プロローグ
幽閉されていたあの人を連れてローレニアから逃げて、結果行き場を無くしたボクをここ端島に連れてきてくれた恩人、ツルギがいなくなって六年。孤児の僕を拾ってくれたスパイの師匠、シロこと、ツバサが死んで四年の月日が経とうとしていた。
8月
エルゲート連邦最西端の離れ小島「端島」
この島は自転車で4時間かからない位で1周でき、軍の施設と言えば駆逐艦が2隻ぐらい係留出来そうな固定桟橋1つ、メインの滑走路が南北に走るV字滑走路、管制塔、二階建ての兵舎が4つに格納庫が8つ、防空を担う陸軍のプレハブが数棟。
そして、基地の反対側の丘の向こうにちょっとした町があり、最近は観光地開発が進んでホテルが数棟建ち人口は軍民合わせて5000人ほど。
そんな小さな島だが、ゆっくりとした時間が流れる良い島だ。
そしてこの島に来て六年、小学生だったボクはいつの間にか高校生になって、ツルギに預けられたカフェで手伝いという形で働いていた。もちろん給料は貰っていないけど、時々おじさんが「いいから」とお小遣いをくれる。
ここのマスターことおじさんは寡黙だがとてもいい人で、なんの小言も言わずにボクを高校まで行かせてくれて。おじさんの娘、このカフェの看板娘たる金髪のツインテールと、スラッとした長い脚が魅力的なリュウお姉ちゃんもボクのことを本当の弟のように大切に育ててくれた。
これはツルギの信頼があってこそだろうけど、感謝してもしきれない。
カフェ「スカイ」
今日は珍しく慌ただしい時間を送っていた。
「お姉ちゃん、これはどこに置きますか?」
「えっとー、全部厨房の冷蔵庫に入れといて!」
「えっ、入るかなぁ・・・」
ログハウスのような住居兼店舗のお店、本土から届いたダンボールに入った備品やら食材やらを忙しなく運んでいた。
なんでこんな離れ小島で慌ただしくしてるかと言うと。
今日の午後、第一空母打撃群旗艦、空母「ソリュー」の艦載機の一部、約30機が端島配置となるからだ。
今は平時で艦載機の訓練を兼ねてと言うぐらいで詳しい理由は分からないけど、30機の戦闘機が来るとなるとそれに合わせて整備員も増える。となると、基地の目の前にあるこのカフェに来客が増える!
ただ南風の様にのんびり働いている訳では無い、儲けれる時に儲けとかないと!とお姉ちゃんが張り切っているのだ。
それに、陸軍の配置換えとかで何人か陸軍も増えるらしいし、新しい顧客を掴むチャンスだ。
「でも、よくそんな情報貰えましたね」
「修さんが教えてくれたのー」
「えー・・・・・・」
修さんってあの端島所属の戦闘機隊、シエラ隊隊長の荒木さんのことか、空軍の機密情報ってどうなってるのやら、彼女にはかなり筒抜けだ。
まあ、あの人もツルギの元上官だからと彼の面倒みきれなかったとか、あのバカのケツは俺が拭くとかってなんだかんだお姉ちゃんの事を気にかけてくれていた。
僕は厨房の業務用冷蔵庫に食材をなんとか詰め込んで店内へと戻る。
「あのー、お姉ちゃん、話したいことがあるんですけど・・・・・・」
高校三年生の夏、将来の進路に表向きには悩んでいたボクには彼女に話したいことがひとつあった。
「今?あー、進路のこと?この前先生から連絡もらったの、お店閉めてからでいい?」
「う、うん・・・・・・」
もはやお姉ちゃんというよりお母さん、既に先生からお姉ちゃんに連絡が行ってるってことは、話がややこしくなりそうだ。まぁ、突然言ってもややこしいとは思うけど、なんだかんだ夜までギクシャクしそうで嫌だな・・・・・・。
それからは口数少なく準備を進めお昼時。
早速迷彩服に身を包んだ陸軍の人が三人ご来店だ。
「いらっしゃいませ、三名様ですか?」
「おう、いつもの席でいいか?」
「はい、どうぞ」
お姉ちゃんは厨房でガチャガチャやっていたので僕が対応する。
二人は常連のザ・陸軍のガタイのいいおじさん?お兄さん?おっちゃん?で階級も上の方の人、もう一人は初めて見る女性の軍人さんで小柄の焦げ茶のショートヘアで可愛らしく綺麗な人だなと思っていると目が合い、思わずビクッとして会釈すると笑顔で返してくれ固まっていると左腕を小突かれる。
「何してるの、はいお水」
「あっ、あー、ありがとうございます」
いつ出てきたのか、水の入ったコップが並べられているお盆をお姉ちゃんから受け取って、陸軍さんが座った席に持っていく。
「いつものでいいですかぁ?」
いくらボクだって常連さんが何を注文するかは覚えてる、いつもので全て通るカフェ、それが売りの店だから。
でも初めての人いるしなぁ、聞かない方が良かったかな?
