第19話 信頼を
夜。
「失礼します」
「まーす」
兵舎一階にあるパイロット待機室にやや猫背気味に恐る恐る入る僕の後ろを、適当な感じで入る藍さん。
中に入ると3、40脚ぐらいありそうなテーブル付きの椅子にバラバラに六人が座っていた。
誰が誰かはリズワンさんからあら方聞いている。
一番奥にいるのがカリムとリズワンさん。その二つ前にやや赤っぽい短髪の筋肉質な男性、ザファー中尉と、緑がかったサラサラヘアでパッと見優しそうな男性、シャリーフ中尉。そして一番手前にいるのが、ダークグレーなくせっ毛でボクより背の高そうな男性のハニフ中尉、その隣にボクと同じ褐色肌でさらに銀髪のロングヘア、おっとりしてそうで赤い瞳が印象的な女性、サニー少尉。
ボクら以外にパイロットは九人いると聞いていたけど今は六人しかいない、どこか行ってるのかな?
そして、何も言わずに入るより、聞いてくれるかどうかは別として自己紹介だけでもしておこう。
「エルゲートの端島基地から決ました、伊波宙中尉です、こっちはエレメントの東條藍さん。ボクたちの事をすぐに信用しろとはいいません、実力で示します」
「ちょっとソラっ」
藍さんに肘打ちされるが、こういうのは第一印象は大事だ。カリムさんからの印象は最悪だとしても、他の人からは多少はいいイメージでありたい。
「おっ、言うじゃねーか」
そう言ったのはザファー中尉、この人はだいたいイメージ通りな感じだろう、一応思惑通りにことは進んでるがどうなるかな。チラッとカリムさんの様子を疑うも目を瞑り視線を合わせてくれない。
「カリム、案外悪いやつじゃ無さそうだが?」
「・・・・・・」
目を瞑ったまま無言を貫く、ザファーさんは意外と話せばわかる人っぽそうだ、こうなるとやっぱり厄介なのはカリムさんか。
「まっ、とりあえずは実力とやらを見せてもらいましょう」
「そうだな」
そう言うのはサニーさんとハリスさん、サニーさんは一見おっとりしてるかと思ったが見かけによらず結構イケイケな性格っぽそうだ、ルリさんみたいな感じかと思ったけど、腕を組んでボクを観察するようにめっちゃ見てくる。
まあ、全員が全員ボクらのことを毛嫌いしている訳じゃなくてそれは安心した。
ブーーーッ。
タイミングいいなぁ、基地内放送を知らせるブザーが鳴りそれに耳を傾けると。
《ーーロム油田にナバジギスタン機が接近中、稼動全機出撃せよーー》
ロム油田とはあの問題の油田の事だろう。敵が何機かも教えてくれない不親切な放送だったがスクランブルだ、ここで実力を見せて一気に信頼を、は流石に死亡フラグになるので、死なないように実績を積んでいけばいい、急がば回れに尽きる。
藍さんと目を合わせて駐機場に急いだ。
《スパイダー隊出る》
さすがに早いな、闇夜に光る誘導灯に照らされながら薄灰色のF-16が前を横切っていく。あれはブロック70かな?インテーク部分がいつも見るF-16と違った気がする。
《スコーピオン隊、準備よし》
《サンド隊、スコーピオン隊に続く》
スコーピオン隊はザファー中尉とシャリーフ中尉、サンド隊はハニフ中尉とサニー少尉の隊だ。それぞれ薄灰色のF-16で滑走路に向かう、トムキャットは今は使ってないのだろう、まあそうか、古いし。
《アルフレート隊、サンド隊に続きます》
離陸を誘導路で待っていると管制塔から状況が伝えられる。
《ーー手短にいう、ナバジギスタン6機がロム油田に接近中だ、アーシスタン機の接近も予想される、手段は問わん全機撃退せよーー》
こっちは防衛側だ作戦とかそんなにないか、来た敵を落とす、それだけ単純なことで良さそうだ。
《そうそう新入り》
声をかけてくれたのは誰だろう、声的にザファーさんかな?
