第34話 応戦
「藍さん、本当にするんですか?」
「ロロウ寝てるし大丈夫だよ」
「いやでも、絶対気が付きますって」
「大丈夫、ソラが声出さなきゃいいんでしょ」
「そんなこと言われても、って藍さんっ」
「大丈夫大丈夫、なんでもするって言ったでしょ」
「それは言葉のあやでして」
「四の五の言わないの、男でしょ」
「だからですよ!」
暗い部屋の中ヒソヒソと話していると、うーん、とロロウの寝言が聞こえて二人で固まる。
「起きて・・・・・・、ないね」
「やめときましょうって、バレたら大変ですよ」
「いいのっ、そのためにあいつに何杯飲ませたと思ってるのよ」
藍さんがゆっくりと、ボクの眠る布団の中に入ってきた。
まあその、お願いというのは。
『ソラと添い寝がしたい』
変に断る訳にもいかず、添い寝だけならと、渋々了承したのだったのだが、さすがにロロウが起きている間にはできないってことで寝静まった夜中に、わざわざ藍さんから動いてきたわけだ。
「へへへ、入っちゃった」
「変な言い方しないでください」
年頃の女の子がいやらしい。それに、初めてではないくせに、この前も泥酔の末に気がつけば、だったけど。
ボクは貴女がなにかしてくるまで何もしません!そう自分に言い聞かせ、二段目のベッドの天井を凝視する。これでね、まあキスとかされたらしちゃうけどさ、男だし、だけど、ロロウがいるからそれより先はさすがにナシだ。
「ふふ、ソラの匂い」
酔っているからかテンション高めで、ボクの枕に頭を置いてクンクンの匂う彼女。それは反則です、めちゃかわいいけど、めちゃ恥ずかしい。
「恥ずかしいんで黙ってください」
「えー」
嫌がりながらも、彼女はそこから何も喋らなくなり、少しの間ポジションを決めているのか、ゴソゴソしていると急に静かになる。
ん?と思って天井をから彼女に視線を移すと、スースーと寝息をたてて眠ってしまっていた、早すぎだろ。
まあいいや、可哀想だしこれぐらいやらないと、ボクの手を触ろうとしてやめた感じの、触れるかどうかギリギリの距離にあった彼女の手を握って、ボクも眠ろうと目を瞑った途端。
「はぁ、そこまでしといてなんで言えないのかしら。まあ、私も人のこと言えないか・・・・・・」
薄目を開けた見ると、ボクのベッドの縁にロロウが立っていた。さっきまで寝てたよね?これだけ見ればめちゃくちゃ怖いが、彼女はいったいどうする気なんだ。
もはや金縛り状態のボクは、狸寝入りをする。
すると何を思ったのか、彼女は屈んでボクのベッドに乗り、藍さんとボクを跨いでボクと壁の間に来ると、そのまま布団の中に入ってきた。揺れは最小限に、藍さんを起こさないように優しく。
そして、脚を擦り寄せて来て手も握ってくる、なんか暖かくてスベスベで、どうかしてしまいそうだが、寝たフリを貫き通していると。
「起きてるでしょ、分かってるわよ」
「寝てます」
「何言ってるのよ」
藍さんを起こさないようにヒソヒソと話す。てか、なんで話しかけてきたの、そのまま寝ればいいでしょ!添い寝ぐらいなら何時でもしますから。
「聞くんだけど、私がヒナの手先だとは思わなかったの?」
あー、それ。ボクは目を開けて天上を見つめ直す。
「思いましたよ、現に今もめちゃ警戒してますし。でも、考えても仕方ないし、その時はその時だなって割り切ってます」
「楽観的ね、別にいいけど」
ボクの答えを聞いてさらにボクの手を握る手に、ギュッと力を入れる彼女、特に他には無いのか、信じられてるかどうか確認しただけ?
