第51話 密偵の恩返し
7月8日、パレン空軍基地。
ボクたちがこの基地に来てちょうど一ヶ月がたった。
え?まだ一ヶ月なの??と正直驚いたが、一方の戦況はまた膠着状態、何がどうなったら終わるのかもよく分からない状況だ。
海軍の方では制海権を争ってときどき衝突があるようだが、制空権はこちらの手の内、敵の好きなようにはさせていない。
そして、先の敵地空襲後の戦闘は辛うじて勝利。
ルイさんが一瞬の隙をついて敵Su-47を撃墜したのだがどうやら無人機だったらしい、それに気がついた彼女がかなり大きめな舌打ちをすると傭兵部隊も分が悪いと判断したのかツルギの猛追を躱し撤退してしまった。
傭兵部隊を撃墜できなかったのは今後に響きそうだが、逃げ足は早いし深追いは禁物だ。
過ぎたことを言っても仕方ない、とりあえず今は。
「今日の当直は俺らだ、ゆっくり休んでこい」
しばらくぶりの休暇だ、真面目にあの時の歓迎会から休んでないんじゃないのかな?ってぐらい働き詰め。
今日はツルギたちブルー隊がスクランブル待機でボクたちは休暇、といってもパイロットの人数は少ないのでいつでも出撃できるように基地内待機だけど、何も考えなくていいのは最高だ。
そして、あの時以来の陸軍基地のバーに来た、四人で。
どうやら昼間はカフェテリアみたいな感じで経営してるらしい、お酒がないので藍さんが暴走しなくて済みそうでそれは安心。
ボクたちはソファー席に座り藍さんはパフェを食べ、ロロウはアイスティーを啜り、ルイさんはお腹でも空いていたのかカルボナーラをゆっくりと食べ、ボクはミルクコーヒーとワッフルを食べていた。
「ソラ、その組み合わせ好きね」
「なんだか落ち着くんですよね」
隣に座る藍さんに横目で見られて指摘される。端島の家でリュウお姉ちゃんの手作りをずっと食べてたからね、異国ということもあり味は若干違うがやっぱり食べるととても落ち着く。
「意外と甘党なのね」
ニコニコとボクを見てくるルイさん、それに何故かガルルと喉を鳴らす藍さん、ロロウはその絡みに少しため息を吐いて呆れているし、ボクはやっぱり暴走しないかなとドキドキする。
「美味しいですよ、ちょっと食べてみます?」
「そう?じゃぁ」
気を使ったのが運の尽き、目を閉じあーんと口を開けるルイさん。はへっ!?と一瞬ワタワタしていると、藍さんが無言で自分のパフェをスプーンですくってルイさんの口に押し込んでいた。
「ちょっと危ないじゃない!」
ホントだよ!喉に刺さったらどうするんだよ!
「貴女には生クリームがお似合いよ!」
「どういう意味よっ」
「し、知らないっ!」
あーあーあー、何が何だか。
「藍さん、お店の迷惑になるんで落ち着いて」
ドウドウと宥めると、フンッとそっぽを向いてパフェをガツガツと食べ始めてしまった。なんでそんなに仲悪いかなぁ。
「ル、ルイさんはどうしてカルボナーラを?お腹でも空いてました?」
とりあえず話題を変えよう。
「ん?ああ、初恋の人が作ってくれたのが懐かしくてね、つい」
そ、そうなんだ、空にいる時はマジで鬼神だけど意外と可愛いところあるんだな。いや、いつも可愛いんだけどこれはものの例え。じゃなくて!
「そ、そうなんですね、初恋の人はどうしてるんで⋯⋯」
待てよ?初恋の人ってシロお兄ちゃんと結婚する前の人のことだよな?それってもしかして⋯⋯。
「死んだよ、あの隻眼に殺された」
ですよねーーーー!!なにやってんのボク!!
少しもの寂しそうにするものだから、余計に胸が締まる思いだ。
「す、すみません、そんなつもりは⋯⋯ゴホッ!」
何故か藍さんに思いっきり脇腹を殴られた、しかも肘で、慌てていたから防御体制も取れずにもろにヒットしてしまい悶絶していると。
「最低ね」
ロロウまで蔑んだ目で見てくる。
「ごめんなさい!」
テーブルにゴリゴリと額を擦りつけていると。
「いいよ、辛い思い出だけどあの時はあの時、今は今。あの隻眼も殴ったし」
とは言ってくれて笑っていたけどどうしたものか、自分が言ったことだけど次の言葉が出ずにモゾモゾしていると。
「あ!ソラさん!」
呼ばれた?誰に?と辺りを見回すと、緑色の前下がりショートヘアの小柄な女性が店の入口からボクの方に手を振っていた。サガリさんだ、よくあそこから見つけたな、とりあえず手を振り返すと。
「いっ!」
藍さんに今度は足を踏まれた。
「何するんですか、怒んないでくださいよ⋯⋯」
「怒ってない」
なんなんだよもー。彼女の行動に困惑しているとサガリさんは小走りでこちらに近寄ってきて。
「お隣、失礼しますね!」
「へ!?」
ボクをその小さなお尻でグイグイと押して隣に座ってしまった。何で?
