第1話 出会い
四年後、春。
エルゲート本土ライエンラーク空軍基地第一航空教育団。
ボクが空軍に入隊し、二年の訓練期間、さらに二年のパイロット育成期間を経て計四年の歳月が流れていた。
それまで一度も端島には帰っていないけど、リュウお姉ちゃんや、結さん、レイさんにはたまに連絡をとって近況報告などはしていた。
ストレスか何なのかは分からなかったが、この四年でボクの髪の毛は黒髪の真ん中分けショートから、シロお兄ちゃんのように白銀になってしまい、それにレイさんのように毛先がちょっとくせっ毛になってしまっていた。だから電話とかはしていたが。みんなに心配をかけさせないためにテレビ電話は基地の中だからとそれっぽい理由をつけてやっていない。
そして今日、部隊配属発表の日。
首都防衛を担うここライエンラーク空軍基地で四年もしごかれたんだ、成績は自分で言うのもなんだけど20人の同期の中でもトップ、希望通りになってもらわないと困る。
ここにはツルギたち並に強い人がわんさかいて、エリート気質な、いや、実質エリートな先輩や同期から目の色や肌の色についてかなり虐められた。エルゲートでは珍しい褐色肌で、目の色は薄めの水色だったから。
しかし、教官がツルギのことを知っていて、イプシロン隊としてローレニア本土で一緒に戦ったと本人から聞いた。それにシロお兄ちゃんのことも知っていた、戦争前にもここで一緒に飛んでいたと。
それからはあからさまな虐めは無くなっていた、僕の知らないとこで彼が何かしらやってくれたんだと思う。
いろんな人のおかげてボクはついに配属地発表の日を迎えることが出来た。
教官室。
「お前みたいな優秀なパイロットはあまり見た事がない、このままここに残ってもいいんだぞ?」
強面だが優しく語りかけてくれる北見教官、テーブルを挟みマンツーマンでの配属地発表だ。
「いえ、自分にはあそこしかありません」
席について姿勢を正したままボクは教官を見つめる。
やりたいこと、空を飛んでツルギに会う、それが叶いそうな場所。
「そうか、また会える日を楽しみにしてるよ」
教官はふー、と息を吐いて書類を捲る。
「伊波宙少尉を中尉に昇任させ、エルゲート空軍第14飛行隊端島基地配属を命ずる」
え?中尉?端島配属は希望通りでよしっと思ったけど、中尉??
「え、あの、中尉って・・・・・・」
新任のボクにはまだ早すぎると思う。
状況が理解できないボクの質問に教官は短く答えた。
「笹井剣は20歳で大尉だった、特段早いとは思わん」
それ以上は何も言えない、ツルギとボクじゃ全然違うと思うけど教官がいいと思ったんだ、否定はできない。ボクは席から立ってビシッと敬礼して教官室を後にしようとすると。ああ、言い忘れていたことがあった。と教官に止められる。
「お前のエレメントになる予定の奴は東海岸のレイヌーン基地第二教育団出身の女性パイロットだ、・・・・・・上手くやれよ」
「わかりました」
上手くやれという教官の真意はよく分からなかったが、女パイロットか。変に男だとややこしくなりそうだと手回ししてくれたのだろう。
それもこれもツルギのおかげなのかな・・・・・・。
ボクは教官室を後にした。
●
5月1日
端島空軍基地
やっとこの日が来た。
ボクの第二の故郷、端島に帰ってきた。
愛機のエルゲート空軍汎用青迷彩に塗装されたF-35Aで単機で滑走路に着陸する。
駐機場に誘導され格納庫の前に機体を駐めると、格納庫扉前に並んだみんなが僕の帰りを待っていてくれた。
ボクはちょっと嬉しくて口元を緩ませて、キャノピーを開けコックピットから降りる。
「どうしたのその髪!?」
ボクに一目散に駆け寄ってくれたのはリュウお姉ちゃん。多分荒木さんが入れてくれたんだと思うけど、本当この基地の一員みたいになっていて、ボクの目の前に来ると今にも泣きそうな顔をしてボクの顔と頭をペタペタと触りまくる。
「ライエンラーク結構大変だったんですよ。・・・・・・カッコよくないですか?」
