第五十章 疑惑の大臣
第五十章 疑惑の大臣
「待ってください。その前にこの場で皆様に見ていただきたいものがあります。」
アニルはそう言ってサクセーナ大臣を横目で見てからソミン指揮官に意味ありげな視線を投げた。ソミン指揮官はそれが何を意味しているのかすぐに理解した。
「実は今日、ソミン指揮官から面白いもの見せていただきました。ソミン指揮官、ここにいる皆様方にも見せていただけますか?」
アニルがソミン指揮官に言った。
「はい。」
ソミン指揮官はそう言うと懐から例の紹介状を取り出した。全員その書状に目を走らせた。サクセーナ大臣が青くなった。
「紹介状のようだが、これが一体何か?」
外務大臣がアニルに尋ねた。
「紹介者のところにサクセーナ大臣のサインがある。」
財務大臣が言った。
「サクセーナ大臣が紹介したのは兵士のようですな。ええと、アマルト、アミト、アーナンド、ラメーシュ、ラーエ。」
農務大臣が紹介状に記載されていた兵士の名前を読み上げた。シンハは顔色を変えて驚いたように目を見開いた。
「これはハルシャ王子を襲った五人のスターネーシヴァラ兵の名前です。」
アニルがそう言うと、大臣たちは凍りついた。スバル医薬長とプータマリ司書長は驚いた顔をしてサクセーナ大臣を見た。サクセーナ大臣は集まる視線を感じながらソミン指揮官の掲げる紹介状を睨んでいた。
「シンハ、これについて何か言うことはないか?」
アニルが鋭い視線を送って言った。
「それはシャシャーンカ王が送った五人の刺客の名前です。カルナスヴァルナ国風の発音ではオモルト、オミト、アノンド、ロメシュ、ラエと言います。私の懐にシャシャーンカ王が五人に宛てた書状があります。それを見てください。」
シンハがそう言うと、縛られているシンハの懐からアニルが書状を取り出した。そこには確かにカルナスヴァルナ語でアノンド、オミト、オモルト、ラエ、ロメシュに宛てると書いてあった。
「アノンドという男が五人の中のリーダーのようですね。この男が口を割ればあとの二人も素直にこちらに従うでしょう。」
アニルはそう言いながら書状をソミン指揮官に渡した。
「さて、サクセーナ大臣、何か言うことはありませんか?」
じわじわと締め付けるようにアニルが言いった。
「それはわしが書いたものではありません。」
サクセーナ大臣が言った。
「白を切りとおせるとお思いか!?」
ソミン指揮官が凄んだ。サクセーナ大臣はソミン指揮官をキッと睨んだ。アニルがソミン指揮官に抑えるようにと目で指示した。
「シンハ、カルナスヴァルナ城でサクセーナ大臣、あるいは大臣の側近に会ったことは?」
アニルが尋ねた。
「いいえ。」
シンハが答えた。
「サクセーナ大臣が味方だと知っていたか?」
またアニルが尋ねた。
「いいえ。」
シンハはまたそう答えた。
「今更庇い立てしてもどうにもなりませんよ。」
アニルが馬鹿にするように冷たく言った。
「本当に何も知らなかった。知っていたらノコノコ阿吽の会議室にやって来たりせず、まず大臣を頼っていた。」
シンハがきっぱりと言った。
「では、この紹介状はどう説明する?」
アニルはシンハの言葉がまるで聞こえていなかったかのようにしつこく質問をした。
「知らない!シャシャーンカ王からその紹介状のことは何も聞かされていない!」
シンハはいささか声を荒げて言った。
「弟子の手に掛かり、天に召されたアジタ祭司長はこの期に及んで嘘をつき、我々を陥れようとするあなたを見てさぞ嘆いていることでしょう。」
アニルはわざとシンハが一番傷つく言い方をした。
「私は嘘などついていない!」
シンハがアニルに噛み付かんばかりの勢いで言った。それを見てアニルを含め、全員が嘘をついているのではないと思った。アニルはサクセーナ大臣に鷹の目を向けた。サクセーナ大臣はその目をまっすぐ見返した。