「ああ、長井、日替わりパスタとレモンスカッシュでいいか?俺のイチオシだ」
「是非それで」
おっちゃんの提案にニコッと笑って答える長井と呼ばれた彼女、あんまり女性の軍人さんが居ないせいかボクにされた訳では無いのにちょっとドキッとしてしまった。
「はい、日替わりパスタ三つとレモンスカッシュ三つですね。日替わり3!レモン3!」
「はーい!」
まだ他にお客さんは来そうにないし、ボクもお姉ちゃんの手伝いをするが、聞いてもないのに彼らの会話が耳に入ってくる。おっちゃん声がデカい。
「俺とこいつだけでスマンが軽く歓迎会だ、遠慮はするな?」
「ありがとうございます」
小柄なせいかニコニコしている姿が凄く可愛らしい、パッと見は20代後半かな?活発的なお姉ちゃんとはえらい違いだ。
「なによ」
「なんでもないです!」
いけないいけない、顔に出てしまっていたようだ。
「しかしお前、前の大戦でベルツィオにいたって聞いたが本当か?」
「ああ、はい、大変でした」
相変わらず笑って答える彼女、前の大戦でローレニアの都市ベルツィオに?確かエルゲートが上陸した最初の街だったと思うけどそんな最前線にあんな彼女が?
そういえばお兄ちゃんもあそこにいたって聞いたような・・・・・・。
「どうしたの、手止まってるよ?」
「あっ、すいません」
「進路のこと?」
「大丈夫です。レモンスカッシュ、持っていきますね」
ボクは誤魔化すように厨房をでて先にできたレモンスカッシュを席に持って行く。
「お先に、レモンスカッシュです」
「お、ありがとうな」
三つを三人の前にそれぞれ置いて、どうしても我慢できずに小柄な彼女に言ってしまった。
「お姉さん、ベルツィオにいたんですか?」
「ええ、だいぶ前の話だけど、どうしたの?」
不思議そうに僕のことを見上げる彼女。
「シロサキ・ツバサって人、知ってますか?」
何故かボクは彼女に聞いていた、理由は分からないが彼女の目の色が変わった。
ボクもまさか知ってるとは思わず、次の答えをどうしようかと考える。
「えっ、ええ、でもどうして彼のことを?」
「従兄弟なんですよ」
嘘ではないが本当でもない、アハハと笑って答えると、お姉さんはえっ?と驚いた顔をする。
「お兄ちゃんのこと、どれぐらい知ってるんですか?」
「どれぐらい・・・・・・、好き、でした・・・・・・」
「えっ・・・・・・。そう、なんですね・・・・・・」
次の言葉が出ずニッと笑ってその席を離れるとパスタを持ったお姉ちゃんと入れ違いになった。そこからはいつも常連のお客さんも増えバタバタしていると、彼らが帰る様子、レジ打ちをしてお店を出る三人を見送り少しするとあのお姉さんが戻ってきた。
「忘れ物ですか?」
「これ、気が向いたら連絡してください」
「え?」
メモ用紙に書かれた電話番号、それをボクの手に添えるとお姉さんはチョコチョコと小走りで走り去ってしまった。
「かーっ!ニグルムくん、モテる男は辛いねぇ!」
「違いますよ!!」
「いやー、ニグルムくんカッコイイし、いや可愛い?」
「からかわないで下さい!!」
それを見ていた常連客にいじられる始末。
ボクは逃げるように厨房に走った。
「あの人知り合い?」
炒め物をしながら聞いてくるリュウお姉ちゃん、知り合いではないけど関係はある。
「ツバサお兄ちゃんのこと知ってたんです・・・・・・、好きだったって・・・・・・」
なんでこんな世間は狭いのか、お兄ちゃんに関係してる人が多すぎる。シンクに付く両手が震えてしまう。
「ニグルムのせいじゃないよ・・・・・・」
いや、ボクのせいだ。ボクは彼を守れなかったし死んだのをこの目で見た。四年も前の話なのにその時のことがつい昨日のことのように思い出す。
「裏で休んできなさい」
奥にいたおじさんがカフェエプロンを羽織る。
「でも」
「いいから」
それから僕はお店の二階の自分の部屋に向かった。
〇
それからスマホを手に取ってある人に電話をかける、まだあのお姉さんには連絡しない、別の人だ。ちゃんと出てくれるかな?しばらくの呼出音のあと。
《ーーはい、レイ・アスールです。・・・・・・どちら様??》
良かった、出てくれた。
《お久しぶりです、ニグルム・サマーオです》
《へっ!?ニグルムってあのニグルムくん?》
《はい!!》
なんだか困惑してるのかな?
