第六章 カルナスヴァルナ国
第六章 カルナスヴァルナ国
スターネーシヴァラ国から遠く東にカルナスヴァルナという国があった。カルナスヴァルナ国は強大な軍事国家で、要塞のような都市は分厚い壁によって幾重にも囲われていた。都市への入り口はどれも狭く、市街地は整備されて見通しが良く、敵が攻めにくい造りになっていた。都市の中心にある城は堀と鉄の壁によって守られていて、城に入るには城の中から橋を渡してもらうしかなかった。万が一にも敵兵が城の中に入れたとしても、そこには屈強なカルナスヴァルナの兵士が待ち構えていて返り討ちされてしまのが落ちだった。それに、これはただの噂だったが、カルナスヴァルナ城にはたくさんの罠が仕掛けられていると言われていた。知らずに城に入った者はその罠に掛かり、皆帰らぬ人となるのだとか。
カルナスヴァルナ国を治めるのはシャシャーンカ王。元は軍事参謀の一人にしか過ぎなかったが、謀反を起こして先代の王から玉座を奪い、自ら王の座に就いたのだった。この男もまたラージャ王に負けぬ頭の切れる賢王だった。
シャシャーンカ王は玉座に座って大臣の話に耳を傾けていた。大臣が言うには作物の収穫は前年度を上回り、できも良いとのこと。また軍備拡張も着々《ちゃくちゃく》と進み、五年後には全ての武器を一新して、最新鋭のものを用意できる目途が立ったとのことだった。大臣がこれからの詳細について説明しようとした時、玉座の間に頭巾を被った男が通された。顔は頭巾で隠されていたが、シャシャーンカ王は一目見てそれが誰であるか分かった。
「大臣以外は席を外せ。」
シャシャーンカ王が言った。家来や警護の兵士たちは皆静々と扉の外へ出て行った。玉座の間にはシャシャーンカ王と大臣、そして頭巾を被った男だけになった。すると男は頭巾を取った。きれいに頭を剃った若い男の顔が現れた。
「よく来た。」
シャシャーンカ王は短く歓迎の意を示した。
「お久しぶりでございます。シャシャーンカ王。」
男は丁寧に挨拶をした。
「万事順調か？」
挨拶が済むと、シャシャーンカ王は意味ありげに尋ねた。
「はい。全て手はずは整っております。ラージャ王がスターネーシヴァラを出発し次第計画を実行に移します。」
男も意味ありげに応えた。
「そうか。」
シャシャーンカ王は満足気に笑みを浮かべた。
「それにしてもラージャ王は憐れな男だな。まさかそなたに裏切られているとは思いもしないだろう。」
男はスターネーシヴァラ国の人間だった。
「聞くが、そなたはなぜラージャ王を裏切る？」
シャシャーンカ王は尋ねた。
「私はラージャ王に何の恨みもございません。けれどアジタ祭司長に恨みがあるのです。」
男は答えた。
「ほお。」
シャシャーンカ王は話を促すように相槌を打った。
「私はアジタ祭司長を尊敬しておりました。けれどアジタ祭司長は私の誇りを踏みにじりました。だから許せないのです。だから私はアジタ祭司長が最も大切にしておられるラージャ王を奪って、一矢報いてやりたいのでございます。実の息子のように育ててきたラージャ王を失い嘆き悲しむアジタ祭司長が見たいのでございます。」
「そうか。誇りを踏みにじらて黙っているわけにはゆかんな。安心しろ、わしについてくればそなたは復讐を遂げ、誇りを取り戻せる。我が国に来ればそなたが祭司長だ。誰もそなたに指図はできぬ。長旅でさぞかし疲れたであろう。今宵は我が城でゆっくりと休むが良い。扉の外に立っている家来が客間まで案内する。」
「ありがとうございます。」
男はそう言うとまた頭巾を被って扉の外へ出て行った。玉座の間にはシャシャーンカ王と大臣だけになった。
「良いのですか？あの者を信用して。罠を仕掛けているつもりが、逆に罠に掛けられているのかも知れませんよ。」
大臣は心配そうに言った。
「それはない。ラージャ王は賢王だ。今、我が国と戦争をするのは得策ではないことくらい分かっているだろう。」
大臣は確かにその通りだと思った。けれどここで引き下がるのも癪だったので捨て台詞のようにこう言った。
「シャシャーンカ王、一度でも主君を裏切った者は何度でも主君をも裏切りまする。」
シャシャーンカ王はチクリと心臓に針が刺さったような気がした。シャシャーンカ王は自分が主君を裏切ったように、いつか自分も家臣に裏切られて王座を追われるのではないかと恐れていた。大臣が言ったことはもっともで、一度でも裏切った者はその後も何度でも裏切った。シャシャーンカ王はそういう人間を何人も見てきた。かつて自分が一介の軍事参謀であった頃、謀反を起こすと決めた時、王を裏切り、自分について最後まで戦い抜いてくれると信じていた臣下は、いざ謀反を起こすとなると怖気づいて王に密告した。最後まで王についていると思われていた王の側近たちも身が危うくなるとあっさりと王を裏切り、自分につくと言った。けれどその申し出を拒絶すると、また王の元に舞い戻って行った。裏切る者は結局自分の身が一番可愛いのだ。あの男も自分の身が危うくなれば裏切るのだろう。シャシャーンカ王はそう思った。けれど、男に裏切られてスターネーシヴァラ軍に攻められようともシャシャーンカ王は返り討ちにする自信があった。
「裏切られたその時はその時。」
シャシャーンカ王はいつものように威厳と自信に満ち溢れて大臣に言った。
