第77話 いつかまた
ソラは思っていたより気丈に振舞っていた。
ロロウやリズが死んだ時はあんなに落ち込んでいたのに、いつも以上に普通で普通すぎて不自然だ。
だが、ルイが死んだのが悲しくないわけじゃない、藍以上にイチャイチャしていた僚機だ、喪失感は相当なものだと思う。
「カリム、F-35には慣れましたか?」
「あ?ああ、これでも飛行隊長だからよ」
「ほんとにぃ??」
「うっせーな、お前らみたいにライトニングⅡだけ乗ってた奴らとは訳が違うんだよ。乗れるだけすごいと思え」
エレメントの二人も、そんなあいつを気遣ってか普通に接している。
普通に。
普通に・・・・・・。
普通ってなんなんだろうな。
俺は幸いなことに僚機を失ったことがない、強いて言えば翼は死んだが、事情が違う。
あいつは。
ソラは、もう二人死んでいる。
リズを含めれば三人だ。
俺もグレイニアの時、アサギさんとアヤメさんを亡くしたが、レイとルリさんの落ち込み方は凄かった。
だから、俺は・・・・・・。
軽率に元気づけたりすることは出来ない。
人はいつかは死ぬ、軍にいれば尚更だ。しかし、そんなことは分かりきっているが、いざいなくなると悲しい。
それが人間だ。
俺もパイロットになって長い、士気にも関わるからなるべく周りに悲しむ姿を見せないようにとしているが、あいつらには冷たいヤツだと思われているかもな。
それでもいい、それが正解だから。
一人で部屋に戻り、ある人に電話をかける。
《ーーあー、従姉さん?久しぶりーー》
《ーーちょっと一国の王妃に直接電話ってどういうつもりよ。・・・・・・リルスから聞いてる、声が聞けてよかったわーー》
《うん、俺もだ。あっ、この電話は秘匿されててちょっとやそっとじゃ解読されないから安心して》
特殊な電話を使って従姉さん、「ローレニア領タワナ王国の王妃」のシール王妃に直接電話をかけていた。
でも今回は王妃としてでなく、リルスの上司、PMC社長として、いや、従姉さんとして電話をかけていた。
《リルスから頼んでもらったヤツ、上手くいってる?》
《あー、アレのこと?こっちは新興企業なのよ、ちょっと時間を頂戴》
頼んでいるというのはローレニアの軍事部門、特にヒナが関係している部門へのハッキング及びサイバー攻撃だ。
王宮に直接殴り込みに行く訳にも行かないし、これが一番現実的な方法、データを消してしまえばこの悪夢は終わると考えた。
遠隔で無人機を操縦している以上、どこかに抜け道はあるはずだ。
自分では限界があるし、幸いにも従姉さんは無条件で協力してくれる。
時間はかかりそうだがじっくり待とう。
《なんでツルギちゃんは昔から揉め事に自ら首を突っ込むのかしらね》
《従姉さんもじゃん》
《ふふ、そうね》
似た者兄弟とでも言うか、俺は戦争という戦争に首を突っ込み、従姉さんも何か企んでいる。人のこと言えないと思うんだけどなぁ。
どっちかと言うとさらに巻き込もうとしてるし。
《話は戻るけど、サヤからかなり警戒されているのよ。私は私でやることがあるし、どうしても片手間になっちゃうわ、出来たらいいな位で思っててよね》
《うん、頼りになるよ》
昔のように軽いノリで会話していると。
《それで、これからどうするの?》
どうするの、か、難しい質問だ。
《とりあえず、水咲さんたちが端島に帰るのを見送るよ、これからは敵さんの出方次第かな》
《あら、ツルギちゃんは帰らないの》
《あ、言ってなかったよね。子供が出来たんだ》
《ーーっ!?》
悲鳴とも取れるなんとも言えない、甲高い声が耳を劈きなんだか耳鳴りがする。
《それマジなの?》
《マジマジ、まだ安定期じゃないけど、戦闘機には乗れないから帰ってもらうんだよ》
《へぇー、あの、人に興味がなかったツルギちゃんが・・・・・・。今度お祝いを送っておくわ》
《うん、ありがと》