《えーーーっ!?どうやって僕の番号知ったの!?》
《あ、アーノル大佐に聞きました》
《どんな人脈ぅ・・・・・・。てか、声変わりした?今何歳?》
そりゃそうなるよね、アルサーレ基地の電話番号なんてすぐ分かるし、スパイだった頃の技術を遺憾無く発揮しなんとか上手に事務の人を言いくるめて大佐に繋げてもらったのが懐かしい。
《声変わりなんて当にしてますよ、18歳です》
《えっ!!!!》
そんなびっくりしなくても。まあ、最後に会ったのは六年ぐらい前だけどさ。
久しぶりに会う親戚のおじさんみたいだ。
《そうだ、チグサ達もいるからさ、テレビ電話にしない?》
《あ、いいですね!》
耳元からスマホを離しテレビ電話のボタンを押すと、画面にはあの頃とまったく変わっていない四人が写っていた。
真ん中に相変わらずイケメンだけど弟っぽいブロンズショートの跳っ毛のままのレイさん、彼の左にピッタリくっつく金髪と黄色の瞳が可愛らしいチグサさん、右側にさらさらセミショートのジト目がちょっと怖い蒼い瞳のルリさん、そしてレイさんの背中に乗ってブンブンと手を振るテンションの高い金髪ツーブロックアシメという超独特な髪型のナナリスさん(確か今は美容師だったかな?)。
《ニグルムくんだ!!》
《わー、ニグルムくんカッコよくなったね!》
《・・・・・・イケメン》
《王子様に似たんじゃなーーーい?》
《いやーーー、そうですかね?》
そんな嬉しいことを言ってくれる彼ら。ボクはつい照れて頬を掻いてしまう。
《皆さんも相変わらずそうで何よりです》
《相変わらずなのはナナだけかな》
《いっっっつも煩いの》
《・・・・・・耳障り》
《ひどいぃぃぃぃん!!》
レイさんの頭を両手でポコポコと叩くナナリスさん、何も変わってなくてクスクスと笑ってしまう。
《わらうなぁぁぁぁ!!!》
音割れするスマホのスピーカー、ヤバイヤバイ、画面の向こうからでも叩かれそうだ。
《でもどうしたの?なにか僕に話?》
この人も察しが良くて助かる、話が進みやすい。
《話というか相談事が・・・・・・》
《相談?僕でよければなんでも聞くよ?》
ニヒヒと笑っくれる彼にうんうんと頷く取り巻き三人組。
《ボク、空軍に入隊したいんですが、引き取って貰ってるお姉ちゃんに反対されてて。どうしたらいいかなって・・・・・・》
《ああ・・・》
ボクはかなり前、いや、ツルギがソラとしてグレイニアで飛んでいた時から空軍に入る気満々だった、あの時のツルギはめちゃくちゃ格好よかったから。それがここに来てリュウお姉ちゃんの大反対、彼女を納得させることが出来ずにズルズルと話が長引いていた。
顎に手をやり「うーん」と唸って考えてくれるレイさん。
《僕も、もし自分の子供が空軍に入りたいって言うと反対すると思う》
《・・・・・・》
やっぱりそうか・・・・・・。子供と言う単語にビクッと反応した取り巻き三人に触れることはしない、ナナリスさんとか話が脱線して長くなりそうだし。
《どれだけ危険か知ってるし、たくさんの人が死んだから。でもね、ニグルムくん。君の戦う理由はなに?》
戦う理由?
