第58話 頑固な二番機
ブリーフィングではこれといって新しい情報もなく待機するのみとの事、報復は済んだしこれ以上敵への攻撃は得策では無いだろう、来た敵を叩く、今は防空に専念だ。
ツルギはカリムと一緒に会議だろうか幹部室に行ったし、レッドクロー隊は飛行訓練で格納庫に向かったし、ボクはなにしようかな。
あそうだ、ツルギがいないこの間に。
席を立ち、後ろに座る水咲さんと啓さんの元へ歩み寄る。
「啓さん、ちょっといいですか?」
「??」
キョトンとした顔が藍さんに似て可愛い、じゃなくて。
「ちょっと相談事といいますか」
啓さんに面と向かって話しかけるに慣れてないので、どうしてもモゾモゾしてしまうと。啓さんは「いいですよ」と顔はジト目でよく分からないが快諾してくれたと思う。
「藍ちゃんは任せて」
太陽のようにニッコリとウインクする水咲さん、物分りが早くてめちゃ助かるけど、この笑顔にはやられるな、思わず目を逸らしてしまい「お願いします」と頼んだ。
「ちょっとソラ!お姉ちゃんとどこ行くの!」
「はーい、藍ちゃんこっちに来ましょうねぇ」
「にゃーーー!!」
さすがの包容力だ、何をも逃がさないブラックホールのような吸引力。あのすさまじさからツルギは離脱してしまうんだから本当凄いというか馬鹿というか。
啓さんと途中何を話すでもなく、何となく先を歩く彼女の後をついて行くと、兵舎の屋上に来た。
「ここなら誰も来ませんし、ちょうどいいですかね」
そこまで考えてくれてたの?ツルギに暴力振るっているイメージしかないから意外だ。手すりに手をかけてしばらく外を眺めていたと思うと、クルッと彼女はボクの方に振り向き、一言。
「ごめんなさい」
「へ?」
なにが?そんなぺこりとお辞儀をされて謝られても。
「私は剣くん一筋なので期待には答えられません」
「違いますよ!」
びっくりするは!天然か!?ジト目で眉間に皺を寄せながら首をかしげられてもボクが困る。
「普通に相談事です!」
「では、なぜ剣くんじゃなくて私に?」
「そりゃ、ツルギにも言い難いことだってありますよ」
「そうなんですね」
同じ敬語キャラだから話しづらい······、ボクが相談相手に選んだんだけどさ、アルフレート隊とスパイダー隊は論外だし、水咲さんはなんかいい感じにまとめられてヨシヨシされて終わりそうだしね。
調子が狂って何から話したらいいのか分からなくなり、人一人分開けて啓さんの横に立ち、手すりに肘を置き寄りかかる。
「えっと······」
ジト目でめっちゃ見てきて更に話しづらいし、そんなまじまじと見られると恥ずかしい。
「ツルギのこと好きですか?」
「はい」
即答だ、実に気持ちがいい。
「恋愛相談なら水咲さんの方がいいと思いますが?と言っても水咲さんも剣くん一筋なので参考になるかどうかーー」
「だから違いますっ!」
「??」
勢いで言っちゃったけどよくよく考えると。
「いや、違わなくはないですかね」
「??」
なんだコイツめんどくせぇ、と言わんばかりに若干怪訝そうに眉を顰める彼女、ボクだって分かってるけど説明が難しいんだよ。
「その、好きってなんですかね?」
それを聞いた啓さんはボクと同じように手すりに寄りかかり少し空を見上げる、所々に雲はあるがカラッと晴れ渡った空だ。
彼女は少し考えると。
「ずっと一緒にいたいと思うかどうか、じゃないでしようか」
意外にまともな返事が返ってきた、一緒にいたい、か。
「昔私は剣くんを失いました、あの時のことは今も思い出したくないです」
あ、サヤに撃墜されて捕まった時のことか、確か公には死んだことになってたんだったけ?そりゃ、思い出すのも辛いと思う、今はこうして一緒にいるから笑い話にできるだろうけど、本当に死んでいたらどうなっていたことか。
「一緒にいたくても一緒にいれない、その人がいない、そんなことを考えたことがありますか?」
「ない、です」
そういうとは考えないようにしてる、失った時が怖いから。
「私もでした。でもいざ居なくなったら、悲しい、苦しい、どうしてあの時私は残らなかったのか、自分を責める毎日、1ヶ月で10キロ痩せるほどです」
1ヶ月で10キロ、ほとんど何も食べてなかったんだろうな。その時のことは聞いたことがなかったから、胸が締め付けられる。
「口下手なので上手くまとめれませんが、ソラくんは今、一緒にいたい人はいますか?」
啓さんの問いかけに、パッと藍さんの笑顔が脳裏に浮かび、ブンブンと頭を左右に振る。
「まあ、はい」
「今、誰の顔を思い浮かべたのかは分かりませんが、その人を絶対に守ってください、悔いのないように。私はまだ未熟なので守られてばかり、剣くんが右目を失ったのも私のせいですし、精進が足りません⋯⋯」
啓さんだってその時最善のことをしていたはずだ、それでも悔いは残るし自分を責めてしまう。やれることは全部やれという意味だろうけど、ボクにできるかな。
「ソラくんは剣くんに似て優しいですからね」
なぜか啓さんに頭をヨシヨシされる、表情はジト目だからちょっと変な感じだけど、ルイさんを上回る年上包容力、水咲さんじゃなくて良かった。
「私はソラくんなら藍を任せてもいいと思ってます」
「え、あ、え?」
えええ?お姉ちゃん公認ってこと?てか勝手に話を進めないで!
