第60話 損失
「ロロウ!」
倒れたロロウに駆け寄り、うつ伏せになった体の肩を掴んで仰向けにするが大量の血が服を染め、胸元の飛行服には小さな穴が空いていた。
銃創だ。
「スナイパーだ!」
ツルギが叫ぶとツルギ、水咲さん、啓さんはハンドガンをロロウが立っていた時の背中の方向に構えるが、どこから撃たれたのか全く分からない。
「格納庫へ走れ!」
「藍さん!ルイさんもっ!」
ボクはカリムに手伝ってもらいロロウを背負い、100メートルぐらい離れた格納庫に走る。藍さんとルイさんは硬直してしまって名前を叫ぶと藍さんは我に返ったのか、彼女はまだ固まっているルイさんの手を引き追いかけてきてくれる。
背中を伝わる生ぬるい血の感触、涙が込み上げてくるが泣いている場合じゃない。
無事に格納庫に入り、ロロウを背中から下ろすも血が止まらない。どこに当たった、まだ息はあるから心臓は外れたか、肺か?息もヒューヒューと弱々しく音を立てていて凄く苦しそうだ。
「胸を押さえて止血しろ!」
「やってます!」
銃創のある胸を両手で必死に圧迫するが貫通銃創の出口だ、全然血が止まらないので身体を横にして背中の銃創をツルギに抑えてもらう。
「何してんだ!救護車を早く呼べっ!」
整備員に叫ぶカリム。
「救護セット持ってきたよ!」
血を抑えるために格納庫にあったのだろう、AEDと救護セットを持ってきてくれるリズさん。
「水咲さん分かりますか?」
「んー、あの建物が怪しいけど見えないね」
ドアに隠れながら周囲を警戒してくれる水咲さんと啓さん。
「ルイさん!ハサミを救急セットからとってください!」
とりあえず服を脱がし負傷箇所を確認し包帯で止血だ、女がどうだとか言っている場合じゃない。
「・・・・・・」
しかし、ルイさんは固まったまま。
「ルイさん!しっかりして!」
「・・・・・・ツバサくん」
ボソッと呟くと目尻から涙を流し、ペタンとその場に座り込んでしまった。くそっ、そうだった、ボクがあの状況を招いたのになんて酷いことをしてしまったんだ。
「藍さんはルイさんをここから離してください!」
「う、うん」
藍さんはまだ大丈夫か、強い子だ。言われた通りに彼女の肩を持って支えて、この場から少し離れる。
そして、リズさんからハサミを貰い服を切って傷口の確認をしようとすると、ロロウから腕を掴まれた。
「ふふふ、油断しちゃったわ・・・・・・」
「喋っちゃダメです!今、血を止めますから!」
しかし、ロロウは握った手を離さない。ボクの手は震えている。
「守れなくて、ごめんなさいね・・・・・・」
何を言ってるんだ、それはボクのセリフだ。涙は我慢していたが我慢しきれずにボロボロと頬を伝ってロロウの顔に落ちてしまう。
するとだんだんとロロウの息は絶え絶えになってゆく。
「救護車はまだですか!」
「今こっちに向かってるよ!」
遠くの方でサイレンの音が聞こえる、焦ったところでどうしようもないが、焦ることしか出来ない。
「ニグくん・・・・・・」
「・・・・・・なんですか?」
内頬を噛み締める、彼女は血の着いた手のひらでボクの頬をで優しく撫でる。
「・・・・・・」
もう声も出ていない、口元に耳を近づけると。
(大好きだよ)
チュッ。
震える口で彼女は最後の力をふりしぼってボクを引っ張り、頬にキスをすると、ふふふ、といつものように笑い。
頬から彼女の手は離れ、力無くぐったりとしてしまった。
「ロロウ!しっかりしてください!死んじゃダメです!」
●
夕方、搭乗員待機室。
今は俺たちブルー隊とレッドクロー隊しかいない、実に静かすぎる待機室だ。
頭に両手を組んで、天井を見てボーッとしていると。
「狙撃じゃ対処のしょうがないって」
「んな事は分かってるよ」
リルスが何故か俺を慰めてくれる。
仲良くしすぎだってリルスに言われた矢先の出来事。あいつは一応養成所時代の後輩だ、こんな俺でも何も思わないことなんてない。
「ソラくんは大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないだろ」