《ボクの戦う理由は・・・・・・》
これ以上血の繋がりのないボクのためにお姉ちゃんに迷惑をかけれないってのもある、カッコよく空を飛ぶツルギに憧れてたし、シロ兄ちゃんの仇をとりたい、色々な思いが交錯する。
《ちなみに僕はチグサ達みんなを守るため。ツルギさんも僚機の二人や僕のことを守るため、だったよ》
みんなを守るため、か。
しばらくボクは考える。
《・・・・・・飛びたいなら飛びたいって言えばいい》
《ちょ、ルリさん!そういう問題じゃないんだって!いって!!》
レイさんに注意されてジト目のままプーっと頬を膨らますルリさん、彼女はいつ見ても色んな意味で可愛い。レイさんは彼女にいつものように内ももを抓られたようで飛び上がっている。
《ボクの戦う理由は・・・・・・》
決めた、大人相手に嘘を言っても仕方ない。
《ツルギに会うためです》
その答えにレイさん達はニコッと笑って応援してくれた。
〇
夜、閉店後店内のテーブル席にて。
パチンッ。
お店に乾いた音が響く、開口一番にお姉ちゃんに左頬を叩かれた。
「ニグルムがここにいることを迷惑だなんで一度も思ったことないよ、考え直して」
進路についての話で、いや、お姉ちゃんに叩かれたのは初めだ。
「空軍に入ります」
それに物怖じせずボクは続ける。
「なんで?大学行ってもいいし、本土にもいろいろ仕事はあるよ?そう、大学に行ってから考えても遅くないって、ニグルムならどこにでも行けるでしょ?なんならこの店でこのまま働いてもーー」
必死にボクの考えを妨げようとするお姉ちゃん。
「空軍に入ります」
しかし、ボクは続ける。
もう決めたんだ。
「なんでよ!どうしてなの!なんでみんな私の前からいなくなるのよ!!」
机をドンドンと叩きついに怒鳴り声を上げてしまうお姉ちゃん、決めたことだがこんなに取り乱すとは思ってなかった、僕はなんて言ったらいいのか困り口を紡んでしまう。
「ニグルムが死んでしまったらツルギくんに顔向けできない・・・・・・」
「お姉ちゃん・・・・・・」
ボクは、ボクは死なない、絶対に。
「ボクは死なない、ボクはツルギに会う」
「ニグルム・・・・・・」
空を飛んでいればいつか彼に会える。今はどこにいるか分からないが彼が空から離れることは考えにくい、だからボクは、空を飛ぶ。
ボクの言葉に黙り込んで俯いてしまうお姉ちゃん、しばらく沈黙がつづいていると、二階から降りてきたおじさんが彼女の隣に座ってスッと何かの書類を机に広げる。
「お父さん?」
「養子の書類だよ、役所に知り合いがいるから多少はどうにでもなる」
「え?」
どういうこと?養子?