「な、なんでそこなのよ!他にも空いてるじゃない!」
藍さんがバタッ!と立ち上がり顔を真っ赤にして怒っている。
「命の恩人の隣に座るのは当然のことですが?」
どんな理屈ぅ。貴女には関係ありませんとそっぽを向いてしまい、相変わらず藍さんはガルルと喉を鳴らして警戒している。マジで全方位に喧嘩売るなこの人、穏便に済ませようという気は無いのか?無いか。
「まあまあ」
サガリさんの太ももがボクの太ももに触れて、若干ドキドキしながらも藍さんを落ち着かせるが、どっちの味方なのよ!と怒られそう。
「ソラはどっちの味方なのよ!」
ほら!ついでに思いっきり胸ぐらを掴まれる。
「あ、藍さんの味方ですよ!」
もう、何言わすんだよ。それを聞いて藍さんは更に顔を真っ赤にして、スンッと力が抜けるようにボクの胸ぐらを離すと「そ、それならいいわよ⋯⋯」と超小声でストンと座ってしまった。なんだなんだ?
「私の目の前で痴話喧嘩はやめてよね」
「そんなんじゃないです」
ニヤニヤとルイさんが笑っている、うーむ、逆に怖い。
「お久しぶりです、部隊には慣れました?」
とりあえず世間話だ、若干藍さんたちの視線は気になるがどっか行けなんて言える度胸もない。
「はい!お気遣いありがとうございます」
わざわざボクの手を握ってニコニコと返してくれる、スキンシップが多い!藍さんに殺される!でも離してなんて言えないし、あー!なんでボクはこんななんだ。
「ところでこの赤目の方は?」
ルイさんの方を見て首を傾げる彼女。そうか、前にあった時はルイさん居なかったかな、ちょうどいいし一応紹介しておくか。
「あ、えっと彼女はルイ・シロサキさん、臨時でボクの隊の四番機をしてます。タックネームはスカイレイン、流れ星って通り名があって凄いんですよ」
「ちょっと、変なこと言わないでよ」
ジト目で睨まれる、そうかな?ちょっと誇張して言った方がパイロットにあんまり関わりない人とか嬉しいと思うけど。
「流れ星⋯⋯、聞いたことがあります!」
おっ、彼女意外と詳しいのか?ミリ女子だったりするのだろうか、人は見かけによらないな。
流れ星もイエローラインや赤翼程ではないが知っている人は知っている感じだし、名前ぐらい聞いたことがあっておかしくはないだろう。
「でも、ウイジクランの飛行隊じゃなかったでしたっけ?」
詳しいなおい、でもそれは昔の話。
「今はフリーの傭兵よ、いろいろあってここにいるの」
ニッコリと笑うルイさん、こっわ。
藍さんは敵意むき出しだけど、彼女には大人の余裕のようなものを感じる。
「そうなんですか、でも傭兵ってかっこいいですね」
負けず劣らずニコニコのサガリさん、見えない所でバチバチしてない?大丈夫かな?
「そうね」
ルイさんはそう言うと最後の一口を食べてしまう。
理由が理由で傭兵になってるから、ボクはどうフォローしていいか分からない。変なこと言って傷口に塩を塗りかねない。
「今日はお休みなんですか?」
だがそん雰囲気を気にもとめずサガリさんは続ける。
相変わらずニコニコですごい質問してくるが、スパイの授業で聞いたことがある「質問が多い女は気があるから狙い目」と。
「何考えてるのよ」
「いえなにも!」
やっぱ藍さんボクの心を読んでるよね?男として、と言うよりもスパイとしてその感想に至っただけなんだけど、なんだか悪いことしてるみたいな感覚に襲われる。
「はい、ちょっとした休暇ですね、最近働き詰めだったもので」
あははー、と誤魔化しながら答えるとサガリさんは再びボクの手を握り。
「ずっと飛び回ってましたもんね!ソラさんみたいなパイロットがこの基地にいてとても誇らしいです!」
目をキラッキラさせながらボクの手を両手でさすって労ってくれる。が、だからスキンシップが多い!なんだ!藍さんへの当て付けか!?宣戦布告か!?はっ!それとも美人局!?
「あ、ありがとうございま、す」
咄嗟に振りほどくのも不自然というか可哀想なのでさり気なーく手を離すと、背後から殺気がするし対面からも笑顔だが目が笑ってない二人がボクを凝視している、んー、どうしよう?