そして電話越しに少しの静寂が続き、気まずいなと思っていると、従姉さんから始める。
《悪いわね・・・・・・》
《いいや、昔から従姉さんにはわがまま聞いてもらってたからさ、気にしないで。・・・・・・じゃあ、長話も禁物だ、また》
いくら秘匿はされていても察知はされてしまうと思っていた方がいい、伝えたいことは伝わったし早々に電話を切った。
「ふぅー」
今考えても仕方がない、ため息混じりに腕を伸ばして伸びをし。とりあえず、水咲さんたちを無事に帰すことだけを考えよう。
●
7月30日
油田に接近した敵編隊の対処にボクたちアルフレート隊三機と、レッドクロー隊のレッドクロー2と向かい、一戦交えることも無く敵編隊は撤退。いつもの嫌がらせ接近で本当にイライラするが戦うことがなくてホッとしたのは事実。
腹部の傷はまだ治っていないが、痛くて飛べませんなんて言っている場合じゃない。
死んでも飛ぶ、もう誰も落とさせない。
絶対に。
《シューレから管制塔、着陸許可願います》
《こちら管制塔、進路適正、エリア内クリア、着陸を許可する》
アルフレート隊、レッドクロー2の順に着陸。機体はそのままハンガーに誘導され格納される。
そのハンガーに入る前、双発で小型の民間ジェット機(B777)が隣の隣のハンガーで整備されているのがちらっと見えた。垂直尾翼にはこの国から東にある大陸国家「エールヴァニア」の航空会社のエンブレムがある。
そうか今日がその日だっけか。
戦闘機のエンジンを止めて、ヘルメットを整備員に預け、タラップを降りる。
「つつつ・・・・・・」
やっぱり少し傷が痛む、歯を少し食いしばってお腹をさすっていると藍さんが駆け寄ってきて、スっと優しく脇を抱えてくれる。
別に歩けるには歩けるけど、藍さんの優しさを優先したい。
「ありがとうございます」
「気にしないで」
ボクの顔をちらっと見るとそのまままっすぐ正面を見る藍さん、それから彼女に声をかける雰囲気になれない。
「大丈夫か?ソラ」
出口前で腕を組んで待ってくれているカリム。
「はい、不甲斐なくて申し訳ないです。あてっ!」
近寄るとなんか額にデコピンされた、結構痛い。しかし、番犬たる藍さんはその事に怒らない。
「お前は不甲斐なくねぇよ」
「・・・・・・す・・・・・・、はい」
すみませんなんか言ったら腹パン喰らいそうだ、大人しく答えておくことにした。
「んな事よりよ、待機室に行くぞ」
「そうですね」
もう彼女たちが出発の準備を終えている頃だろう。
二度と会えなくなるわけじゃないけど、しばしの別れの挨拶だ。きっと剣もこの戦争が終わったら帰ると思うし、そんなに悲しむことじゃない。
戦力が落ちてしまうのは、まあ、ボクが頑張ればいい話だ。
〇
待機室。
レッドクロー2のライルさんと一緒に四人で待機室に戻ると、ボストンバックを持った水咲さんと啓さんがツルギと談笑していた。
至っていつもの三人だが、心の底から笑っているかは分からない。
今日をもって水咲さんと啓さんはレバノバジギスタン空軍を除隊、格納庫にいた民間のチャーター機に乗り。
端島に帰る。
ツルギを無理やりにでも押し込んで一緒に帰らそうかとも思っているが、ボクがそうする前に本当に必要なら彼女たちがやっているはずだ、割り切っていると言うのか、はたまたツルギの奇行に慣れてしまっているのか。
「あ、カリム、長い間ありがとう、世話になっちゃったね」
「お元気で」
ああ、そうか、ブルー隊は世間に知られなかっただけで数年はこの基地に居た計算になる。彼女たちはボクらが知る以上にカリムと苦楽を共にしているはずだ。
「お前らが来た時はあんなに居たパイロットが今じゃ俺だけだ、死神かと思ってるぜ」
冗談だろうけどあんまり冗談に聞こえない。
あんなに笑ってた水咲さんも苦笑いしてるし、啓さんは真顔だ。怒ってる?
「死神は剣くんだけです」
「俺!?」
不意にツルギさんを売る啓さん、この人遊んでるな?
