第四十七章 四人目の詠唱者
第四十七章 四人目の詠唱者
中庭の池の回りではアニル、スバル医薬長、プータマリ司書長の三人とシェーシャが次から次へと出てくる魔物と格闘していた。
「アニル、魔物の頭の禿を乾かせ。そうすれば弱って攻撃ができなくなる。」
シェーシャがアニルの肩から言った。アニルは魔物の頭に向けて風を送った。魔物は頭を風から守るように手で押さえた。乾いてくると、力尽きたようにバタっとその場に崩れ落ちた。
「ソミン指揮官はまだですか?」
眠り薬の入った小袋をスバル医薬長からもらって、構えているプータマリ司書長が言った。
「きっと今西の棟についた頃だろう。戻って来るまでこの小袋の数が足りればいいのだが。」
スバル医薬長が心配そうに言った。
「アニルの術では一匹を倒すのに時間がかかる。一度に何匹もの魔物に襲われた時はその眠り薬が頼りだ。無駄遣いはしない方がいい。」
シェーシャが言った。もうすでに残り少なくなっていたのでスバル医薬長もプータマリ司書長も暗い顔をした。
その時、中庭に走ってくる足音が聞こえてきた。三人とシェーシャはソミンだと思った。けれど走ってきたのはソミンではなく、ハルシャ王子とルハーニだった。その後ろからラーケーシュがすすけた顔の魔物を抱えて走ってやって来た。
「アニル!」
ハルシャ王子が必死な顔をしてその名前を呼んだ。
「ハルシャ王子!」
アニルは驚いて目を見開いた。アニルの肩に乗っていたシェーシャはハルシャ王子の横に立っているルハーニを見て鎌首を起こした。
「ルハーニ、無事でよかった!」
シェーシャが言った。
「シェーシャも無事だったんだね。」
ルハーニがうれしそうに言った。ルハーニの肩に乗っていたクールマは自分への言葉がないと、不服そうな顔でシェーシャを見ていた。
「アニル、大変なんだ!ナリニーが化け物に襲われて花になちゃったんだ!」
ハルシャ王子はアニルにそう訴えて、大切そうに運んで来た花びらを見せた。スバル医薬長とプータマリ司書長はそれを見て唖然とした。魔物に襲われると花になるなんて信じられなかった。アニルもバラバラになった花びらを見て少し表情を変えたが、すぐに冷静になってこう言った。
「ハルシャ王子、ナリニーのことは後で説明します。今は魔物が池の中から次々に出てくるという緊急事態なんです。」
アニルはハルシャ王子をこの場から遠ざけようとした。
「ナリニーはその魔物に襲われたんだ!助けてよ!」
ハルシャ王子はアニルにすがりつくように言った。けれどアニルはそれを無視した。
「ラーケーシュ君、その魔物をここに置いてハルシャ王子を部屋へ。」
アニルは静かにそう言った。
「アニル!ナリニーを助けて!」
ハルシャ王子は花びらを見せながら叫んだ。
「ラーケーシュ君、早く連れて行きなさい。」
アニルは冷たく言った。ラーケーシュは小さな声でハルシャ王子と呼んだ。
「アニル!」
ハルシャ王子は食い下がった。そんな必死な様子のハルシャ王子を見て、いつもはハルシャ王子と仲の悪いシェーシャが口を開いた。
「この魔物に襲われたからといって、人が花になるようなことはない。その爪で引き裂かれれば普通は死ぬ。」
「シェーシャ、黙っていてください。」
アニルが鋭く言った。シェーシャのことを初めて名前で呼んだ。シェーシャはナリニーに何が起こったのか感づいていたようだった。アニルは何かを隠していた。
「どういうことだ!?」
ハルシャ王子がシェーシャに尋ねた。
「私が後で説明します。今はおとなしく部屋に戻ってください。」
シェーシャが答える前にアニルがハルシャ王子に言った。
「アニル、四人揃ったのではないですか?」
いつまでもハルシャ王子に付きっ切りのアニルに痺れを切らして、プータマリ司書長が言った。
「確か、その子は魔女と言っていたな?ソミン指揮官が祭司を連れて帰るのを待たずに始められるのでは?」
スバル医薬長がルハーニに鋭い視線を送って言った。
アニル、プータマリ、スバルの三人の祭司はルハーニに目を留めた。ルハーニは注目されて動揺した。
「ルハーニなら呪文を唱える力がある。」
シェーシャが言った。
「ええ。四人揃いましたね。」
アニルはスバル医薬長とプータマリ司書長に言った。
「ルハーニ、ここに残って我々の手伝いを。シェーシャ、ルハーニに説明を。」
アニルはそう言うと、シェーシャをルハーニの肩に乗せた。
「ラーケーシュ君、その魔物をここに置いてハルシャ王子を部屋に。」
アニルが厳しい口調で言った。
「でもアニル様…」
ラーケーシュはハルシャ王子の味方をしようとした。
「早く!」
アニルは有無を言わせなかった。ラーケーシュはしぶしぶ了解した。
「ハルシャ王子、行きましょう。」
ラーケーシュは魔物を地面の上に置くと、ハルシャ王子に言った。ハルシャ王子はルハーニを見た。ルハーニもこちらを見ていた。ルハーニの顔が恐怖で引きつっていた。ルハーニの口が何か言った。
「危ない!」
「え?」
ハルシャ王子がそう聞き返した時はすでに手遅れだった。
「ラーケーシュ君!」
アニルが叫んだ。ハルシャ王子が振り返ると、ラーケーシュが地面の上に横たわっていた。胸から血を流していた。すぐにスバル医薬長がやって来て、すすけた顔の魔物に眠り薬の小袋を投げつけ、ラーケーシュに駆け寄った。すすけた魔物は気絶していただけだったので再び目を覚まし、近くにいたラーケーシュを襲ったのだった。
「まずい、出血がひどい。」
スバル医薬長がラーケーシュの胸から止め処もなく流れる血を見て言った。
「私も手伝います。」
アニルがラーケーシュに駆け寄って言った。
「アニル、お前はいい!ここは私一人に任せて、池を見張っていろ。ソミン指揮官が祭司を連れてきたら、お前たちで冥界の穴を閉じろ。私は手が離せない。」
スバル医薬長の目は真剣だった。ラーケーシュの胸に手をかざし、術を駆使して出血を止めようとしていた。
「分かりました。」
アニルはそう言うと、ハルシャ王子の方を見た。ハルシャ王子はその場で凍り付いていた。
「隅に隠れていてください。」
アニルはハルシャ王子に言った。その声には何の感情も感じ取れなかった。ハルシャ王子は言われたとおり中庭の隅に隠れて、スバル医薬長が呪文を唱えてラーケーシュを治療する様子を見守った。自分のせいだとハルシャ王子は思った。
アニル、プータマリ、ルハーニは池を囲んで魔物が出てこないか見張りながらひたすらソミン指揮官を待った。