「ロロウみたいな綺麗な人に殺されるなら本望かな、とも思いますしね」
「変な冗談言わないで」
これは冗談だ、死にたくはない、こんなこと言ってないと理性を保てそうにないしね。だけど、ロロウが美人っていうのは本心。藍さんも美人だけど、ロロウは綺麗で、藍さんはかわいい、タイプが違う。
「ねぇ、・・・・・・二グくん」
「え、なんですか?」
昔の名前で呼ぶってことは重要な話かな、それぐらい空気は読める、いや、もしかしてここでプスッとされるの!?隠しきれない動揺を抑えて、平常心を装っていると。
「うーん、ソラは渡さない・・・・・・」
おお、びっくりした、起きたかと思って慌てて藍さんを横目で見ると完全に寝言だった、どんだけ熟睡してんだよ、酒のせいかな。けど、体はそれに伴って、誰にも渡さないぞと言わんばかりに、ギュッと抱きついてきた。脚がまた、大事なところに当たりそうになっている。
「過保護なんですよね」
へへへと、愚痴混じりに言うと。
「はぁ〜・・・・・・」
なんか、ものすごいため息を吐かれた、めっちゃ呆れたようなジト目でボクのことを見てくる。どうしたどうした、啓さんじゃあるまいし。
「二番機が二番機なら一番機も一番機よね」
「バカにしてます?」
「いいえ、褒めてるの」
ホントに?絶対にバカにしてるよ、ンフフフといやらしく笑ってるし。この笑顔はなにか企んでる顔だ、多分。
「貴方たちが羨ましいわ」
「やっぱりバカにしてますよね?」
もう、何が言いたいんだよ、空気は読めても深層心理は読めません!読めるのが一番いいんだけどさ。
「楽しそうにしてるのがね」
ん?なんだか寂しそうにして、ボクの肩に頬を当ててくるロロウ、さっきも言ったようにボクは空気は読める方だと自負している、フォローしとこう。
「ロロウといる時も楽しいですよ?」
「あらそう?ありがとう」
社交辞令だと思ってるな、適当に流しやがって、せっかく気にしてるのに骨折り損じゃないか。しかし、エレメントのメンタルケアも隊長の務め、ここまで来たら引き下がれない。
「本当ですよ」
顔を向けるとどうかしてしまいそうなので、天井を向いたまま、少し鼻で笑ってそう言うと。
「ふふ、ちょっとじっとしてて」
じっと?何されるの!?といろんな意味でドキドキしながらも、抗う訳にもいかないし簡単には抗えない、ビビって目を瞑ってなにか起きるのを待っていると。
チュ。
頬にとても柔らかい感触が伝わった。
ロロウが、ボクに!?と爆発しそうな心臓を放ったらかしに、慌てて目を開いて彼女の方を向くと、人差し指でボクの口を抑えられた。えっと、何も言うなってことかな?
「忘れて、おやすみなさい」
忘れられませんっ、思春期(遅め)のボクになんてことするんだ!それにこれでボク、何人の女性とキスしたんだろう、結さんと藍さん、リュウお姉ちゃん、ルイさん、リズさん、ロロウ、・・・・・・やりすぎだろ、女ったらしかよ。まあ、リズさんとロロウは頬だけど、それでも三人と口付けしてる。
ルイさんなんか、キスどころじゃないし。
カリムが言っていたように、とんだ色男だ。殺されても文句は言えない。
すると彼女は困惑しているボクよそに、ゴソゴソと寝支度を整へ、ボクの右腕を抱き枕のように抱えると、ちょうど手のひらを股に挟むようにして目を閉じてしまった。
なんちゅう寝方だ、ボクじゃなかったら手を出してるぞ!
「お、おやすみ、なさい」
それからロロウはすぐに寝息をたて、ボクは全く眠れない夜を過ごした。
〇
6月18日、早朝。
スマホのアラーム、ではなく基地内に響き渡る、けたたましい空襲警報で目が覚めた。
《ーー北方から飛翔体多数接近中、弾道ミサイルと思われる、稼働全機、空中へ退避せよーー》
せっかく美女二人に挟まれて、目をギンギンにして寝ていてのに、現実はとても非情だ。
藍さんは起きた瞬間、コノヤロウ、と言った感じてロロウを睨んでいたが、さすがに今じゃないと思ってか着替えを急ぐ。
「後で覚えときなさいよ・・・・・・」
ブツブツ文句言いながら、どっちに言ったのかが不安だけど。
そんなことより時間が無い、着替え終わって格納庫に走っていると、既にスコーピオン隊とスパイダー隊が誘導路を移動していた。リズさんもう乗ってるみたいだな、大丈夫なんだろうか。
まあ人の心配は良さそうだ、ボクには乗る機体がない。
「ボクは地下壕に行きます、藍さんとロロウはカリムの指示に従ってください」
「了解、ちゃんと逃げててね!」
「制空戦ではないからね、心配しないで」
戦闘機で戦う訳じゃないんだ、空に逃げた方が安全、むしろボクの方が危険だ。
方向が反対なので、彼女ちと手を振り別れると、ツルギたちと出会った。
「ツルギ!」
「ニグムル、お前、さっさと避難しろ!」
「藍さんたちを!」
「分かってる、安心しろ!」
すれ違いざまに頭をワシャワシャと撫でられるが、それ以上のことは言えないし時間が無い。
ボクはそのまま地下壕に急ぐ。
すると目の前の陸軍基地から、迎撃ミサイルだろう、白い煙を弾いて空に飛翔するものが多数見えた。
ヤバイヤバイ、ツルギたち間に合うか?