テレビ電話とかはしなかったからその反応は当然かな、この髪の毛を見させて心配とかかけたくなかったし。
「まったく・・・・・・、心配かけさせるんじゃないって」
ギュッと抱きしめてくれるお姉ちゃん、久しぶりのお姉ちゃんの柔らかいいい匂いに安心しボクも彼女をギュッと抱きしめる。こんなにお姉ちゃん小柄だったかな?すごく不思議な感じがした。
「なんか、顔は剣くんで雰囲気は翼くんみたいだね」
「そうですかね?ありがとうございます」
少し前に教官にも言われた、血は全く繋がってないのにおかしいものだけど、嬉しくて頬を掻くと他の人も集まってくる。
「意外と様になってるなぁ」
ガタイのよく腕組みをしている荒木さん。
「飛行服似合ってるね」
彼のエレメント、正反対の性格体格の賀東さん。
「カッコイイよ」
お姉ちゃんの隣に来て微笑んでくれる黒木さん。電話で聞いたけど、二年前からお姉ちゃんと付き合っているらしい。ツルギにはあの二人がいるしいつ帰って来るかも分からない、ボクもお姉ちゃんには幸せになって欲しいし、お姉ちゃんも次に進めて良かった。ツルギのことは忘れないでと頼んであるから、その先のことは何も言わないようにしている。
「おかえり、本当に翼くんみたいだね」
そして結さんも来てくれていた、陸軍迷彩の作業服を来てややブカブカなヘルメット被っていて可愛らしいが、四年前よりもさらにお姉さん感が増していて、なんて言ったらいいかな?刺激が強い。
「ただいま、です」
ボクは彼女たちの言葉に照れながら返した。
●
ボクは少佐の階級章が胸に光る荒木さんに案内されて、基地司令への挨拶を済ませ、パイロット待機質に行く前に荷物を持って自分の部屋へと案内されていた。
二階建ての兵舎を進んで少し。
「ここだ、お前のエレメントはもうだいぶ前に来ている」
ああ、もう来てるのか修業ボクより早かったみたいだしどんな人かな?
ん?でもエレメントって女性って言ってたよな、いいの同じ部屋で?
「ちなみにこの部屋は笹井たちが使ってた部屋だ、お前が来る時のために空けておいた」
「あ、ありがとうございます。でも、女性と同じ部屋って・・・・・・」
まさか、ツルギが使ってたいた部屋を用意してくれるとは思ってもいなくて、それは感謝感激なのだが。女性と同室は聞いていない、何もする気は無いけど何が起こってからでは遅い気がするんですがそれは・・・・・・。
「ここはそういう風習だ、同じ隊は同じ部屋。空母艦載機も来てるし空き部屋が無いんだよ。笹井たちも同部屋だったしな」
あー、そう言われればそうかな?でも・・・・・・。
「ムラムラすんなよ」
「しません!!」
ニヤニヤと笑う荒木さん、全くボクはそんなふしだら人間じゃありません!と頬を膨らます。昔からボクのことを知っているせいか弄りが荒い。
「それなりに可愛いからな、じゃ。入るぞー」
「はーい」
彼がノックすると、中から気の抜けた女性の声が聞こえる。
どんな人だろうと入ってすぐに目に飛び込んできたのは。
「お前なぁ、家じゃないんだぞ?」
「え?いいじゃないですかぁ、私にとっては家だし、今日は休みなんだしぃ」
カーキ色のショートパンツにタンクトップ姿のスラリとした女性が、右側二段ベッドの一段目に横になり足を組んで、天井を見上げた格好で雑誌か何かをペラペラと読んでいた。
あまりの光景にビックリしたがボクは荷物を置いてハキハキと自己紹介をする、こういう時は第一印象が大切だ、第一印象が・・・・・・。
「今日、端島配属となりました伊波宙中尉です!歳は23歳、よろしくお願いします!」
ビシッと敬礼すると彼女は雑誌を枕元に置いて、よっと身体を起こすも座ったまま。ライトブラウンのショートボブは寝癖がついていて、目は大きく瞳は濃い青色、瑠璃色って言うのかな?荒木さんの言うようにパッと見は可愛らしく、体にピッタリとくっついたタンクトップがボディラインを強調していて目のやり場に困る。
「東條藍少尉でーす、23歳なら同い年だねぇ。よろしくーぅ」
ニコッとフワフワした感じ笑って手を振る彼女、軽すぎない!?て言うか!