「その代わり私の大切な妹を泣かせたら容赦しませんので」
「わ、分かりました」
義姉さんに分からさせられてしまった。いやいや、まだ気が早い。
「答えになったかどうかは分かりませんが、大丈夫ですか?」
うん、話して少し楽になった気がする。啓さん、話せば意外と言葉を交わしてくれるんだな、ツルギにしか話しかけないものだと思っていたから新鮮だった。
「ありがとうございます、啓さんと話せて良かったです」
「こちらこそ、ソラくんとちゃんと話せてよかったです」
彼女もボクと話してみたかったのかな?確かにこんなにちゃんと話したのは初めてだし、だいたいツルギ経由だったからな。
「良かったらツルギのこともっと教えてくれません?」
「いいですよ、あれはまだ私がひよっこの頃で⋯⋯」
冗舌な啓さん、ツルギのことを話している時はそれはそれは楽しそうで、ボクの知らない事をいろいろ教えてくれた。
配属された当初は他人に興味持たず常に一人、変な人だとは思っていたけど、教育係が少なく時々教えてもらうことはあったが、次元が違いすぎてよく分からなかったとか。だから基本的な戦術は、荒木さんに教えて貰っていたと。
そしてある時、水咲さんと出会い彼は変わったと、人と関わるようになり、啓さんが三番機になるのが決まった時いろいろ悩んでくれていたそうだ。
表現は難しいけどそんな剣が好きになったと。
ヒューヒューだ。
「恥ずかしいんだけど」
「ツルギ!?」
屋上に上がってくる階段のドアで、ツルギとカリムが立っていた。話を聞かれていたのが恥ずかしかったのか、目を伏せて顔を赤くする啓さん、可愛いっ!!!!
「話はおしまいです」
「は、はい、ありがとうございます」
悪い予感がする、彼女はスタスタとツルギの元へ歩いていくと、一閃。
「ん?へぼっ!」
「忘れてください」
ツルギのみぞおちに一発入れて階段を降りていってしまった。あれは痛い、やられたツルギはしゃがんで悶絶している。
「だからやめとけって言ったんだ」
呆れるカリム、その意見には同意だ、大人しく待っていればよかったのに。
うずくまるツルギに近寄ってボクも一言。
「なんでここがわかったんですか?」
するとうずくまったまま。
「水咲さんに聞いて何話してんのかなって⋯⋯」
「趣味わりーぞ」
「エレメントが弟と話してんだから気になるだろ⋯⋯」
「知らない方がいいことだってあるだろ」
完全同意、今日はカリムと意見が合うな!
だが、それにしても。
「んだよ」
ふとカリムを見上げていると、ポッと頬を赤くする。
「いえ、こんなに背が高かったでしたっけ?」
近くで見るとやっぱり背が高い、ボクが172cmで、カリムが176cmだったかな?普段気にしてなかったけど女の人に身長負けるのはなかなかに悔しい。
「女なのに高身長で悪かったな!お前は小さい方が好きなのか?」
「あだだだだだ!!」
流れるようにヘッドロックされて、いつぞやにリズさんがされていたように脳天をグリグリされる、力加減を知らないのかメチャ痛い!