「ほら!早くこっちに来てください!」
途中、混乱して道に迷っている人を見つけては地下壕に誘導する、いくら飛べないパイロットでも一軍人だ、これぐらいはしとかないと。
そして、目に映った人は粗方地下壕に誘導し、最後に遅れてきた女性の手を取り地下壕に押し込み、ボクが分厚い扉を閉めると地面や空気が大きく揺れ、女性の手を引き階段を駆け下りた。
※
《あっぶね!》
俺たちが離陸した瞬間に、迎撃に失敗した敵弾道ミサイルが基地に数発着弾、誘導路には大穴が空き、予備機用の格納庫からケムリが上がっていた。あれはトムキャット用の格納庫か、ニグルムの機体がある所じゃなくて良かった。
《スパイダー1から各機、全員上がったな》
《スパイダー2、異常なし》
《スコーピオン隊、上がった》
《ブルー隊、ギリギリセーフだ》
《アルフレート隊、・・・・・・隊長の他異常なし》
藍ちゃんか、そりゃまあ隊長たるニグルムがいなくて不安だろうが、陸から離れてしまえばいくら心配したところで、だ。キツイ言い方かもしれないけど。
《たく、陸軍の方は被害なしか、優先順位どうなってやがる》
見渡すと空軍基地からのみ煙が上がっている、カリムの苛立ちはごもっともだ。恐らく、第一波はさっきので終わりだろう、二波目が来るかは分からないが、空軍基地に数弾着弾、隣の陸軍基地は無傷。陸軍が撃った迎撃ミサイルだが、最前線で戦う俺らの基地も、ちゃんと守ってもらわないと困るな。
《ーー新たに第二波接近中、高度5000フィートでそのまま上空待機ーー》
《スパイダー1、ウィルコ。聞いたな、高度を上げる》
あまり低空過ぎると何かと危険だろう、概ね安全高度を思われる高度まで上昇、各隊で隊形を組んで退避すると。
《ーー陸軍が弾道ミサイル発射地点に攻撃を開始するーー》
弾道ミサイルでの殴り合い、か。
基地から離れた森の一角から、中型の弾道ミサイルが発射され、すぐに俺たちの高度に到達すると、ブースターの煙を残し空の彼方で見えなくなってしまった。
エルゲート・ローレニア戦争、グレイニア紛争では見なかったが、バルセル・グレイニア戦争ではロケット弾による攻撃のしあいは見た、しかし、金がある隣国同士の戦争は違うな。
《持久戦になったらナバジギスタンの方が辛いだろうに・・・・・・》
水咲さんの言う通りだ、国力も違いすぎる、エルゲートの後ろ盾がある俺たちがいる国、レバノバジギスタン。それに、大義名分がない戦争だ、どうやって終わらす気なんだろうな。毎度毎度、後先考えずに戦争を始めやがる。
《ブルー3から各機、大型機多数探知、包囲350》
おいでなすったぜ。
《敵索敵レーダー識別の結果、B-36のレーダー波と一致》
啓の報告を聞き終わった途端、レーダー画面、その大型機の影が数倍に膨れ上がるが、とたんに膨れ上がった物が消えたり、小さな点になったりして大型機の周りを回っているようだ。
《懐かしいな》
《見たくなかったけどね》
《くれぐれも無茶はしないでください》
みんな守りきれるかな・・・・・・。不安だがやるしかない、こんなところで死ぬような奴らはここにはいないと信じたいし。それに、万が一があってみろ、ニグルムに嫌われてしまう、それだけは何があっても回避だ。
そして、レーダーの機影が赤外線カメラに写った。
総数約50機の無人機の群れ、無人機搭載型爆撃機B-36もそのまま突き進んでくる。
弾は、足りねーな。例のごとく、地上武器を頼るしかなくなるが、地上の被害も必至だ。
しかし、逃げる場所もない、やれるだけのことはやろう。
《なんだ、あの数の無人機は・・・・・・》
カリムも唖然としてる。まあ、俺たちぐらいだよね、あんな数相手した事あるの。
《ロロウ》
《何かしら》
《死んだら許さない》
《フッ、レシル、ウィルコ。貴女もね》
一見仲が悪いように見える藍ちゃんとロロウもこんな感じだ、事の重大さはわかっている様子。まあ、あんな大群、嫌でも分かるよね。
《ブルー1から各機、俺の認識が正しければあの無人機は自爆する。ドッグファイトは禁止な》
下手したらミサイルも撃ってくる、厄介極まりない敵の兵器だ。
《なるほど、な》
それを聞いてため息混じりに発するカリム、俺も今そんな気分だよ。
《いつものだ、ブルー隊、交戦》
あーあ、終わったら啓に殴られるんだろうな。嫌だなとも思いつつ、昔を思い出して嬉しく思う自分がいたが俺はそんなにMじゃない。気を取り直して、俺はみんなを守るために、いつものように単機で無人機の群れに突っ込んだ。