《傭兵とは誰と戦ったことがある》
傭兵となると、んー、あっ二回ほどあるな。
《シャルルとバクヤですかね》
《バクヤ?ってことはルーク隊と一緒に飛んだのはお前らか?》
確かルーク隊って言ってたな、一機落とされてしまったし彼らのことを知ってるならボクたちの印象は悪そうか。
《そうですね》
変なことは言うまい、肯定だけしておこう。
《なるほどな、バクヤとシャルルと戦って生きてるなら腕は確かか》
お、思ってのと違う反応だ。
でもここにルーク隊が居ないとなると、他の基地なのかはたまた・・・・・・。
《私語を慎め、行くぞ》
《はいはい》
やっと口を開いたかと思えばザファーさんに注意するカリムさん、それからは必要最低限の会話のみで作戦空域に向かった。
〇
ロム油田上空。
夜だからよく見えないが、油田から出る赤青い炎がゆらゆらと揺れているのが見えた。
《やられてる?》
《違いますよ、余分なガスを燃やして処分してるだけです》
《あー、それね!知ってたよっ!》
もー、無線の向こうからクスクスと笑い声が聞こえる、こういう時には頭が弱いのがバレるので藍さんには黙ってて貰いたいものだ。
《ーー天候も良くない、乱気流に注意しろーー》
《スパイダー1、ウィルコ》
そう言われてみるとレーダーは雨雲が接近中、赤外線カメラにも厚い雲が映っている、雲に逃げ込まれたら面倒だ、それに雨も捕捉しづらくなるし考えながら戦わないとな。
《それで、敵機はどこよ》
サニーさんが指摘するように来ているはずの敵機が見当たらない、会敵しててもおかしくない時間だが。
ボクたちも赤外線カメラで確認するが、それらしい機影は見当たらない。
《シューレから各機、赤外線カメラ異常なし、多分雲の中だと思われます》
流石に薄めの雲なら見通せるが雨雲となると話は別だ、その中にはいられると流石に赤外線カメラでも見つけられない。
《だとよカリム、どうするよ》
《この状況で雲の中にいるのは明白だ、油田を攻撃される前に炙り出す》
ザファーさん意外とボクらの肩を持ってくれる。だがしかし、そうなるよね、見渡して居ないとなると本当に居ないか隠れてるかのどっちかだ。
《各隊ごとに炙り出せ、行くぞスパイダー2》
《スパイダー2、ウィルコ》
《じゃー、俺らはあっちに行くか》
《スコーピオン2、ウィルコ》
《それじゃ、僕たちはこっちかな》
《サンド2、了解》
各隊特に調整もしてないのに分かってたかのように分散し雲の中に恐れもせず突っ込んで行く。大丈夫かよ、敵の手中に入ってくようなもんだぞ?
さて、ボクたちはどうしたものか。
彼らが炙り出した敵機に追い打ちをかける横取りのようなことはしたくないし、彼らのように無防備に雲に突っ込むようなこともしたくない。
《どうするの?》
藍さんに催促されるが。
《考え中です》
《ラズリ、ウィルコ》
早く考えないと腰抜けとか言われかねない、考えろボク!
すると北東の方向にレーダーに反応があった。
ナバジギスタン機は6機だ、彼らも伊達に生き残ってはないだろうから任せても大丈夫だろう。
《新たな目標探知、060、くそっ、6機か・・・・・・》
足止めぐらいはできるか?