「羨ましいなって思っただけです!いでででで!!」
「ちゃんと飯食わねーからだよ!」
「だって孤児だったんですもん!」
ピタッとカリムは脳天グリグリを止める、あれ、冗談だったんだけどな。ん?これだとボクもルイさんのこと言えないな、反省反省。
「ごめん⋯⋯」
「いえ、言ってなかったですよね、大丈夫です」
知らなかったら仕方ない、元スパイなのは知ってるだろうけど、その前のことは言ってなかったと思うしね。
そんな、女の子丸出しでシュンとしないで欲しい。ボクは全然気にしてないし、あの時はシロお兄ちゃんとのいい思い出でいっぱいで別に悲しい思い出では無い。
慰めるために手を握ると、また頬を赤くする。
痛みが引いたのか、それをしゃがんで見ていたツルギは。
「リズワンじゃないけどさ、お前ソラのこと好きだろ?」
もう、このタイミングで変なこと言わないでよ。照れて手を引っ込んじゃったじやん。⋯⋯なんで照れてんの?
「悪いかよ⋯⋯」
「へ!?」
「ま、マジか⋯⋯」
ボクから目を逸らし、顔を真っ赤にし右の手の甲で口元を隠すカリム、めちゃ女の子!!
「てっきりリズワンの方がいいのかと思ってたんだが!?」
「あいつは女!ただの仲のいい友達でエレメントってだけ!」
「えー!ってカリムが女になってる!」
「なってねー!ぶん殴んぞ!」
ちょいちょい女性のような口調なっては、俺口調に戻るのはなんなのか。しかし、ツルギも容赦ないなー、当事者を置いてけぼりにしないで欲しい、カリムは照れ隠しなのかポコポコとツルギを殴ってるし。
「リズには言うなよ、あいつ色恋沙汰にはうるせーから」
「は、はい」
ボクは言いません。でもなんでボクらには言ったの?あんだけリズさんの弄りには否定してたのに。その前に、本人を前に普通言う?
「ボクが知らないところで言って欲しいんですけど⋯⋯」
聞いたボクは超複雑だ。
「あ?お前鈍感だし、分かっても分からないフリするだろ、だから言ったんだよ」
「うぅ⋯⋯」
ぐうの音もでねぇ、呆れたように壁に背もたれてジト目で睨まれる。
確かに、今でさえ藍さんの猛アタックをのらりくらりと交わしている感あるし、カリムの観察眼は概ね正解だと思う。
「ソラの返事はいらないのか?どうせなら聞いてみればいいのに」
「へっ!?」
マジで容赦ねぇ、そっとしといた方がボクもカリムも嬉しいと思うけど?
「ライバルが多すぎる、俺に出る幕はねぇよ」
「謙虚な乙女だなぁ」
「うるせぇ」
じゃあなんで言ったのさ、ボクはどうしたらいいのさ。
若干悲壮感漂うカリム、自分で言うのもなんだけど確かにボクには取り巻きが多い、そう思っても仕方ないだろうけど、レイって実績があるしね!いやいや、何ボクはそれ前提で考えてんだ、みんなの為にも一人に決めろって、藍さんにぶん殴られそう。
でも、ボクはみんなのことが好きなんだよな。ツルギが二人で決めれないのに、ボクが決めれる訳が無い。
ゴゴゴゴゴ⋯⋯。
「誰が誰を好きですって?」
ふぁ!!なんで藍さんいるの!?啓さんが帰ってきたから釈放された感じ!?水咲さん早いよ!
カリムの後ろ、階段で仁王立ちしていて、とんでもない覇気を放っていて、窓がガタガタ震えている。
「面倒な奴に聞かれたか⋯⋯、仕方ねぇ」
あちゃーとカリムは頭を抱えると、ボクの方に近寄ってきて肩を抱き寄せて一言。
「私の」
「んなっ!?」
だからちょいちょい女の子出すのやめて!無駄にドキッとするの!それに、それは宣戦布告なのでは?出る幕は無いとか言ってたのに、ここぞとばかりに言っちゃって。あ、これは罠だ!わざとボクが好きなことを言ってゴチャゴチャにしようとしてるんだ!前回は冗談っぽかったから大したことにはならなかったけど、今回はガチっぽいし、ボクは生きた心地がしません。
「ソラから、離れなさい!」
「喧嘩はやめましょう!」
ここが屋上で良かった、ロロウ、ルイさん、リズさんがいると更に面倒なことになってたな。腕をぐるぐる回しながらカリムに襲いかかる藍さんを、いつものように羽交い締めにして落ち着かせようと試みるも。
「私はソラの二番機なのーーっ!」
と訳の分からないことを叫んでいた。




