をしているらしい。よくカリム見つけたな。
「さっきの見たからなのか、なんかオススメに出てきてよ」
なるほど、よくわかんない動画がオススメに上がることはよくある。それはいいとして緊急会見とはなんだ?タワナ国王が死んだことに関することか?さすがにこのことをツルギのせいにすることは無いと思うけど。
途中から見ているので今何を話しているのかよく分からないが、とりあえず話がわかるまで聞いてみる。
『ーー停戦条件は至ってシンプルだ、レバノバシギスタン空軍パレン基地所属、ブルー隊の「ツルギ・ササイ」を我らに差し出すことーー』
すぐに何を言っているのかわかってしまった。
真っ直ぐカメラを見つめるサヤ陛下、パシャパシャとすごい量のフラッシュが焚かれている。
「ツルギ・・・・・・」
「うっわ、そう来たか・・・・・・」
心配で見上げると、頬が引きつっているツルギ。
「俺が落とせねぇからってこの国を人質にしやがってよ、兄さんらしいっちゃ兄さんらしいが、マジ腹たってくるな」
少し他人事風に言うが無理に作り笑いしている様子、ハハハと笑いながら頭をガシガシと掻いている。
「ツルギは行く必要はありません!ボクが守ります!絶対に!だから何も心配しなくていいです・・・・・・」
「ソラ・・・・・・」
ぎゅっとボクの袖を掴む藍さん。
『ーー期限は五日後、よく考えることだ、一人の命か、数百万の命か、どちらを取るかな?ーー』
五日・・・・・・、たった五日・・・・・・。
それで何を話し合えって言うんだよ・・・・・・。
『ーー以上だ。レバノバジギスタン政府の熟考を期待するーー』
ふっ、とサヤ陛下は不敵に笑い、記者も質問する暇も与えられないまま会場の奥へと消えていってしまった。
はぁ、と力無く椅子に座るツルギ、ぼーっと天井を見上げ何か考えているようで考えていなさそうな、でもなかなか話しかけれない。
しかし、こんな単純なことが予想出来なかった、落とせないならこうしてくるだろう。しかし、油田を諦めてまですることか?いや、でもこの戦争が今まで行方不明だったツルギを誘い出すものだとしたら・・・・・・。
サヤの手のひらの上で転がされていた?
ヒナは勝手にやってるだけ?
「くそっ!」
ボクは椅子を蹴飛ばそうとけるが、床に固定されている為ビクともせず、付属のテープルが少し曲がってしまった。
「物に当たるな、ソラっ」
天井を見つめたままボクを叱るツルギ。
「でも、でもですよツルギ!」
なんでそんなに冷静なんだよ。
「今ならまだ間に合います、すぐに端島に逃げてください」
「逃げてどうする?」
「え?」
どうって・・・・・・。
「俺を出せって空襲が始まるぞ、この国の人には俺の事なんて関係ないし。それに、帰ったとしてもまた水咲さんたちを巻き込むのか?俺は彼女たちを10年巻き込んだ、そろそろ俺一人でいい」
何言ってんだよ・・・・・・。
ちょっとは抗えよ・・・・・・。
「なーに、俺は世界に恐れられた死神だ」
ハハハと笑っているが全然笑えねぇよ、ルイさん居たら殴られてるよ・・・・・・。
「んまっ、俺は簡単には死なねえよ」
そして、ツルギはすぐに司令室に呼ばれ、1人で部屋から出ていった。
〇
「おえっ・・・・・・」
状況が目まぐるしく変わりすぎ、体に負担でもかかったのか、腹部の傷は痛むし気持ち悪くなるしで走ってトイレに来て吐いてしまった。
今は便器がお友達だ。
「うっ・・・・・・」
こんなんじゃダメなんだろうなぁ、ツルギがこんなことになってるのは見たことないし。まあ、あの人は肝の座り方が異次元だから比べ物にならないか。
二回ぐらい死んでるって聞いたし。
でも、何も出来ない自分に腹が立つ。
「はぁ・・・・・・」
もう胃液しか出ない、数回深呼吸してトイレから出ると。
「大丈夫か?」
「うわっ!」
出口でカリムが腕組みして壁にもたれて待っていて、油断してたから普通にびっくりしてしまった。
「せっかく待ってたのに失礼だな、おい」
と、自然に肩を組まれる。
「す、すみません。あの、藍さんは?」
「あ?ツルギの様子を見に行ってるよ」
「そ、そうですか」
どういう人選?まあ、カリムはツルギに関してはあんまり興味無いみたいだし、藍さんは啓さんになにか頼まれてそうだし普通か。
「で、大丈夫か?」
なんか親戚のお姉さんかってぐらいな包容力で頭をポンポンされる、忘れがちだけどカリム自分より背が高いし別に不自然では無いのがまたなんというか。
「大丈夫に見えます?」
「いいや、全然」
カリムに肩を組まれたまま、とぼとぼとどこかへ向かって歩き始める。
「お前が考えても何も変わらねぇよ」
「わかってますよ。でも、ボクにはツルギに恩がありますし。ローレニアに幽閉されていた彼を助けたのはボクとツバサです。また捕まるなんて納得いきません」
ほぼ二重スパイみたいなことをしていたツバサが撃墜されて捕まっていたツルギを助け出し、ボクがグレイニアまで一緒に逃げた。逃げた先ではボクはツルギやレイたちのお世話になってばかりで、チャラにできないぐらいの恩がある。
「はーん、そんなことがねぇ」
だからどうにかしたいがなにも思いつかない、逃げたところでこの国の人に迷惑がかかる。
「でもよ、ツルギは逃げねぇつもりだ、それは尊重した方がいいんじゃないか?俺たち外野がどうこういうことじゃ・・・・・・」
「外野じゃありません!ボクたちは家族なんですよ!!」
思わずカリムの胸ぐらを掴んで壁に押し付けてしまった、何やってんだか、ボク・・・・・・。カリムは全く関係ないのに。
「お前は優しすぎる」
怒るでもなくただ真っ直ぐにボクの目を見つめるカリム。
「元スパイなんだろ?その手で人を殺したんだろ?」
論詰めってほどでは無いけどカリムはボクに畳み掛け、胸ぐらを掴んでいるボクの手の力は抜けていく。
「他人は他人だ、それ以上でもそれ以下でもない、お前が考えすぎるな。そう育ってきたはずだ」
「・・・・・・」
何も言い返せない。
ボクの何を知ってるんですか!も言えない。
反論できずに頬の内側を噛んでいと。
「いってっ!?」
結構な力で額にデコピンを食らった。
不意すぎて目を点にし、カリムをパチパチと瞬きしながら見ると。
彼女はニッと優しく笑い。
「ま、そんなお前が好きなんだけどよ」
そう言い捨てるよう更に笑うと、スタスタと早歩きで歩き出すカリム。
「ちょっと、カリムぅ」
顔を赤くする暇すら与えてくれない、ボクは先に行くカリムを追いかけた。




