第4話 戦闘
午後、パイロット待機室。
今日は休みだったのだが、管轄空域の状況が変わってきたという事で、たまたま皆基地内にいたので現状の確認のためにとミーティングで集まっていた。
当直のブリザード隊、氷上大尉と水多中尉は飛行服でその他の人、シエラ隊の荒木少佐、賀東大尉はTシャツにタンカラーの長ズボン。フレイム隊の五十鈴大尉と敷戸中尉も似たような格好をしていて、ボクはいつもの癖で何時でも飛べるようにとツナギの飛行服を着ているものの、上は脱いで着崩し袖をお腹で結んでTシャツ姿、藍さんはと言うと。
「お前、もうちょっと気にしろよ・・・・・・」
「別に減るもんじゃないですしぃ」
「そうじゃなくてだな」
荒木さんに注意されている、タンクトップにハーフパンツ、ショートパンツじゃないだけマシだが当人は気にしていないが周りが気にする、特にボクが。身体にピッタリのタンクトップで胸が強調されてるし、脇や太ももが見えても全く気にしない彼女、刺激が強い。
「伊波も注意しろよ、隊長だろ?」
「え、あ、いや、したんですけどね」
「あ?」
言われなくてもしました!
本人が気にしないから「いいじゃん、別にぃ」って言っても聞かなかったんです!なんて、いくら昔から知っている荒木さんだが、基地内ではなんかめっちゃ怖いし更に彼は少佐だ、そんなことは言えない。
「すみません・・・・・・」
呑気な藍さんを横に謝るしか無かった。
来て早々にエレメントについて怒られズーンと落ち込んでも、隣に座る藍さんは我関せず。
「眠たいのにぃ」
と文句を言う始末である。
少し待っていると、制服姿で大佐の階級章をつけたオールバックに頭を固めた彫りの深い人がドアをガチャっと開けて入ってきた。
ボクは椅子から立ち上がり、ビシッと気をつけをして姿勢を正すも、誰も座ったまま動じない。あれ??
「ああ、君が新任のパイロットか、私は作戦参謀の古江大佐だ。座って結構、当基地ではそんな堅苦しいことはしなくていい、が、司令にはしろよ」
え、あ、ふーん。軽すぎない?
「りょ、了解しました・・・・・・」
クスクスと笑い声が聞こえるがそんな言われないと分からないし、てかするのが普通だし。
席に座って腕を組んでムスッとしていると。
「言うの忘れてた、ごめんね」
藍さんに耳打ちされる。
ほんと、知ってたなら早く言って欲しい。
そして、作戦参謀によるミーティングが始まる。
「南方諸国の戦闘が過激さを増している」
『南方諸国』
レバノバジギスタン
ガイジルギスタン
ナバジギスタン
ワナバスタン
アーシスタン
ジギジスタン
以上の六つの島国からなる地域の俗称だ。
この六つの国家、年中どこかしらが誰かしらと戦闘を繰り広げている。
宗教問題や、領土問題、化石燃料の所有権問題等など。
ここ端島から真南に行くとその南方諸国はあるので、時々戦闘の偵察や、周辺海域の偵察、貨物船の護衛などを行っていることは知っている。
戦闘はいつもの事だが、激しさを増しているというと?
