第31話 心配
「リズさんの調子はどうですか?」
「疲れて寝てるだけだ、心配はいらんだろう」
藍さんとロロウの一悶着があった後、被弾したリズさんが医務室へ運ばれてると聞いて急いでそこへ駆けつけると、既にカリムがいた。いないなと思ったら一番に来てるなんて、意外だ。
ベッドで寝ている彼女、怪我もしてないようだし本当に良かった。
「ここはいい、お前たちは休んでろ」
厄介払いするように早く出てけとうながすカリム、彼女のことをそんな目で見たことは無いみたいなこと言ってたけど、案外そうでも無いのかもね。
「何かあったらすぐ呼んでください」
「ああ、すまんな」
リズさんの無事もわかったし長居は無用だ。
ボクたちはカリムを残して待機室に戻った。
※
リズ、ここにお前と来てもう二年だが・・・・・・、あれから何人死んだんだろうな。
俺らより前にこの基地に居て、まだ生き残っているのはサニーのみ。
中堅の俺に、新米のお前、気がつけば俺は飛行隊長になってたし、お前もこの戦争を生き残れるぐらいに腕を上げていた。
だが、こんな調子だといつか別れが来る、そんな事ばかり俺は考えていた。
覚悟が出来ない俺は、そんなだからみんなに冷たく接していたんだろうな。
今思えば酷いことをした。
「すまない・・・・・・」
布団からでた、リズの俺より小さな手のひらをさする。暖かくて柔らかい、こんな小さな手の奴でも戦闘機に乗って戦ってる、笑ってしまうよな。もっと他にやりたいことがあったろうに。
「・・・・・・カリムも、心配してくれるんだね」
気がつくとリズの目が微かに開き、疲れた顔をしているが口元はニヒヒと笑っていた。
俺はそんなこいつに、笑うこともせずに真顔で答える。
「当然だ、大切なエレメントだからな」
そう答えると、こいつは目食らったように目を点にして俺を見つめる。なんか変なこと言ったか?
「ふふ、ありがとう」
「何がおかしい」
変な奴だ、笑う場面なんてあったか?
「もうちょっと手、握ってていい?」
リズは擦っていた俺の手をギュッと握り返す。別に断る理由もない、強いて言うなら恥ずかしい、それだけだ。
「ああ、少しだけ、ね」
なんだか恥ずかしくなり、目も見ずに答えると、またこいつは、フフ、と鼻で笑っていた。
※
貴方が想定した未来はこれなの?
こうじゃないって貴方の口から聞きたい。
だけど、もう死んでるのよね。
あの時、適当に返事するんじゃなかったわ。
・・・・・・・・・
・・・・・・
「ロロウ・エルメイかな?」
「なに、誰?」
養成学校からの帰り道、と言っても寮に帰るだけの短い道のりだが、その道中、名前を呼ばれ来た道を振り向くと私の目の前には白髪の青年が立っていた、青年と言っても凄く幼く見える。誰だろう?
「ニグルムと同じクラスだよね、あいつ最近どう?」
「ああ、貴方がシロ。エリートである貴方のことしか眼中になし、て言うかなんで私に聞くのよ」
私はすぐに、ニグルムと言う奴がよく言うシロって人だと理解した。凄いだの、尊敬するだの、色んな御託を並べて褒めたたえていたがこんな幼顔の人だったとは。
それに同じクラスの人間は他にまだ何人もいる、なんでわざわざ私に聞いてくるのか理解できない。
「まあまあ、まだ子供なのにそんな全部理解したような言葉使いしないの」
例えはイマイチピンと来なかったが言いたいことは分かる、こんなところに来る人間がまともなはずがないだろうに、いや、ニグルムは私たちと比べたら至って普通だった。
シロは困惑する私に、ニコニコしながら質問の返事を待っている。
「・・・・・・別に、普通すぎるぐらい普通よ、頭はいいみたいだけど・・・・・・」
「そう!よかった、上手くやってるみたいだね。他には?」
あいつが上手くやってるかどうかは知らないが、少なくとも私よりかは学校生活を上手くやっているだろう、気の短い私は何かと問題を起こしてばかりだから。
「だから、なんで私に聞くのよ」
一度の質問ならまだしも、二度目は自分でもいけないと思いつつもイラッとしてしまい、袖に隠したナイフ状の暗器を手に取ると、ニコニコ顔で言われた。
「え?だってニグルムの事、好きでしょ?」
「はえっ!?」
突然のことに私は顔を真っ赤にし、動揺してしまったのか、手に持った暗器を不覚にもカランカランと地面に落としてしまう。
「ななななな、なんで、どうしてそう思うのよっ!あんな、年下で普通の奴のどこがっ・・・・・・」
慌てまくって挙動不審になり声が震えてしまう。こんな感情、訓練でも味わったことの無い、凄く複雑でなんだか胸の奥が熱くなる変な感情だ。
「そりゃねぇ、思春期の男子かってぐらいニグルムにイタズラしてるじゃん。家じゃなんも言わないから心配で見に来たらそりゃもう、酷いのなんのって」
「はわわわわわ!!」
見られてる、全部!!