「軍に入るとなると今は身元も不明確だし、今の名前では生活しづらいと思う。だが、ニグルムの自由だ」
書類に目を通す、養子縁組の後に改名ってこと?確かにおじさんの言うように、この島ではいろいろ誤魔化しつつどうにかやっていけてるが本土に行くとなるとこの名前は珍しい、何も無いとは限らない。だけどこの名前も・・・・・・。
「直ぐにとは言わないよ、よく考えなさい」
「お父さん・・・・・・」
「ありがとうございます」
そう顔色変えずに優しく言うと、おじさんは厨房へと行ってしまった。
残ったお姉ちゃんと二人でその書類をじっと見つめる。
「本当に空軍に入るの?」
「・・・・・・ごめんなさい」
もうなんて言っていいのか、口を紡ぎ俯いて黙ってしまうと。
「謝らないで・・・・・・、私も怒鳴っちゃってごめんね」優しくボクの頭を撫でてくれた。
おじさんが許すなら私も許すということかな?本当に感謝してもしきれない。
カランカラン。
「ごめんなさい、今日はもう閉店・・・・・・」
ドアのベルが鳴って、席から立ち上がりお姉ちゃんが反射的に言い切る前に何かに気がついた。
「おおごめん、ライトがついてたから」
入口に立っていたのは背の高くジュノン系のイケメンの男性で飛行服を着ていた。どこかで見たことあるような・・・・・・。
「真くん?」
「久しぶり、リュウ。やっと来れたよ」
あのカウンターに置いてある写真に写っている男性、シロ兄ちゃんの元1番機、黒木真さんだった。
「早く来たかったんだけど、配属の報告とかいろいろあってねー。こんな時間にごめんな」
さっきまで怒っていたお姉ちゃんは嘘のように彼に駆け寄り、手を握って嬉しそうにしている。もと常連客だ、そりゃ嬉しいよね。
「ううん、大丈夫。いつものところに座って、なにか飲む?」
「ありがとう、じゃ、いつもので」
なんだかんだが嬉しそうな二人、黒木さんはいつもの席という、ツルギ達が座っていたというお店の角、窓際の四人がけテーブル席のひとつ隣りの席に座る。
あんまり邪魔しない方がいいかな、ボクは彼にお辞儀をすると書類を持って自分の部屋に戻った。
「今の子は?」
「剣くんから世話を頼まれてて」
「あ?隠し子?」
「なわけないじゃん」
お姉ちゃんがなんだか楽しそうでよかった。
〇
後日、朝
こんな時間に大丈夫かなと思いつつ、あのお姉さんから貰ったメモ用紙に書いてあった電話番号に電話してみた。
《はい、長井です》
お姉ちゃんとはまた感じの違った明るい声。
《あ、えっと、あのー、あの時のカフェの店員の・・・・・・》
電話したのはいいものの、名前も言ってないし自分のことをなんて言っていいか分からず慌てていると。
《ああ、電話してくれてありがと》
《い、いえ!》
お姉ちゃん以外の年上の女性とは話すのはかなり久しぶりで、可愛らしい声でそう言われるものだからなんだか無駄に緊張してしまう。
《でもどうして電話番号を?》
あって数分の学生にお姉さんが電話番号を教えてくれるなんて刺激が強すぎるし、かなりリュウお姉ちゃんにもいじられた。
《うん、翼くんの話が聞きたくて》
そっか、そりゃそうだ、好きだったって言ってたもんね。
《それは全然構いませんけど・・・・・・》
あの日のことを言っていいのかと迷う、シロお兄ちゃんが狙撃されたこと、彼女は彼のどこまで知っているんだろうか。
《今日は暇かな?》
《きょ、今日ですか!?》
《忙しかったら今度でもいいけど?》
今日ってどういうこと?今から会うってこと?
《あ、いえ、だ、大丈夫です!》
まあ、リュウお姉ちゃんには言えば分かってもらえるはず、でも心の準備が!
《わかった、そこで話すのもなんだからぁ・・・・・・、街の方にはお店ってある?》
街?お店?え!?
えっとえっと、街と言ってもくそ小さい街だ、小綺麗なレストランが中心部に一件とホテルがある海岸の方にお高めのレストランが数件に、あとはバーが数店。バーには僕は行くことができない高いし、いや、行けても飲めない。
《普通のレストランが中心に一件・・・・・・》
《じゃー、そこに行きましょうか。今から迎えに行くから準備しててね》
迎えに!?へ!?
《わかりました!!》
混乱する中、元気よく返事することしか出来なかった。
えー、リュウお姉ちゃんになんて説明しよ・・・・・・。
普通にこの前のお姉さんが、シロお兄ちゃんの話が聞きたいらしいからって言えばいいか、怪しい人じゃ無さそうだし。
この島に変な人は居ないはず!それにあの人綺麗だし!
とりあえずボクは支度を済ませる前に部屋から降りてお姉ちゃんに店番を任せた。ボクのお手製ワッフルを奢る羽目になったけど。
〇
十数分後、お店の前にサイドカー付きの軍用バイクが止まった。
これかな?てか、はっや。
恐る恐る店から出てみると、ジーパンにカーキ色のボタンシャツを着たいかにも陸軍のっぽいお姉さんがヘルメットを脱いで綺麗な焦げ茶のショートヘアをなびかせていた。
高校生のボクには刺激が強い!!