《実力とやらを見せてもらおう、行ってこい》
《ちょっとカリム!?》
カリムの野郎ここぞとばかりに話しかけやがって、こりゃ直ぐに増援は来ないな、邪魔だから死ねって言われてるようなもんだ、あまり死に急ぐようなことはしたくなかったが対処するしかないな。最低でも足止め、最悪でも死なないこと。
《シューレ、ウィルコ。ラズリ、いけますか?》
《やってやろうじゃないの!》
バカにされてるのは分かってる様子で、やる気満々だ、エレメントとして飛んでる時は非常に心強い。地上でもこんな感じだったらいいのにな。
《せいぜい頑張りな》
帰ったらぶん殴ってやろうかな?いくら温厚なボクでもちょっとイラッとした。
《チッ・・・・・・、シューレ、交戦》
《ラズリ、交戦っ!》
ボクとしたことが舌打ちをしてしまった、それを誤魔化すように急旋回、おそらくアーシスタン機だろう目標の対処に向かった。
〇
あーあ、グリペンが6機、てことは「ソール隊」ですか。
灰色胴体色で翼は黄色、趣味の悪いカラーリングだ。想像はしていたけど、いくら旧式機とはいえこれは骨が折れるぞ。しかし、ソール隊とはまだ戦ったことは無い、力量はよく分からないが名の知れたエースだ、油断はできない。
〈ライトニングⅡだ、備えろ〉
なんか警戒されちゃってるけど。あ、ツルギかと思ってるのかな?夜だし機体色判別できなさそうだし。しかし、何年経っても警戒されるってあの人はやっぱり凄いな。
《どうする?》
んー、どうしようかな。6対2は流石に無理がある、アレしかないか。
《ボクがどうにかするんで、ラズリは回避に専念してください》
《なに、私のこと信用してないの?》
抽象的すぎる指示だけど、その文句は的外れだ。
《信用してるから頼んでるんですよっ》
二人で仕掛けても必ず隙ができる、それよりかは藍さんに敵を引き付けつつ回避に専念してもらいとにかくボクがどうにかする、勝てはしなくても足止めはできるだろう。
《わ、わかった》
こんな時に恥ずかしそうにしないで欲しい。
相手は旧式機だ流石に赤外線カメラとか装備してないだろう、あわよくばワンチャン狙っていこう。
《いきます》
《ウィルコ》
ラズリが急上昇して散開、ボクは敵のど真ん中に突っ込み威嚇射撃をして一旦離脱する。夜だろうが雲に逃げられない限りは見えるし、360°カメラだ、散開した敵がどこに逃げても死角はない。
さてと、どいつから狙うか?
ラズリの方はしっかり回避に専念・・・・・・。
バァン!
してないぃぃぃ!!
ラズリとドッグファイトに持ち込もうとしていたのだろう、全方位ミサイルを撃ったのか敵一機が早々に爆散、燃えながら海面に落ちていく。
《ラズリ!?》
《だってしつこいんだもん!!》
うーん、単純明快な理由で全然よろしくない!!
もしかしてこいつら、そんなに強くないのか??
ボクも反転し散り散りになった敵機を追うが、さっきのでかなり警戒しているみたいだ、なかなか距離を詰めさせて貰えない。だから、最終手段は最後に取っとくべきなんだよ!
無闇矢鱈に追いかけても燃料を消費するだけだ、もう一度離脱して様子を伺うとソール隊は隊形を整える。まっ、そうなるだろう。
このまま散開したままの方がいいか、藍さんを後ろにつけるべきか・・・・・・。だが、後ろに着いてもらったところでそもそも5対2じゃ分が悪い。
《一旦雲に入ります》
《ウィルコ》
追ってこなかったらその時だ、追撃を躱しこちらを有利にするために態勢を立て直す。
すると奴らは追ってきた、一機落とされてムキになってるならそれでいいが。
ピカッ!
《とととっ!》
眩い青白いイナズマが目の前を走る。一瞬だがモニター類も点滅する。
いくら最新鋭機だからと言っても雷に射たれたらたまったもんじゃない。それに酷い乱気流だ、機体が上下に大きく揺れる。
《いつ出れ・・・いいの・・・っ!》
ノイズで途切れているが力の入った藍さんの声、ボクだってこんなところ長居はしたくない。
《もうちょっと・・・・・・、ん?》
雷が光ったと同時に前方やや遠くに機影が一瞬見えた。
見間違えようがない、水平尾翼の無い独得な形をしたカクカクした機体、薄灰色のデジタル迷彩のYF-23。
〈大変そうね〉
《え、ルイさん!?》
〈手伝ってあげる〉
紛れもなくその声はルイさんのもので、次に雷が光った時にはその機体はボクの真横に並んで飛行し、ボクに向かって手を振っているように見えた、反射でよく見えなかったが、次にまた光った時には消えている。
《離脱!》
《ウィルコぉ!》
ボクは状況を理解する間もなく、一旦雲から出た。