「だから仲良くしすぎだって言ったのに」
「おい、絶対アイツには言うなよ、それ」
「ご、ごめん・・・・・・」
ニグルムは幼少期友達なんていなかったし、仲のいい人と言えばツバサと俺ぐらい、そんな奴にやっと仲間が出来たんだ、今までの分仲良くしようとするのは当然だし、あいつは変に壁を作ろうとしていたようだが相手が突破してくる。
そんな奴に仲良くしすぎなんて言ったら暴言だ。
「守れなくて不甲斐ないです」
啓も責任を感じているようだが、あんなの止める方が無理だ。
「相手が一枚上手だった、基地の外から狙われたんじゃどうしようもできないよ」
狙撃場所は特定出来ていないが立地的には基地の外、今後の対処としては駐機場での駐機は取りやめてすぐに格納庫へ入れることとなった。
「ツルギちゃんは大丈夫なの?」
「ちゃん言うな、俺は大丈夫だ」
彼女なりになんとか場を和ませようとしてくれてるのだろう、でもちゃん付けはやめて欲しい。従姉さんに呼ばれるならまだしも、他の人に呼ばれるのはむず痒いし、ナナリスを思い出す。
「・・・・・・俺は幸運にもエレメントを失ったことが無いからな」
そう、俺は本当に幸運なことにエレメントは今も元気に横にいる、だから俺が落ち込んだらニグルムに失礼なんだよ。
「じゃぁさ、なんでこの世の終わりみたいな顔してんのよ」
たけど、顔には出るよな。今朝までワイワイと騒いでいたやつが夕方にはいなくなってる、考えちゃダメだと頬を自分の手でパンパンと叩く。
「仲間はたくさん失った」
水咲さんの前の部隊のエレメント、啓は同期、黒木さんはツバサやオメガ隊の面々、レイはアサギさん、ルリさんはアヤメさん、ルイさんに関しては俺のせいだが部隊の全員と旦那だったツバサ。
死に急いでいた俺が一番幸運って皮肉だよな。
思わず鼻で笑ってしまうと、水咲さんが背中をさすってくれ、啓は手を握ってくれた。
●
ルイさんは完全にトラウマを思い出してしまったらしく、息もできないぐらいに泣き続け、藍さんとリズさんにカリムの部屋で見てもらっている。
その間にボクとカリムは、二人でロロウの遺品整理を行っていた。彼女、意外と荷物が少なくてすぐに終わってしまいそうだ。
「あいつ大丈夫か?」
「ルイさんですか?暫くは大丈夫じゃないと思います」
カリムはロロウの服をダンボールに収めながら、ルイさんの心配をしてくれる。
「ルイさんは二人目の隊長であり、旦那さんを狙撃で失いましたから」
「・・・・・・すまん」
「なんでボクに謝るんですか」
戦争が終わり、ボクのシロお兄ちゃんこと白崎翼と結婚し平和に生活していたルイさん。それがある日突然、ヒナに狙撃され終わってしまった。
それと全く同じ状況が今日起こってしまった。
これが敵がわざと同じ状況を作っているのだとしたら実に腹立たしいし、ただでは済まさない。
「お前はそばにいてやらなくていいのかよ、隊長だろ」
そうしたいのは山々なんどけどね。
「ボク、ルイさんの旦那さんに似てるんですよ、雰囲気だけですけど、あまり近くにいない方がいいです」
「そんなもんか?」
「そうなんです」
一応は納得してくれたのか、黙って荷物をダンボールへと入れていく。
量にして中くらいのダンボール二つか、やっぱり少ないな。
「形見はいらねーのか?」
「・・・・・・じゃあ、これを」
ロロウのドッグタグの二つのうち一つを貰う、他にブレスレットとかネックレスとかもないし逆に言うとこれしかない。ボクはそれをダンボールから取り出して、自分のドッグタグにつけ首に掛けた。
ボクは首に掛けたドッグタグを眺める。
ロロウの名前が刻印され、認識番号、その下に血液型。
ロロウってB型だったのか、ぽいっちゃぽいかな。
感傷に浸るつもりはなかったのだけど、手に血の感触が蘇り、表現出来ない恐怖心が全身を襲う。
「おい、大丈夫か?」
「・・・・・・はい、カリムは大丈夫ですか?」
質問に質問に返してしまうが、カリムは続ける。