今からシロお兄ちゃんの話をするだけ!落ち着けボク!と自分に言い聞かせる。
「おまたせ、乗って」
半ヘルをポイッと投げ渡されワタワタと被り少し小さいサイドカーに「失礼します!」と乗り込むと、少し笑われ。
「いくよ、こっちでいい?」
「はい!」
「道案内よろしくね」
「はい!!」
マフラーから聞こえる重低音を周りに響かせ、生暖かい風を切りながらバイクは走り出し街の中心部に向かった。
バイクを運転する彼女をサイドカーから見上げてカッコイイなぁと思ったのは内緒だ。
街のレストラン「レント」
学校の友達とたまーに来る場所だが、運良く知り合いは誰も来ていないけど店員さんとは顔見知り、狭い島だから仕方ないけど変な目で目られてる気がしてなんだか気まづかった。
「急にごめんね、何か食べる?奢ってあげる」
「あ、いえ、あ、ありがとうございます」
「そんなに緊張しなくてもいいのにぃ」
四人がけのテーブル席に対面で座るお姉さん、カフェに来た上司っぽいおっちゃんといた時とうってかわり、かなり気さくで、前からボクのこと知ってるみたいな感じで話されてついていけない。
「じゃぁ、サンドウィッチを・・・・・・」
「私もそれにしよっ」
気さくで明るいお姉さん第二印象はそんな感じだ。時々目が合うとニコッと笑ってくれてなんだかドキッとしてしまい調子が狂う。
だから高校生には刺激が強いんだって!!いくら元スパイでも美人局対策と習ってないし!彼女のことを美人局とは思ってないけどさ。
「あの、ツバサお兄ちゃんの事なんですけど・・・・・・」
ニコニコしていた彼女の顔が目に力が入りキリッと真剣になる。
「生きてるの?」
彼は生きてる、そう信じてやまないようなそんな顔。
僕はそれにはまだ答えられない。
「お兄ちゃんのことをどこまで・・・・・・?」
「前の大戦、エルゲートの上陸作戦でベルツィオにいた時に知り合ってね、とても良くしてくれたの。それでしばらく暇さえあれば一緒にいてくれてたんだけど、カガガルゾーレツィオ攻撃時に剣さんが撃墜され後に撃墜された。でも遺体もパラシュートも発見できなかった。剣さんは生きてた、だから彼はどこかで生きてる」
なるほど、それは僕も彼から聞いて知っている。サヤ陛下がツルギを撃墜した後に、ローレニアに戻るために撃墜されたフリをしたらしい。だからその時は本当に生きていた。
でも、あのシロお兄ちゃんが女の人と仲良くしてたなんて、関係の無い人には冷たい人だと思ってたのに。
「お兄ちゃんは・・・・・・」
「うん」
言うしかない、隠しても仕方ない。
「白崎翼は・・・・・・」
「うん」
変に誤魔化しても彼女の悲しみが続くだけ。
「死にました・・・・・・」
この目で見た、それは言えない。だから拳をギュッと握りしめて涙をこらえることしか出来ない。
またあの時の光景が目の前にフラッシュバックする。
「そう・・・・・・」
悲しそうに呟いて震えるボクの手を握ってくれるお姉さん。彼女の手は柔らかくすべすべとして暖かかった。
「ごめんなさい・・・・・・」
「なんで君が謝るのよ」
助けれたのに助けれなかった、四年も前のことなのに悔やんでも悔やんでも悔やみきれなかった。
「でも、ありがとう」
「え?」
彼女は何故か笑っていた。
「君のおかげてやっと次に進めるよ」
え、それって・・・・・・。
ボクは身を乗り出して彼女に訴える。
「お兄ちゃんのことは忘れないでください!お願いします!」
絶対に・・・・・・、みんな忘れてしまったら彼はこの世から本当にいなくなってしまう、それはだけは絶対に嫌だ。
「うん、忘れないよ。絶対に・・・・・・、優しいね」
ほぼ泣きかけのボクの頬を優しく撫でてくれ、彼女はボクを不安にさせたくないのかニコッと笑ってくれている。
「あ、そういえば、君、名前は?」
今更ごめんね、とさらに頭を撫でてくれる。
「ニグルム・・・・・・いや、伊波宙です」
「宙くんか、カッコイイね。私は長井結(ながい
ゆい)よろしくね」
ボクも次に進まないといけない、頑張って涙を引っ込め新しい名前を名乗ると、ちょうどサンドウィッチがテーブルに届いた。
〇
「えっ!宙くん高校生なの!?」
驚愕する結さん、そんな驚くことかな?