「確かに、敵からはそう呼ばれてるんだってな」
「いやいや、おかしいと思うよ?」
「よく言うぜ、ルイに初見で殺されかけたくせに」
「それはそれだ!ってかソラいるんだからその話はよせ!」
啓さんとカリムにいいように遊ばれてあたふたしているツルギ、意外と仲良かったんだな、あんまり表には出してなかっただけで。
確かに、空戦で落とせないからルイさんが直々にツルギを殺しに来てたなぁ。あの後嘘のように普通に接してたのがほんと奇跡だ。
ルイさんの方が先に死んでしまったけど、天国でツバサと楽しくやってることを願いたい。
「ん、あ、ああ、悪かったな」
ついついいつもの感じで、と言った感じだろう、そんなことにいちいちキズ付いたりはしないが、本当に申し訳なさそうに頭を搔くカリム。
「大丈夫ですよ」
正直なところ大丈夫では無いが、カリムに当たっても仕方ない。ニッと悪うと何故か頭を撫でられた。
「どさくさに紛れて何してんのよっ」
スっとボクの腕を引いてカリムから離す藍さん、なんだかいつもの感じに戻ってきた、番犬藍さんの復活かな。
いつまでも落ち込んでは居られない、昨日いた人が今日居ない、今日居ない人が明日いる、そんな職場だ。そう頭ではわかっているんだけどね。
だが、今日は水咲さんたちが帰る日だ、涙なんて見せられない。
甘んじて藍さんに腕を抱かれたまにしておく。
すると啓さんがボクの前にスタスタと歩み寄ってきて、思わず身構えてしまうと。
「なにもしません」
「す、すみません」
見透かされてて笑いそうになってしまった。
「何度も言いますが、藍を頼みますね」
笑うでもなくただ真っ直ぐにボクを見つめてくる、ちゃんと彼女を守れているかと言われれば守れてない、と思うがそれでも啓さんはボクに任せてくれる、期待にはきっちりと応えたい。
「藍、ソラくんを大切にね」
「うん」
なんかボクの知らないところで話が進んでそうだが、啓さんはぎこちなくうっすら微笑み、藍さんはニッコリと笑っていた。
〇
レッドクロー2とレッドクロー3は直援のために離陸し周囲を哨戒中、民間機は整備を終えいよいよ出発する。
経路としてはここを飛び立ち東進、エールヴァニアの飛行場と、エルゲートのファーニナル岬飛行場で燃料補給をした後、端島に到着する予定だ。
変に情勢をこじらせたくないので、レバノパジギスタン空域まではレッドクロー隊が護衛を行うがそれからは何もしないし、何も出来ない。だから、今回の戦争に全く関係ないエールヴァニアの航空会社に依頼したし、それなりに金も詰んだそうだ、ツルギのポケットマネーという噂もあるが本当のところは分からない。
格納庫。
水咲さんと啓さんが民間機に乗り込む。
「じゃあみんな、体には気をつけてね」
「お元気で」
ここに来るまでさんざん話した、いざ別れの挨拶は手短にだ。
「お姉ちゃんこそ体に気をつけてね!」
「戦争が終わったらすぐに帰ります」
「今まで楽しかったぜ」
ボクたちがそれぞれ別れの言葉を一言かける中、ツルギは少し口角を上げて手を振るのみ。
それを見てなのか水咲さんはニッと満面の笑みで笑い、啓さんは無表情のまま機内に入って行ってしまった。
そして滑走路に向かい動き出す民間機。
名残惜しいがあれよあれよという間に誘導路を通って滑走路に到着すると、そのまま東の空へ飛んでいってしまった。
民間機のジェットエンジン音の名残を残しつつ、しばし無言のまま立ち尽くすボクたち。
するとずっと黙っていたツルギが口を開いた。
「行ったな・・・・・・」
なんだか寂しそうなツルギ、良くは知らないがやることがあるからと自分で決めたことだ、何を今更悲しんでいるのやら。
「やっぱりツルギも押し込めば良かったですね」
後のことはボクたちに任せてお前も帰れ!と無理にでも押し込めばよかったとやっぱり少し後悔する。でも、ボクにそんなことを言える度胸も技量もない。ツルギや、レイのように強かったら言えたのだろうか。
「そうかもな」
フッと鼻で笑ってスタスタと待機室に向かって歩き出すツルギ。
「ちょっとツルギ!待ってくださいよ」
なんなんだよもう!ボクたちは足早に歩くツルギの後を追った。
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(水咲さん、啓・・・・・・)
(俺は死なないから・・・・・・)
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