「こんなの慣れてるよ、何人仲間が死んでると思ってんだ」
そうだった、ボクらがここに来る前に結構撃墜されたって言ってたな、そりゃ初めてのボクより慣れてるか。
「って言いたいが、嘘だ。ロロウとも付き合いは長い。悲しくて仕方がない、狙撃したヤツをぶち殺してやりたい、残念なのは涙は枯れちまってることか」
あんだけ仲良くしたらどうだとか言ってたのに、そのカリムも悲しんでいる。ボクだけが悲しいんじゃない、みんな悲しいんだ。それに、ボクはアルフレート隊隊長だろ、まだ生きている仲間がいる、しっかりしないと。
気合を入れるために思いっきりパンパンッ!と頬を叩く。
「こっちに来て」
「え?」
「いいから」
女性口調になったカリムに近寄るように呼ばれると、ギュッとハグをされた。自分より大きい人にハグをされることなんて中々ないし、なんだか凄く落ち着く。
「慰めてくれって背中に書いてるよ、今は私しかいないし、思いっきり泣いたら?」
なんで男のボクより女のカリムの方がイケメンなんだよ。
「ツルギにも藍にもルイにも見られたくないんでしょ?だから整理に私を選んだ、私は大丈夫だから」
全部わかってんじゃん恥ずかしい、それを聞いて安心したのか、ぶわっと涙が溢れてきて、カリムに抱きつき、彼女の首元で声を出しながらひとしきり泣いた。
〇
「すみません」
「泣きすぎだ」
「すみません」
「謝らなくていい」
「すみません・・・・・・いてっ」
俺口調に戻ったカリムに額を小突かれた。
ダンボールをシーツを履いだロロウのベッドに置いて、二人でボクのベッドに座って休憩する。
「ロロウの荷物はどうするんだ?」
「一応宛はあるので、そこに送ります」
「そうか、それなら良かった」
スパイの仲間が死んだ時、荷物の処理に困る。捨てるヤツもいるが、そんなことが出来ない人のために遺品を回収する部署が小さいが一応ある、そこに送ればどうにかしてくれるだろう。ここに置いていても仕方ないし、祖国に返した方がいい。
暫く沈黙が続く。
何を話したらいいか分からない、話すべきなのかも分からない、なにかする気も起きない。
カリムは今何を考えているのだろうか、ベッドに後ろ手を付いて、足を組み2段ベッドの天井を見つめている。
「寂しいな」
「はい」
また続く沈黙、カリムは疲れたのか首をゆっくりと回している。
「そろそろ藍の所に行った方がいいんじゃないのか?」
だいぶ時間が経ったし、少しは落ち着いたとも思うけど、ルイさんの反応が怖い。また、ボクにツバサを重ねたらどうしよう、ツバサのフリをすればいいのか、否定するべきなのか、全然分からない。
「もう少しカリムと一緒にいたいです」
「んだよそれ」
深い意味はない、精神的に落ち着いているカリムと一緒にいるのが一番落ち着くからなのだけど、カリムは頬を掻いてボクの反対側を向いてしまう。
「変な事言うな、勘違いするだろ」
「え、あ、す、すみません」
するとカリムは更にベッドの奥に座り、壁に背もたれて長い脚を真っ直ぐに伸ばす。
でも、勘違いって・・・・・・。
「なぁ、ソラ・・・・・・」
「なんですか?」
一瞬目が合うとすぐに逸らしてしまうカリム、ん?と首を傾げると。
「いや、なんでもない。・・・・・・さっさと藍のところに行け!エレメントだろ!」
「え、いや、でも・・・・・・」
「さっさと行け!エレメントより大事なものがあるのかよ!」
「わ、分かりました!」
半ば強引に、何故か怒鳴られながら促され、ボクはカリムの部屋にいる藍さんたちを迎えに部屋を追い出された。
●
「まったく、思わせぶりすぎだろ。この状況じゃなかったらな・・・・・・」
あーあ!
なんだかよく分からない変な感情を誤魔化すために、ベッドにあった枕にぽふっと顔を埋めた。
あーもう!取り巻きが多すぎるんだよっ!!
にしても・・・・・・、なんだか、ソラの匂い??
「・・・・・・って、ソラの枕じゃん!何してんの私!?」
寂しさをソラで紛らわそうとしてる?いや、分からない。しかし、こんな所をアイツに見られなくてよかった。