「いや、落ち着き過ぎじゃない?よく見ると顔つきとか若いけどさ」
まあ、それはよく言われる、というか言われ飽きたぐらいだ。
「ダメですかぁ?」
むー、と頬を膨らませて不機嫌を表してみると。
「別にいいけどさぁ。高校生かぁ、いろいろやりたかったのになぁ」
いろいろ??
へ!?と、瞬間的に赤くなるとそれを見逃さない結さん。
「あ、何考えたのー?」
ものすごい悪い笑顔だ。ニヤニヤとテーブルに顔を近づけて見上げてくる。
「なんでもないです!!」
「えー、正直に言いなさいよー。お姉さん怒らないから」
これじゃ年上お色気お姉さんにいじられる少年だ!ていうかまんまそうだ!主導権を握られる訳にはいかない、ボクだって元スパイなんだからこんな美人局じみた事の対応なんていくら習ってなくても乗り越えた場数が違う!
「高校生を誘うなんて犯罪です!」
「あ、ふぅ〜ん、そんなこと考えてたんだぁ」
「あっ」
ダメだなこりゃ、この人には適いそうにない。
「嘘、冗談」
「もー、遊ばないでくださいよ!!」
ぷぷぷと口元を手で隠して笑う結さん、ピュアな少年を弄ぶなんで酷すぎる。プンプンと怒っていると、話題を変えられてしまう。
「そいえば宙くん、将来の夢とかあるの?」
当たり障りのないそんな話題、高校生には大概そんな話をするだろう。ボクはその質問に自信を持って答える。
「空軍に入ります」
「空軍に?」
顔色変えずに聞いてくれる結さん、それだけで僕は安心した。
「お姉ちゃんには反対されてるんですけどね!」
アハハハと笑って誤魔化すと、彼女はまた優しく頭を撫でてくれる。
「カッコイイじゃん、私は応援するよ」
「え、あ、ありがとうございます!」
ニコニコと笑ってくれる結さんに、ついつい話が膨らむ。
「ツルギみたいになるのが夢なんです」
「ツルギってあの笹井剣さん?」
「え、知ってるんですか?」
「こっちのセリフだよ」
そこからまたかなり話が盛り上がった。
〇
夕方前に結さんの運転するサイドカー付きバイクで家に帰ってきた。
ヘルメットを脱いでサイドカーにのせる。
「今日は急にごめんね、楽しかったよ」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
ツバサお兄ちゃんの話、ましてやツルギの話もできるとは思ってなかった。そして、この前お店に来た黒木さんも知り合いだなんて世の中狭すぎる。ペコペコとお辞儀するボクを微笑して手を振ってくれる彼女。
「またご飯とか行こうね、このお店にももちろん来るから」
「は、はい!」
もちろんです!こんな綺麗な方と食事、接客なんて学校で噂になっても問題ないです!
「勉強、頑張ってね」
「はい!」
ハンドルに手をかけて出発するかと思ったら結さんに右手でクイクイっと手招きされる。ん?なんだろう?
彼女の傍に近づくと手袋を外し、右手人差し指と中指を自分の唇に付けるとそのまま手を伸ばして僕の唇にヒトッ。
「っ!!!!」
何が何だか分からず、彼女が触ってくれた自分の唇を触って固まっていると。
「私でよければ待ってるから」
ふふふと笑って手袋をつけるとブーンと風のように、そのまま基地へと走り去って行った。
え?・・・・・・え!?
何が起こったのか分からずアワアワしてお店の方に振り向くと、リュウお姉ちゃんが腕を組んで仁王立ちしていた。
「ゆっくりお姉ちゃんとお話しましょうねぇ」
「えぇっ!!」
首根っこを捕まれ連行されていくボク。え、あ、不可抗力です!なんて釈明は聞いて貰えなかった。
それなら程なくして、ボクは伊波宙として空軍への入隊が決まった。