「この紹介状に見覚えは?筆跡からしてあなたのサインに間違いないと思われますが。」
アニルがまっすぐ大臣を見据えて尋ねた。
「先ほど申し上げた通りです。」
サクセーナ大臣は強気な態度でそう言った。二人は睨み合った。
「あの紹介状焦げてる。」
睨み合いをしている二人を横目に、ルハーニが小さな声で肩に乗っているクールマとシェーシャに言った。ハルシャ王子も睨み合いから目を離してルハーニたちの会話に耳を傾けた。
「本当じゃ焦げとる。」
クールマが言った。しゃべる亀に四人の大臣たちの注目が静かに集まった。
「兵士宿舎でぼやがあったのです。紹介状は奇跡的に燃えずに残っていたのです。」
ルハーニと二匹を黙らせようとソミン指揮官が言った。
「でもインクは変色してない。」
ルハーニがソミン指揮官に言った。ソミン指揮官ははっとして、紹介状を左目でよく見た。ルハーニの言うとおり確かに紙は焦げているのに、インクは変色していなかった。
「アニル殿これはわざわざあらかじめ焦がした紙に書いています。そうでなければインクの色が変色しているはずです。おそらくぼやの後に何者かが忍び込ませたのです。」
ソミン指揮官が早口に言った。
「ソミン指揮官、その紹介状を私に渡してください。」
アニルが言った。ソミンが紹介状を渡すと、アニルはサクセーナ大臣から目を離して紹介状に目を走らせた。そして近くの壁に掛かっていた松明を無造作に取ると、紹介状に火をつけた。
「何をするのです!?」
外務大臣が声を上げた。サクセーナ大臣も驚いた顔をして見ていた。
「それはサクセーナ大臣がシャシャーンカ王と通じていたという証拠だったのに!?」
財務大臣が喚いた。アニルは黙って松明の炎を紹介状につけ続けた。けれど不思議なことに紹介状に火は移らなかった。また焦げることもなかった。
「術がかけられておるようじゃな。」
クールマが言った。
「おそらくこの紹介状が兵士宿舎に忍び込まされたのはぼやが起きる前です。そうでなければこのような術をわざわざかける必要はありません。」
アニルが先ほどのソミン指揮官の言葉を訂正した。
「ぼやの焼け跡から見つかるように仕組んでいたのだ。サクセーナ大臣に罪を被せるために。」
スバル医薬長が言った。
「ということはつまり、サクセーナ大臣は罠に陥れられただけということですか?」
プータマリ司書長が言った。
「おそらくそういうことでしょう。疑って申し訳ありません、サクセーナ大臣。」
アニルは謝った。けれど反省しているようには見えなかった。ただ挨拶しているような口ぶりだった。
「いいえ。わしがあなたの立場であれば同じことをしていたでしょう。」
サクセーナ大臣も社交辞令のようにそう言った。その光景を横目にソミン指揮官はもちろん、疑っていた四人の大臣は気まずそうな顔をした。財務大臣など足がガタガタ震えていた。
「アニル、サクセーナ大臣が書いたのでなければ誰が書いたんだ?」
ハルシャ王子が尋ねた。
「分かりません。ただ今言えることはサクセーナ大臣に罪を被せようとしていた者がいたということだけです。」
アニルがハルシャ王子にそう答えた。そして一同を見回した。
「シンハ、この術をかけたのはお前か?」
アニルが紹介状にもう一度松明の火に当てながらシンハに尋ねた。
「私ではない。」
シンハが答えた。
「カルナスヴァルナ国にはこういう術が使える者がいるのか?」
「分からない。カルナスヴァルナ城で祭司とは会わなかった。だが、一つだけ言えることがある。カルナスヴァルナ国では祭司の扱いがここほど良くない。そんな国にそれだけの術を操れる祭司が留まっているとは思えない。」
シンハはシャシャーンカ王の自分に対する態度を思い返しながら答えた。
「そうか。」
アニルは何か考えるような素振りをした。




