第63話 誰のための自分
時計を見ると7月11日、午前2時を回っていた。
こんなつもりじゃなかったんだけど拒絶なんてできない、できるものならしている。
別にカリムを哀れんでとかでは無い、ルイさんと一夜をすごしたのと状況的には一致している。
でも、ボクはこれでいいのか?藍さんは?
心配してるだろうな・・・・・・、何やってんだボク。
「俺がどうかしていた、勢いでやってしまった・・・・・・」
背中を向けてTシャツを着るカリム、いや、ボクの同意の元じゃないとできないんだ、どっちかと言うと何も抵抗しなかったボクの方が悪い。
「いえ、ボクが悪いです」
するとカリムは鼻で笑った。
「にしても、本当に童貞じゃなかったんだな」
何言うんだよ恥ずかしい、事後だからもうそんなのどうでもいいか。
「少し前にルイさんとしてます」
着替え終わったカリムはボクの隣に座り直し、体をぴたッとくっつける、悪いと言いながら接客的だな、おい。こっちは罪悪感やばいんだよ。
「藍じゃないんだな」
「それを言わないでください・・・・・・」
心臓に突き刺さる言葉のナイフ。あー、と項垂れてしまう。
分かってんだよ、分かってる。面と向かって言われたし、それより前から何となくは藍さんの好意は理解していた、でも分からないふりをしていてずっとのらりくらりと接してきた。
誰にも顔向けできない。
「・・・・・・藍が心配してるだろ、帰らないのか?」
「でも、カリムが心配です」
すると、ふふふと女々しく笑いボクの手を優しく握る。
「俺はお前のエレメントじゃない、行ってやれ。お前の人肌も感じれたから大丈夫だ」
「変なこと言わないでください」
「悪い悪い」
悪くニヤリと笑うカリム。
状況がどうであれ少しは落ち着いてくれたか、それはそれでいいのだけど、ボクはそれでいいのか?いいと思うようにするしかない。
「それでは、戻ります。また日の出ぐらいに来ますね」
「ああ、ありがとう」
身支度を整えて部屋を出ようとすると、カリムが手を振って送ってくれる。大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせ、軽く手を振って自分の部屋に戻った。
〇
自分の部屋に静かに戻ると珍しく豆電球がついていて、藍さんがパイプ椅子に座りウトウトと船を漕いでいた。
え、待ってたの?
するとボクが帰ってきた音に気がついたのか、んー、と背伸びをして藍さんがゆっくりと振り向いた。
「カリム、大丈夫?」
「はい、多分ですけど」
「そっか」
さっきの今だ、超絶どう接していいのか分からず、とりあえず挙動不審にならないように、隣のパイプ椅子に音を立てないように座る。
ルイさんは何故かボクのベッドで寝ているけど。
「上で寝ると何かの拍子に落ちたら危ないから」
「ああ、賢明な判断だだと思います」
「不本意だけど」
アハハハー、ととりあえず愛想笑いするが、何も言っていないのにボクが思ったことに答えてくれる。うなされて飛び起きて二段ベッドの上から落ちるとか無いとも言いきれない、安全な一段目に寝かせるのが妥当だろう。
ボクはまあ、床で寝ればいい。
「あの・・・・・・」
すみません、と言おうとして言葉が引っ込む、そう言えば謝るなって釘を刺されているんだった。でも、謝る以外にボクは藍さんになんて言えばいいんだ。
「藍さんがボクのエレメントなのにカリムのこと優先してしまって・・・・・・」
少しの沈黙の後。
「大丈夫大丈夫、ソラはみんなのことが大事って分かってるし、私もそうした方がいいと思ったから」
じゃあ今の間はなんなんだって話、やっぱり口では大丈夫と言っていても本心はそうじゃないよな。
「私もソラを失ったら正気じゃいられないと思うし」
その言葉が例えでも、そんな事面と向かって言われると恥ずかしい。でも、彼女はそう思ってくれている、ボクはどうだ?
