第三十四章 真夜中の王宮
第三十四章 真夜中の王宮
ソミンは王宮に潜む五人を探し、見つけ次第報告するよう侍女たちに命じた。侍女たちは王宮の警備兵どころか、兵士宿舎にいる全員の顔を確認したが見つからなかった。そこで侍女たちは大胆にも真夜中に廊下に張り込んで怪しげな人間がいないか見張りをすることにした。
「徹夜で廊下を見張るなんてお肌が荒れちゃうわ。」
ギリジャーがあくびをしながら言った。
「いいじゃない。明日お休みがもらえるわ。」
ナリニーが明るく言った。
「こういうのって普通兵士の役目じゃない?」
ギリジャーは不満そうに言った。
「でも顔が分かるのは毎日王宮で働いている私たちだけだわ。」
「確かにその通りね。」
ギリジャーはまたあくびをした。そしてふとあることを思い出した。
「そういえば、ナリニーは知ってる?五人の警備兵を目撃した侍女の話。」
「どんな話?私知らないわ。」
ナリニーは興味津々《きょうみしんしん》に言った。
「目撃した子、五人の後をつけたんだって。」
「ええっ!?」
ナリニーは思わず声を上げた。ギリジャーが慌ててナリニーの口を塞いだ。
「静かにしてよ。張り込みの最中なんだから。」
ギリジャーが注意した。
「ごめんなさい。それで、居所が分かったの?」
ナリニーが尋ねた。
「いいえ。後をつけたんだけど、阿吽の会議室の辺りで煙のように姿を消したんだって。」
「阿吽の会議室?」
ナリニーが聞き返した。
「うん。王と大臣が話し合うための場所よね。防音設備が整っているから外からじゃ中の話し声は絶対に聞こえないし、隠れるのには絶好の場所だだけど今は鍵が掛かっているから誰も中には入れないのよね。王の不在時には大臣たちに謀反の企てをされないように鍵を掛けることが慣わしになっているから。」
「鍵は誰が持っているの?」
ナリニーが尋ねた。
「もちろんラージャ王だけよ。」
ギリジャーが答えた。
ナリニーは少し考えた。頭の中で阿吽の会議室の造りを思い浮かべた。大きな円卓、九脚の椅子、音を吸収する小さな穴の開いた壁、重くて頑丈な扉。扉は声が漏れないように壁との隙間がほとんどなかった。扉の外側には鍵穴が一つ。そして扉の内側には取ってが一つ。その取っ手の下に象のレリーフ。その鼻をひねれば内側から鍵を掛けられた。
「阿吽の会議室には内鍵がついていたわ。だから鍵がなくても、鍵は掛けられる。」
ナリニーはつぶやくように言った。
「え、何?」
ギリジャーは聞き取れなかった。ナリニーはすっくと立ち上がるとギリジャーに言った。
「阿吽の会議室だわ!そこに五人は隠れているのよ。」
「え!?」
「外から鍵を掛ける前に誰かが潜んでいて、内鍵を使って自由に出入りしていたのよ。すぐに行かなくては!」
ナリニーが言った。
「どこに?」
「阿吽の会議室よ。そこで張り込むの。」
「でも私たちの持ち場はここだし。」
ギリジャーがそう言うのも聞かず、ナリニーはギリジャーの手を引っ張って阿吽の会議室に向かった。
「ちょっと、ナリニー!」
「しっ!」
ちょうど阿吽の会議室がある廊下に入るところで、ナリニーが鋭く言った。足音が聞こえた。ナリニーとギリジャーは壁に張り付いて足音に耳を済ませた。足音の主は方角からして阿吽の会議室から出てきたと見て間違いなかった。二人とも息を潜めた。見つかれば殺されるかもしれなかった。
コツ、コツ、コツという足音が近づいてきた。二人は息をすることさえ抑え、心臓の音すらうるさく思えた。幸いなことに、足音の主は二人が潜んでいた廊下を何も気づかずに通り過ぎて、遠ざかって行った。二人はどっと汗が噴出してくるのを感じた。
「後をつけるわ。」
ナリニーが言った。
「正気なの!?」
ギリジャーは声を潜めて言った。ギリジャーは早くここから離れたいと思っていた。
「ギリジャーはこのことをソミン指揮官にお伝えして。きっとまだ事務室にいらっしゃるはずよ。」
「そんな!」
「いいから行って。」
ナリニーはギリジャーを追い立てた。ギリジャーは納得のいかない顔をしていたが、追い立てられると、『気をつけて』とナリニーに言って走り出した。ギリジャーの目は潤んでいた。
ドン、ドン、ドン。
「ソミン指揮官!ソミン指揮官!」
ドン、ドン、ドン。
「ソミン指揮官!ソミン指揮官!」
事務室に着くと、ギリジャーは力の限り扉を叩き、ソミンを呼んだ。
「誰だ?」
扉の向こうから鋭い声が返ってきた。用心深いソミンはすぐには扉を開けなかった。
「王宮付侍女のギリジャーです!」
ギリジャーがそう言うと、ソミンはすぐに扉を開けた。
「どうした?」
「大変です。ナリニーが、仲間の侍女がハルシャ王子を襲った五人の内の一人の後をつけています。それから、五人の居場所を突き止めました。」
仮面の下でソミンの顔色は変わった。
「どこだ!?」
「阿吽の会議室です。私たちそこへ張り込みに行っていたんです。そしたら阿吽の会議室から誰かが出てきて、足音が聞こえてきて、ナリニーはその後を…。」
ギリジャーはついに泣き出した。
「すぐに緊急事態だと言って、兵士宿舎にいるチャカ捜査長に今の話をしなさい。」
ソミンはそう言って剣を携えると走り出した。
ソミンは窓から差し込む月明かりだけを頼りに王宮の廊下を走った。向かった先はもちろん阿吽の会議室だった。仮面をつけているせいで視界は悪く、角を曲がるとき肩が壁にぶつけた。痛みに顔を歪めながら、正面を見ると誰かの後姿があった。
ソミンは全身に緊張が走るのが分かった。ソミンが携えていた剣を抜く前に、相手が振り返った。
「サクセーナ大臣!」
ソミンが驚いて言った。サクセーナ大臣の方も驚いている様子だった。ソミンは剣の柄から手を離さなかった。サクセーナ大臣はそれに気づいた。
「ソミン、剣から手を離せ。」
サクセーナ大臣にそう言われると、命令に従わないわけにはいかないので、ソミンはゆっくりと柄を握っていた手を開いた。けれど警戒は解かなかった。
「サクセーナ大臣ここで一体何をしていらしたのです?」
ソミンが距離を保ったまま尋ねた。
「人を追っていた。」
「誰を?」
「そなたには関係ない。そなたこそ何をしている?」
「会議でご報告いたします。」
ソミンはそう答えた。ここで五人の男たちが隠れている場所を知っていると言えば、この場で斬りかかって来るか、五人を逃がしてしまうのではないかと思ったからだ。二人は互いに襲われるのではないかという恐怖で身動きが取れなかった。言葉さえ交わさず、睨み合いが続いた。
「ソミン指揮官!」
後ろから声が聞こえた。たくさんの兵士を連れてチャカがやって来た。ソミンはほっとした。全身に温かい血が流れるのが分かった。
「兵士はすぐに阿吽の会議室へ!チャカ捜索長と数名の兵士は私と共に侍女ナリニーを探せ。」
ソミンは大声で指示を出した。全員ソミンの指示に従った。サクセーナ大臣は黙ってその場から立ち去った。