「エース級の戦闘機部隊、まあ傭兵だがそいつらが各国の配属となって好き放題やり合っている。自分の力を試したいんだろうが迷惑なものだ」
次々にスライドに表示される戦闘機の写真。
ガイジルギスタン所属、灰色デジタル迷彩、カナード翼が特徴的なF-15アクテブが四機の「シャルル隊」(部隊マークは白い洋刀)
ナバジギスタン所属、薄水色、Su-37が三機の「ヴァジュラ隊」(棒両端が四爪の神具)
ワナバスタン所属、暗緑色、J-20が二機の「バクヤ隊」(曲刀)。青地に黒のトラ柄、MiG-1.44が二機の「グリダヴォル隊」(装飾された魔法の杖)
アーシスタン所属、胴体は灰色翼は黄色、グリペンが六機の「ソール隊」(輝く太陽)
ジギジスタン所属、灰色基調の主翼に赤青の線、F-15EXが二機の「オメテオトル隊」(男女の横顔)
以上の部隊はリストにもある傭兵なので多少の資料が存在して、どんな奴らなのか検討はつく。
でも、レバノバジギスタンか、ツルギ達がいるかもしれない国だ。劣勢になったら傭兵の彼らは出てくるのだろうか、かれこれ10年イエローラインの噂は聞かないし既に過去の存在になろうとしている。
「で、俺らにどうして欲しいと?」
荒木さんが腕を組んだまま作戦参謀に聞く、そんなのでいいの?と思うが誰もツッコまないし注意しない、いいんだろうと自己完結する。
「上の方針はまだ決まってないが、あの付近にはエルゲートのシーレーンがある、常に不安定だと護衛の資金も馬鹿にならないからな」
当回しに言う作戦参謀。確かに毎度毎度貨物船が通る度に護衛なんていていると、金がいくらあっても足りないとは思うけど。
「端的に言ってくれ」
呆れた感じにため息を吐いて、それに痺れを切らす荒木さん。
「地域安定のためエルゲートと石油取引のあるレバノバジギスタンへの支援をすることになる」
不安定地帯の南方諸国、その一国たるレバノバジギスタンへの支援となれば戦闘になるということは分かる。
「なにか質問は?」
質問したいけど誰も手を上げない、ムスッとしたままの荒木さん、硬い表情のままの五十鈴大尉、面倒くさそうに耳を搔く氷上大尉、興味なさそうに天井を見つめる藍さん。
「方針が決まり次第また報告する、だが、心の準備はしておけ、以上別れ」
そう言い残して作戦参謀は待機室から出ていった。
再び「はぁー」と特大のため息を吐く荒木さん、いったいどうしたというのか。
「着任早々すまんな、伊波、東條」
「え?」
「??」
顔も合わせずボクと藍さんに話しかける荒木さん、隣の賀東さんも、僕のことを見てくれない。
「戦闘だ」
ボクはハッキリ言ってしまえば戦うために空軍に入ったんだ、彼が何を言いたいのか、その時のボクには全くわからなかった。
●
5月5日
上の方針が決まった、レバノバジギスタンの制空支援。
それだけ。
レバノバジギスタンは南方諸国最大の産油国、エルゲートもこの国から国内使用分の半分を輸入している、エルゲート本土でも石油は取れるから絶対数的には多くないが、それでも馬鹿にならない量だ。
だけど、僕にとってはちょうどいい。南方諸国にツルギがいるかもしれない、飛んでいれば会えるかもしれないと思ったから。
でも、そんな生易しい空じゃなかった。
ガイジルギスタン上空
機番号「401」洋上迷彩に包まれ垂直尾翼に描かれた白淵に映える青い薔薇のF-35、その後ろにつく灰色デジタル迷彩でカナード翼が特徴的なF-15アクティブ。ボクは必死に回避行動をとって高速で左右に旋回、二番機の機番号「402」のラズリからは距離が離れていた。
《シエラ1からシューレ、孤立してるぞ、ラズリはカバーに回れ!》
《ラズリ、ウィルコ》
《ああくそっ!!》
百聞は一見にしかず、荒木さんの提案で着任して訓練もろくに出来ずにシエラ隊、ブリザード隊と一緒に戦闘に放り込まれ、敵エース、シャルル隊と交戦していた。
六対四と数的有利だが、本当の戦闘は初めての僕と藍さん、当然のごとく数には入っていない。正確に言うとブリザード隊も本当の戦闘は初めてだがボクたちに比べ飛行時間が違いすぎる、一緒にするのは間違いだ。ボクだってライエンラークでエルゲートのエースと数々の模擬戦をしてきたのに、たかが模擬戦、実践とはわけが違った。
《任務は撃退だ、無理に落とそうとするなよ》
上もシャルル隊の撃墜が難しい事ぐらいは分かっているようで主任務は撃退、もし万が一撃墜出来たらプラスアルファで追加報酬って感じだけど、撃墜とかできるのか?