「ボクもです・・・・・・、藍さん以外の二番機は考えられません」
ツルギみたいに無敵じゃなくても、啓さんみたいに凄腕の技術がなくても、ボクたちは上手くやっていけてる。
ロロウは残念だけどあれは空戦じゃないし、防ぎようがない、割り切るしかないが、そんな簡単に心の整理はつかない。
「寝ましょうか、当直はツルギが変わってくれるそうなので」
「うん、ソラのベッドあいつが使ってるから、一緒に寝よ?」
「え、あ、はい、そうですね」
「寝る?」なら拒否権ありそうだけど「寝よ」なら無理そうだ、まあそうなるよね。さっきの出来事の心の整理がついてないが、藍さんがなにかしてこない限りボクは絶対に手を出さないぞ、ルイさんもいるし見られて興奮するタイプじゃない、落ち着けボク。
そして、藍さんがタンクトップに、ショートパンツ姿で入った布団の中にボクも入る。別に三回目だ、大丈夫大丈夫。
いやでもよ、待ってるって可能性もあるのでは?
どうするのが正解なんだ!?
ルイさんやカリムには半ば襲われたって言った方がいいし、自分からどうにかしようとは思ったことがない。
意識すると高鳴ってしまう心臓、落ち着きなさいボク!
すると藍さんはボクの腕をギュッと握ってというか抱いてきて、柔らかいものが当たっている気がする。
「藍さん?」
「おやすみ」
あ、寝るのね。
じゃあまあ、特に考えなくていいか。
安心したらどっと疲れが出てきた、藍さんとか気絶したのかと思うほど直ぐにスヤスヤと眠っているし、寝よう寝よう。
ふー、っと大きく息を吐いてボクは目を瞑った。
〇
日が昇って7時過ぎ、ルイさんはまだ眠っていたので藍さんに任せて、自分は飛行服に着替え、カリムの様子を見に行くと。
「・・・・・・いない」
部屋は空っぽ、服はボクが畳んだ時のままでブーツも置いてある。
冷や汗が止まらなくなりボクはとにかく駆け出した。
どこだ、どこにいる。
屋上に行っても誰もいない、飛行服を着ずに待機室に行くわけもない、格納庫か?とにかく走っていってみるが整備員しかいない。
マジでどこいったんだよ!
他に行きそうな場所は・・・・・・、ダメだ全然思い浮かばない・・・・・・、ボクってカリムのこと意外に知らないな・・・・・・。
とりあえず一旦部屋に戻ってみよう、入れ違いになっている可能性もある。
走って兵舎に戻ると。
「あぁ、ソラ、そんな慌ててどうした?」
カリムが缶コーヒーを二つ片手に、Tシャツと短パン姿で部屋に向かって歩いていた。
「どこいってたんですか!心配するじゃないですか!」
怒ってはないけどよく分からない感情をカリムにぶつけてしまう、本当に良かった、万が一があってみろ、取り返しのつかないことにねらなくて本当によかった。
「心配?ああ、もうそんな時間か、コーヒー切らしててな、裏の自販機まで買いに行ってたんだよ」
裏の!普段行かないからわかんないよ!
「そんな格好で出歩かないでください!」
「人の裸見といて何を今更・・・・・・」
「こっちは真剣なんです!」
どんだけ心配したと思ってんだ、無事だから良かったけどさ。柄にもなくプンプンしていると、色々察したカリムがボクの頭をポンポンと叩いて。
「悪かった、心配してくれたんだもんな、変な気は起こさねぇから安心しろ」
「はい・・・・・・」
まったく、人の心配分かってんだか。
「お前のコーヒーも買ってきた、中で一服するか?」
「そう、ですね」
既に眠気は吹っ飛んだがお言葉に甘えよう、藍さんにはちゃんと伝えてここに来てるし、飛行服も来ているからスクランブルの時にはすぐに飛び出せる。
カリムは自分のベッドの縁に座り、長い脚を組んで缶コーヒーを一口、ボクはパイプ椅子に座る。
「隣に来ないのか?」
「だ、大丈夫です」
いろいろと大丈夫では無いので、ここでいいです。
「心配かけて悪かったな、ちょっと寝てだいぶ落ち着いた」
「いえ・・・・・・」
本当ならいいけど、カリムも見た目のままだいぶ強がりだからね。
「それ飲んだらリズの荷物整理手伝ってくれるか?」
「もちろんです」
その後、特に会話をすることなく、リズさんのにも整理を始める。リズさんはロロウと違って長くここにいるせいか荷物が多く、女性物をカリム、その他をボクがダンボールに詰めていくが。
落ち着いたと言っても遺品を見るのは辛い、いろいろな思い出もあるだろうし、カリムは涙を堪えていたようだが嗚咽は聞こえる。
ボクも涙をこらえるために大きく息を吐いて、箱詰めを続けた。