「東條って・・・・・・」
「ああ、笹井の三番機、東條啓の妹だ。性格が真反対で調子が狂っちまう」
まさかの妹!話では啓さんはかなりクールな人と聞いていたけど、彼女はゆるふわを具現化したような人だ。ていうか妹がいるなんて知らなかった。
「姉と比べないでください。姉は姉、私は私です」
「分かってるよ」
比べられるのは嫌いな様子だ。
あの荒木さんが綺麗にペースを乱され困惑している、恐ろしい。
「じゃぁ、とりあえず身辺整理な。昼飯は東條と行ってくれ。東條、あとは頼んだぞ」
「はぁーい」
少佐相手に軽すぎない??まあ、荒木さんが注意しないならまあいいか。
荒木さんは「まったく」と小言を言いつつもじゃあ後でなとどこかへ行ってしまい。ボクは地面に置いたボストンバッグを持ち上げて中に入って、彼女の反対側の二段ベッドに荷物を置く。
ここがツルギが使ってた部屋かぁ、てことは東條さんが使っているベッドにも水咲さんや啓さんが使っていたのかな?と感傷に浸っていると。
「私も来てから聞いたんどけど、まさか同じ部屋だとは思わなかったなぁー」
振り向くと彼女はベッドの縁に座って、ショートパンツの隙間から見える脚の付け根をイヤらしく見せながらパタパタと脚を閉じたり開いたりさせボクのことを見ていた。
「そういう風習らしいですね、ボクもビックリしました」
ガサツ過ぎだろ、平常心平常心、心を落ち着かせるために荷物をベッドの上に広げる。
少しの間の沈黙。
背中からものすごい視線を感じて恐る恐る振り向くとと、東條さんはジトっとした目を僕に向けて両手で胸元を隠していた。
「何もしませんよ!!」
何も気にしてない風に着崩してるのにまったく!失礼極りない!もし万が一何かしたとしても命がいくらあっても足りない、何もしないぞ!と自分に言い聞かす。それを見て彼女はクスッと笑っていた。
なんなんだよもう!
それからなんだかずっと視線を感じて身辺整理は進まず、部屋を見回す。
部屋は少し縦長で窓側に二段ベッドが壁に合わせて二つ、入口に1人がけのソファー二つと間に机、ベッドの足元にロッカーがある形だ。
と、いいものを見つけた。
ボクのベッドとロッカーの間にあるベニヤ板のような物。
それを引っ張り出すと既に架台が付いていてパーテーションのような形になっていた。
うーん、ちょうどいい!
ボクがそれを持ち上げて、彼女とボクのベッドの間に設置しようとしていると。
「何してるの?」
東條さんはそのパーテーションか顔を出し、不思議そうに頭を傾げながらボクの顔を覗き込む。
「あ、パーテーションです。ちょうどいいのがあって、プライベート欲しいでしょ?」
また、彼女はクスッと笑う。
「律儀だねぇ、大丈夫だよ、気にしないからぁ」
フワフワとした明るい笑顔で彼女はそう言ってくれる。しかし、ボクが気になる。んー、と悩んだが結局寝顔が見えてしまわないようにと顔の部分だけパーテーションを設置して納得したのだった。ちょうどそれ分しか無かったし。
「えっとー・・・・・・」
まだ視線を感じるなと思ったら、東條さんがパーテーションから顔を出して何か言いたそうにしていた。
「どうしました?」
なんだろう?
だいたい身辺整理も終わったし、ベッドに座って首を傾げると。
「なんて呼んだらいい?」
悩むようなことかな?
「なんてって、伊波でも中尉でもなんでも・・・・・・」
いくら同い年でも一応上司だし、エレメントとしての隊長予定だし。
「そーじゃなくてー、下の名前なんだっけ?」
え?さっき言ったじゃん、まっすぐには覚えられないか。
「宙、ですけど・・・・・・?」
「じゃー、ソラ!」
「えぇっ!!」
何度でも言う、軽すぎる!!
めっちゃ笑顔で言われるものだから何も言い返せず、驚愕して固まっていると。
「いいじゃん、呼びやすいしぃ。私のことは藍でいいからさ!同い年だし!」
「藍、さん・・・・・・?」
呼びやすいけどさ、そういう問題?ボク隊長だよ?
しかし、いいとも言ってないのになんだか嬉しそうにしている彼女には既に何も言えなくなっているボク。
こうやってみんな何も言えなくなっていくんだろうな、と早々と理解してしまう。
「タメ口でいいって」
「いや、癖なんで・・・・・・」
「ふーん、変なの」
そう言うと彼女は満足したのか、再びベッドに横になって雑誌を読み始める。
全然ペースについていけない、これには荒木さんも困り果てるはずだ。まあでも、変に硬い人よりかはやり易そうでよかったかな?自分にはそう言い聞かせるようにした。
「でも良かった」
「え?」
寝たまま言うものだから今度はボクがパーテーションから彼女を覗き込む。
スラリとした細い脚を組んでチラッと横腹が見え、雑誌を見上げる彼女。
「変な人だと叩き出そうと思ってたからねぇ。私って可愛いしさー」
「ブッ!」
それ自分で言う?思わず吹き出してしまったが、チラッとボクをみてフフッと笑うだけの彼女、ボクは深く考えず叩き出されなくて良かったと安堵し。
「そうですね、ありがとうございます」
藍さんの機嫌を損ねないように、いや、実際可愛いから肯定して。ボクは自分のベッドに戻った。