「サガリさんは休憩ですか?」
一方的に聞き手になるのも変だ、ある程度彼女のことを気にしておこう。
「はい、ちょうど休憩中にソラさんみたいな後ろ姿を見かけて、ここに来てみたらいらしてたので、来ちゃいました!」
だから、来ちゃいましたはダメだって!
「そ、そうなんですね」
ボクには愛想笑いしか出来ない。
(あの子にすごい話しかけるね)
ひっ!耳元で藍さんが囁いて生きた心地がしない!
(せっかく来てくれたんだから無下にするのも変じゃないですか)
(ふーーーん)
「??」
とりあえずは納得してくれた(多分)ようだが後から何か言われそうだ、サガリさんには聞こえていないようで安心だが。
「そうだ!せっかく会えたんですから、連絡先、交換しませんか?」
「あ?」
「え?」
「は?」
「へ?」
取り巻き三人組の目の色が変わる、藍さんとルイさんはオオカミの様に眉間に皺を寄せ、ロロウは困惑している様子。
どどどどど、どうすればいたんだ!最適解はなんだ!スパイの時に活用していた脳みそをフルに回転させ違和感ないようになるべく素早く回答を導き出す。断ったらサガリさんが傷つく!快諾したら殺される!
「命の恩人ですから!借りはまだ返せてません!」
キラキラした目で見ないで!
「当然のことですから、気にしなくていいですよ」
「私の気がすみません!」
断る間もなくサガリさんはポケットからスマートホンを取り出し準備万端、いいじゃないですかー、ただ恩返しがしたいだけなんですぅ、とボクの太ももをゆさゆさと揺らしてくる。
「わ、分かりましたっ」
押しに弱いなー、ボク。スパイ失格だ。
「やったー!」
「ちょ、近いですって!」
と、今度はボクの腕に抱きついて頬を擦り付け胸が当たっているような過剰なスキンシップ、あの、一応ボクは男ですよ。
たがまあ結果として連絡先を交換してしまった。
結さんにも最近まともに連絡できてないのにどうしたものか、ていうかなんでこんなにハーレム気質なのか、こんなの全然嬉しくない。
「では!そろそろ休憩時間終わってしまうので、また連絡しますね!」
チュ!
立ち際にボクの頬にキスをしたと思うと逃げるように彼女は駆けてお店を出ていってしまった。
キスをされた頬をさすって唖然としていると。
「何なのあいつ!突然来たと思ったら好き放題して逃げてくなんて!ソラも満更でもない顔して!」
怒り爆発、いや、今までよく我慢していた、大人になったねと褒めてもいいと思うけど。
「してないです!」
満更でもなくはない、超困っている。
「ソラには私がいるでしょ」
「え?」
どゆこと!?とキョトンとして藍さんを見つめると、何故だろう彼女は急に顔を真っ赤にして「な、なんでもない」とか細く呟いて座ってしまった。なんだ、最近照れるとすっごい汐らしいけど?今日だけ?
「ソラも手当たりしだいねぇ、ほんと女の子なら誰でもいいのかしら?」
「だから違います!」
静観を貫いていたロロウにもいじられる始末。ということはルイさんからもいじられるのがセオリーで、彼女はいやらしくニヤニヤと笑いながら、吐息を吐くように言う。
「私という人がありながら⋯⋯」
「変なこと言わないでください!」
一夜を共にした、とかぶっ込まなかっただけマシだがややこしくなるからこれ以上は喋らないで頂きたい。
ブーブー⋯⋯。
早速スマホの着信のバイブが響く。
藍さんに見られないように隠そうとするも「なんで隠すのよ!」と言われ隠すことは出来ず、恐る恐る通知を開くと。
《サガリです、連絡先交換ありがとうございます
ソラさんって気が利いて凄くカッコイイですよね
これからよろしくお願いします♡》
おいおいやってくれたな。
「ぶっ殺す!」
「藍さんっ!」
ステイステイ!
ボクのスマホを奪って放送禁止用語のオンパレードを打ち込みそうだったので、ポカポカと殴られながら何とか死守、特大パフェを奢るということでこの場は何とか落ち着いてくれた。
「藍ちゃん安いわねぇ」
ルイさんの言葉は彼女には届かず、満面の笑みで自分の目線ぐらいの高さのパフェを頬ばっていた。安いと言ってもそれ単体の値段は結構するけど⋯⋯。
ん?
「今、藍ちゃんって言いました?」
確かルイさん、藍さんを貴女としか呼んでなかったよう な、ていうか貴女と呼んでたかも怪しいよ?当の本人は全く気付いてないし聞いてもいないけど。
「そんな気分なだけだよ」
「そ、そうなんですね」
仲良くしてくれるのはありがたいが、なんだかぎこちなくてむず痒い、そんな気分だった。




