第五十一章 シンハの処分
第五十一章 シンハの処分
「ところでアニル、私は一体どうなる?祭司裁判にかけられて、死刑になるのか?」
シンハが尋ねた。
「祭司裁判に死刑はない。」
スバル医薬長が口を挟んだ。
「では私はどうなる?次期祭司長であるお前はどう考えている?」
シンハがもう一度アニルに尋ねた。
「それについては悩んでいるところだ。シンハ。お前を追放処分にしてもシャシャーンカ王にうまく取り入って、カルナスヴァルナ国で安穏な生活を送るかもしれない。かと言って、呪いをかけても、自責の念以上の呪いなどないから、お前には効果が無いかもしれない。どうしたものか。」
縛り上げられたシンハを見下ろしながらアニルが言った。
「それならばこういうのはどうだ?私がこれからカルナスヴァルナ国に赴き、シャシャーンカ王に呪いをかけ、否応無くスターネーシヴァラ国に攻められないようする。シャシャーンカ王に直接会える私なら可能だ。そうすればシャシャーンカ王にささやかながら復讐ができるし、私は一生シャシャーンカ王の刺客に追わることになる。良い考えだろう、アニル?」
シンハが自嘲しながら言った。けれどその目は真剣だった。
「確かに良い考えだ。だが、お前はまた裏切るかもしれない。」
アニルが冷ややかに言った。
「信用できなければお前が私に呪いをかけろ。そうすれば私は裏切れない。」
シンハはむきになって言った。
「それはどうかな?誇り高く、捻くれたお前のことだ。また裏切って死を選ぶかもしれない。」
アニルが意地悪く言った。
「そんなことはしない!誓って!」
シンハが必死になって言った。
「ハッハッハ、お前の口から誓うなんて言葉が出てくるとは思わなかった。一体お前が誰に誓うというんだ、シンハ?」
アニルが笑い声を上げながら尋ねた。
「アジタ祭司長だ。」
シンハが言った。真剣だった。アニルは笑うのを止めた。
「本気のようだな。」
アニルが言った。
「もちろんだ。」
シンハが真っ直ぐアニルを見上げて言った。
「ならば、お前を使者としてカルナスヴァルナ国へ送ろう。」
アニルが真面目な顔をして言った。
「危険です!もしまた裏切られるようなことがあれば、今度こそスターネーシヴァラ国はカルナスヴァルナ国に攻め込まれます。」
プータマリ司書長が止めた。
「大丈夫です。シンハは裏切りません。自分の過ちに気づいた以上、自分の罪を償わなければ気がすまない男です。」
アニルが使命感に燃えた目をしているシンハを見つめながら言った。
「だが失敗したらどうする?たとえシンハが裏切らなくても、シャシャーンカ王に呪いをかけるのを失敗することはあるだろう?」
スバル医薬長が言った。
「シンハは失敗しません。そうだろう、シンハ?」
アニルがシンハに尋ねた。
「ああ。決して失敗などしない。」
シンハは力強い真剣な目で言った。
「では決まりですね。」
アニルはそう言うとシンハの縄を解いた。その光景を目の当たりにしたハルシャ王子は思わず叫んだ。
「ダメだ!」
全員がハルシャ王子の方を見た。
「シャシャーンカ王に呪いをかけた後、シンハはどうなる!?自由の身か!?そいつは兄上を罠に陥れた奴だ!そんな奴を野放しにするなんて許さない!」
ハルシャ王子が激しい口調で言った。
「ハルシャ王子、この作戦にはシンハが適役です。もし私が行ったのなら、警戒されて直接シャシャーンカ王には会えないでしょう。呪いをかけるとなると、城中を探してシャシャーンカ王を見つけなければなりません。けれどシンハなら確実にシャシャーンカ王に会えます。自分の味方だと信じていますから。」
アニルがハルシャ王子に言い聞かせるように言った。
「でもそいつが罰を受けることもなく、のうのうと生きていくのは許せない!」
ハルシャ王子が唸った。
「生きてカルナスヴァルナ国を出る可能性よりも、呪いをかけたすぐ後に兵士たちに殺される可能性の方が高いのです。もし生き延びたのならそれは天がまだシンハを見捨てていないということ…」
その時、アニルの言葉を遮ってシンハが言った。
「生きてカルナスヴァルナ国を出られたならば、私はスターネーシヴァラ国に戻って参ります。」
ハルシャ王子が驚いてシンハの顔を見上げた。
「生きて帰れたならば、その時裁きを。」
シンハがハルシャ王子をまっすぐ見つめて言った。ハルシャ王子は言葉が出てこなかった。
「戻って来ることはないシンハ。戻ってきても、ハルシャ王子の心に波風を立てるだけだ。それにカルナスヴァルナ国の刺客がお前を追ってこのスターネーシヴァラにやって来るのは迷惑だ。」
アニルが言った。シンハは確かにその通りだと思った。裁かれたいと思っていたシンハは残念そうな顔をした。その顔を見たハルシャ王子はシンハの気持ちが伝わって来た。ハルシャ王子の心に、蓋をして押し込めていた優しい気持ちが湧き上がってきた。
「行け。」
ハルシャ王子が小さな声でつぶやいた。驚いて見開かれたシンハの目がハルシャ王子を捉えた。
「行け。行ってシャシャーンカ王に呪いをかけて来い。」
ハルシャ王子がシンハから目を逸らして、何かに耐えるように言った。シンハは自分の胸がひどく締め付けられているような感じがした。シンハは何か声をかけようとしたが、その前にアニルが口を切った。
「さあ、ハルシャ王子も納得してくださったことですし、準備に取り掛かかろう、シンハ。もたもたしていたらカルナスヴァルナ軍が攻めて来るかもしれない。大臣方も万が一に備えていて下さい。」
アニルが言った。シンハはハルシャ王子に言おうとしていた言葉を引っ込めてアニルに返事をした。
「ああ。」
阿吽の会議室にいた全員がバタバタと廊下に出て行った。けれどハルシャ王子はうつむいたまま動こうとしなかった。
「偉かったね。」
ルハーニが言った。けれどハルシャ王子はうつむいて黙ったままだった。
シンハはアニルに連れられて王宮の外に行った。王宮を出たところには一頭の馬が用意されていた。アニルはその馬に食料と水が乗せてあることを確認すると、シンハに向き直った。
「シンハ、呪いをかけたらすぐに逃げろ。シャシャーンカ王は必ずお前を殺そうとする。」
アニルが言った。
「分かっている。」
シンハが頷いた。シンハに恐れている様子はなかった。
「これを渡しておく。煙幕弾だ。スバル医薬長の棚からくすねてきた。強い衝撃を与えると煙幕が出てくる。少しは逃げる時間を稼げるだろう。」
アニルが小さな丸い薬玉のようなもを渡した。シンハはそれを黙って受け取った。
「アニル、早く私に呪いをかけろ。」
シンハが煙幕弾を自分の懐にしまうと言った。
「お前は裏切らない。だから呪いをかける必要はない。」
アニルが言った。シンハは複雑な顔をして馬に乗った。鐙にしっかりと足をかけ、手綱を握り締めた。そして馬を走らせようと手綱を振ろうとした時、シンハはつぶやくように言った。
「すまなかった。」
馬が勢い良く走り出した。