ボクは逃げるので精一杯だ。
〈ブルーローズは新米のようだ、シャルル4、遊んでやれ〉
〈シャルル4、コピー〉
舐めてるのか混線というか国際無線を使う敵部隊、そりゃ飛び方で練度はバレるだろうけど、ボクからしたら面白くないしツルギに面目が立たない。
真後ろをずっと追っていたアクティブがフワッと離脱し違う奴がまた僕の後ろにつく。クソっどうしろって言うんだよ・・・・・・。
すると僕の斜め前方にラズリを視認、大きく旋回してカバーに入ってくれようとしている。
《シューレ、数は勝ってるんだから落ち着いて》
普段なんにも考えていないような彼女に注意される、さすがあのイエローラインの三番機の妹、初めての戦闘でこの落ち着きようだ、天性の才能からして違う気がした。
《わかってますよっ》
機首を上げて空気抵抗を使い急減速、それと同時にエンジンを吹かして空中に一瞬止まって見せる。
〈おっ、新米にしては腕はいいか〉
敵に褒められてもなんにも嬉しくない。
《舐めるな!!》
ラズリがカバーに入る前に自分を追い抜かした敵機を捕捉、ミサイルを放とうとするが真正面から違う敵機が急接近、このままじゃぶつかる!エンジンを更に吹かしてたまらず右に旋回して躱すしかなかった。
《おっと!》
後ろのラズリもギリギリで躱す。
機体性能はこっちの方が上なはずなのに、全く思うようにいかない、シエラ隊は状況を見るためにやや離脱しているがブリザード隊も二機を追うのにやっと、撃墜には至っていない。それでも追えているんだからすごいけど。
〈エルゲートの戦闘機隊はどんなものかと思ったが、期待はずれだ。長居は無用だシャルル隊、帰投する〉
くそったれ!
バカにしやがって!
ボクは悔しくて悔しくて、キャノピーを叩くことしか出来ずに離脱していく敵機を睨んだ。
●
端島飛行場
「荒木少佐!」
「おう、どうした?」
帰投して直ぐにボクは前を歩く荒木さんを呼び止めた。初対面の敵にあんなにバカにされたらいくら僕でも黙ってられない、ツルギ達と飛んだことのある荒木さんは腕は確か。
「ボクと模擬戦をしてください!」
もっと色んな人と戦って強くならないといけない、そう思った。だけど彼は首を縦には振らず、逆に質問されてしまう。
「悔しかったか?」
「はい」
もちろんだ。
「強くなりたいか?」
「はい!」
強くならないとツルギに顔向けできない。
「じゃー、まずは東條と連携を取れ」
ボクの後ろを指さされ、振り向くと「私?」と首をかげ目を点にした藍さんが立っていた。
「一人で戦おうとするな、笹井も初めは一人だったが基本的には三人で一人だったんだ、バディを大切にしろ。今日のお前はひとりよがりだった」
そう言われてハッとした。
「ま、とりあえず生きて帰ったんだ、自信持て」
荒木さんは僕の頭をポンポンと叩いて、賀東さんと一緒に兵舎に行ってしまった。どうせ彼のことだ、いよいよ危なくなってきたらボクのことを助けてくれるつもりだったろう、シャルル隊も本気で向かってきている様子もなかったし。
だけど、ひとりよがり、か、確かに言われてみればそうだ、藍さんと連携なんてほとんど取れなかったし隊長らしい指示も出来なかった。ライエンラークで一人だった弊害がこんなところに出てしまった。
ボクは後ろにいた藍さんに俯き気味に近づいて一言。
「すみません・・・・・・」
今日のボクはダメダメだった。
しかし彼女はそんなボクを怒らない。
「次、頑張ろ!」
能天気なんだかなんなんだか、ニコニコ笑う彼女にボクは癒された。
●
夜。
藍さんがシャワーに行っている間に、ボクはある人に電話をかけていた。
《お、ニグルムくん久しぶり!調子はどう?》
久しぶりにレイさんに電話していた。この気持ち、誰かに話さないと落ち着かなかったから。
《今日、初めて空戦をしました・・・・・・》
《空戦って実戦?あ、エルゲート、南方諸国に介入するって言ってたね・・・・・・》
《はい・・・・・・》