いったいいつ見ていたのかは知らないが、こんな辱め、あれを見られてる以上こいつを生きて返す訳にはいかない!
反対側の手に忍ばせた暗器を、奴の顬に向かって腕を、小さくスナップを効かせて振って放つと、焦る様子もなくニッコリしたまま、彼も隠し持っていた自分のサバイバルナイフのようなものを逆手で取り、顔の前で私の攻撃を弾いて見せた。
この人には敵わない、一瞬で理解させられた。
「それで!君に頼み事があるんだ!」
今の攻撃が無かったように勝手に話を進め、クルクルと私の暗器を弾いたナイフを回し、腰付近にそれを仕舞うと、ニッコリとさらに可愛らしく笑う彼。抵抗出来ないしさせてくれないだろう、聞くだけ聞いてみた。
「内容による・・・・・・」
赤くなった顔を落ち着かせる為に深呼吸して彼の動きを伺う。弱みを握れてる以上聞かざる得ないだろうけど、私にも出来ることとできないことがあるから。
「あいつ不幸を呼ぶ体質だからさ、守ってやって欲しいんだ!」
はい?意味がわからない。
「何それ、あんたが守ればいいじゃない」
結論はそれだ、私なんかがあいつを守るって、例え好きでもそんな面倒なことしたくない。それに、あいつは私なんかの手を借りなくても、一人でもどうにかしてしまうだろう。
「それが出来ないから頼んでるの」
変わらずニコニコ笑ったままのシロ、気持ち悪い。
あんたの事情なんて知らない、守りたきゃ自分で守ればいい、それが出来ないなら諦めろ、一度ため息を吐いてそう言おうとした瞬間。
「お願いだ、君にしか頼めない」
彼の顔は笑ってなかった。
あー、もうっ!なんで私なのよ!
「・・・・・・わかったわよ!いつまで守ればいいの!?」
もう首を縦に振るまで逃げれそうにない、その場しのぎで適当に約束してやろう。
「君の気が済むまで!」
「はぁ?どういうことよ」
私の気が済むまで?抽象的過ぎて全く意味がわからないが、一応その意味を目を顰めて考えるも、答えは出てこない。今ではないってことなのか?それだといつからいつまで?期限を教えろ!と考えている言葉をまとめていると。
「約束破ったらロロウがニグルムのこと好きなのバラすから!」
「ぶっ殺す!!」
「ハハハ、じゃ、よろしくね!」
ムカつくどころの騒ぎじゃない、無責任に笑いやがって。私は咄嗟に落とした暗器を拾い上げ、あいつに向かって投げようと一瞬目を離した隙にシロは消えていた。
それから何年経ったろう、長らくそのことは忘れていて、ニグくんと一方的に呼んで遊んでいたことも忘れかけていたある日。
私の上司たる王家直轄部隊のNo.2でありローレニア第2王子、そのヒナが酷い姿になって帰ってきた。
左肘から先を切断、右脚もももから切断し、義手義足で車椅子姿。
顔もかなり整い性格の割に可愛いらしい感じをしていたのに、針で縫ったような跡がたくさんできていた。
見るも無惨、いったい何があったと言うのか。
「ニグルムと言うやつにやられた、あいつを、この手で殺す・・・・・・」
その時その名前を聞いて、忘れかけていた全てを思い出した。
守って欲しいとは言われたが、まさかヒナに手を出すなんて思ってもいなかった、これは事情をどうにかして調べる必要がある。
そして隠れて色々調べた、ニグくんは養成学校を卒業してから会うことはなかったが、私よりも危険なことをいくつもやっているようだった、さすがエリートとその時は感心したが。グレイニア内戦時まで仕事の記録はあるものの、そこから全くの所在不明、戦果に巻き込まれたのかと思ったが、ヒナはニグくんにやられたと言う、もう少し詳しく調べてみると。
数年間行方不明の後、ヒナが爆発テロで重症を負ったその日、ヒナが滞在していた隣国ウイジクランの空軍でパイロットをしていたシロは何者かによって狙撃され死亡していた。