ニュースか何かで今の状況はレイさんも分かっている様子、ボクはそのあと何を言おうか考えておらず、しばらく黙っているとレイさんから聞かれる。
《怖かったでしょ?》
《はい・・・・・・》
今更震えてくる手、敵機に追われている状況がフラッシュバックする。
《でも、生きてこうして僕と話してる、それは自信もっていいよ。テレビ電話にする?》
《はい・・・・・・》
スマホを耳から離しカメラボタンを押すと画面に映る
いつもの四人、みんな心配そうな顔をしてくれている。
《僕なんか初戦で撃墜されそうになってルリさんに助けられたんだから!》
《・・・・・・あの時のレイは下手くそだった》
《ちょっ!!》
レイさんの膝上に座るルリさんが昔を懐かしむように、目を瞑り腕を組んでうんうんと唸っている。
《あー、結果で示せって怒られてたね、懐かしいなぁ》
《チグサ!変なこと思い出さないで!》
《・・・・・・皆過保護だったから》
《下手くそイーグルってラナーにも言われてたねぇぇぇ》
《やめて!!ってナナも言ってたじゃん!》
《えぇーー、そうだっけぇーー?》
レイさんにもそんな時期があったんだ、僕の知っているレイさんはツルギに怒られながらもまともに飛んでいるイメージしかない、意外といえば意外だった。
三人に好き勝手いじられるレイさんを見てクスッと笑ってしまう。
《あ、笑えるならまだ大丈夫だね》
《レイ追い詰められたらすぐ泣いてたしね》
《・・・・・・すぐ心配かける》
《レイの泣き顔可愛かったなぁぁぁぁ》
《真面目な話してるの!!》
ダメだ、二言目にはいじられるレイさん、グレイニアを救ったエースなのに威厳もくそもない。しかし、彼の言うように笑えるならまだ大丈夫か。
《レイみたいに被弾したわけじゃないんでしょ?》
《ちょっと!!本当に真面目な話なの!!》
ほんと仲良いなあ、最後にチグサさんにいじられ涙目のレイさん。まあ、被弾して生きてる彼も彼ですごいけどね。
《ありがとうございます、話したら楽になりました》
《そう?よかった。ところで後ろの人は誰?》
後ろの人??お化けでも出たかな?と恐る恐る振り向くと、ショートパンツにタンクトップ、髪の毛をバスタオルで乱暴に拭いている藍さんの姿があった。いつの間に!?
「ソラ、その人たち誰?」
《ソラ!?》
「ちょっと待ってください!!」
状況を整理したい!
《なになにニグルムくん、今ソラって名乗ってるの!?》
《ツルギさんのこと大好きじゃん!あ、ニグルムくんはやめといた方がいい?》
レイさんとチグサさんにこれでもかといじられる、そのことはまた言いますんで!となんとか落ち着かせるが。
《あ、彼女ぉぉ!?》
ハッとしたナナリスさんが悪いにやけ顔をしてぶっこむ。それを聞いた藍さんさんも、なんだかニヤニヤしてボクに肩を組んで。
《そうですよ、チュッ》
《へっ!?》
《きゃー!ニグルムくんのおませさんんんん!!》
どさくさに紛れて頬にキスをされた、なんで!どうして!?まだ呑んでないよね!?
それを見てナナリスさんもテンション爆アゲだし、彼女の声でスマホのスピーカーは音割れしてるし収集がつきそうにない。
《あの啓さんの妹ですよ!》
《えっ!!!!》
お返しになってるかは分からないがボクの言葉に驚きを隠せない四人、そりゃそうだ、このボクだってあまり信じれてない。
《全然似てない!いや、ちょっと雰囲気は似てる?》
《あっ》
レイさん言っちゃった。
《姉と比べないでください!!》
《怖いのそっくり!!》
《やめてくださいっ!!》
レイさんの言葉にイラッとしたのか、余計なことを言わないでと、スマホの画面を殴りそうになるもそこは理性が効いたのかグッと堪えて、ボクの肩を組んだ腕をそのまま首に回し首を締められる。
普通に苦しいし、レイさんの最後の一言がさらに余計で首を締める腕に一段と力が入る。死ぬ!!
《仲良いんだね、良かった》
チグサさんの一言で我に返ったのか何故か藍さんは腕を離しそっぽを向く、キスしてきた癖になんなのか。
騒がしい夜はもうしばらく続きそうだ。