状況から考えるにヒナが殺したんだろうが、まさかその場面に彼の弟のような存在であるニグくんがいたとは思ってもいなかっただろう。
彼は経歴から見るに暗殺が得意だったようで、兄たるシロの仕返しをして、ヒナはあんなことになってしまったに違いない、そう確信した。
シロがこうなることを予想してあの時、私にあんな頼み事をしたのだとしたら、それはもう頭がおかしいとかそういうレベルの話ではい。彼は未来人だったのか?何かの保険だったにしてもそんな不確実な事まで考えてしまう。
しかし、確実なのは約束を果たす時が来てしまったこと。
約束した本人が死んでるのだから今更どうでもいい、そんな考えには私は何故か至らなかった。
あの時、私のイタズラに困りながらも、バカみたいな笑顔で笑っていたニグくんを思い出す。
気が済むまでやれるだけのことはやろう、そう誓った。
・・・・・・
・・・・・・・・・
「ロロウ?」
目の前に白髪の青年がいる。シロか、ここで文句言っとかないとな、後々面倒くさそうだ。
約束はちゃんと守る、だから。
「バラしたらぶっ殺すんだからね」
そういうと奴は笑っていたような気がした。
※
目を瞑ったまま全く動かないロロウ、思うことがあるのか何か考え事をしてるのか、でも心配になって声をかけてみた。
「ロロウ?」
パチッ!と目を開く彼女、おお、びっくりした。
何か虚ろな目の彼女は焦点が合わないまま、こう言ってきた。
「バラしたらぶっ殺すんだからね」
なんで!?てかなんの事!?
お嬢様のようだったロロウの喋り方が、ものすごい暴力的になって思わず後ずさりすると、足が椅子に引っかかり、ガシャンガシャンと音を立てて転けてしまった。
「いててて」
「ちょっと大丈夫?」
見かねた藍さんに腕を支えられ、起き上がらせてもらう。
「あ・・・・・・、ごめんなさい大丈夫?」
ん?戻ってる?夢でも見ていたのかな、あの短時間で?
わけも分からず首を左右に捻って考えるも、彼女はンフフといつものように笑うのみ。
怖い!!やっぱりボクって殺されるのかな!?バラバラにされてしまうのかな!?
でも、よく考えるとあの喋り方、なんだか懐かしいような気がしたけど特にボクは気にも止めなかった。
「・・・・・・あの時はごめんなさいね」
なんだか申し訳なさそうなロロウ、いったいどうしたんだ?あの時って・・・・・・あの時?養成学校の時の?
だんだん遠い昔の記憶を思い出してきたけど、そう言えば彼女にいろいろイタズラされてたかな。その時はボクも人付き合いってのを全く分かってなかったし、そういうもんだと思って全然気にしてなかった、今思えば鋼のメンタル過ぎる。
んー、なんて返したらいいかなぁ、特に嫌だった思い出がないんだよなぁ。
「そう思って貰えてるなら、ボクは大丈夫です」
これが無難かな、カッコつけた訳では無いけど、ニッコリ笑って返すと、また彼女はンフフと笑い。
「ホント、昔から無駄に大人よね、貴方って」
褒められてる、のかな?
へへへと、流れに任せて首を掻いていると隣から視線を感じる。
「なんか面白くない・・・・・・」
おっと、藍さんがオコの様子だ。
いくら彼女が嫉妬する子犬の様でも、どうしたというのかね、よしよし。なんて宥める訳にもいかないし度胸もない、殴られそうだから。
むー、とふくれっ面をしている彼女にボクからかける言葉は今のところ、ない!
変に機嫌とっても逆に機嫌損ねそうだしね、触らぬ神に祟りなしだ。
それに。
「そうですね、もっと楽しく生きたいです」
ニッコリと笑うと彼女は頬を赤く染めていた。単純でかわいい。
「意味違う気がするけど??」
ボソッと聞こえたツルギの指摘には、気づかないフリをしてその場をしのいだ。




