第三十一章 投獄されたアニル
第三十一章 投獄されたアニル
裁判が終わると、アニルは城の牢獄に入れられた。冷たくて暗い牢獄。松明の明かりもなければ、蝋燭の明かりもなかった。床の上にはねずみが這い回っていた。アニルはただそこでじっと座っていた。逃げようとも、誰かに手紙を書こうともせず、ただ座っていた。そして時々雲の間から見え隠れして差し込む月明かりをぼうっと眺めていた。アニルは追放を恐れてはいなかった。王宮での地位や生活に何の未練もなかったし、どこへ行っても生きて行けるという漠然とした根拠のない自信があった。
アニルのいる牢獄に足音が近づいて来た。明るい橙色のランプの明かりも近づいて来た。誰かがやって来たのだ。さっきまで我が物顔で床の上を走り回っていたねずみたちは慌てて自分たちの巣穴に戻った。
「アニル。」
足音の主は呼びかけた。
「アジタ祭司長？」
足音の主はアジタ祭司長だった。アニルに驚く様子はなかった。
「アニル、お前に聞きたいことがあってここに来た。」
「何でしょう？」
「お前が盗んだ宝物のことだ。あれは本来宝物庫にあるはずのものではないということが分かった。報告によればあれは先代の祭司長の私物だということだ。アニル、お前はあれをどこに隠したのだ？」
アジタ祭司長は尋ねた。
「何度も言っているように、盗んだのは私ではありません。けれど、先代の私物と言われると気にかかりますね。ただの代物ではないかもしれない。一体どんなものが盗まれたんですか？」
アニルはあくまでも自分の無実を主張しながら、盗まれた宝物に興味を示した。
「小箱に入れられた紐だ。」
それを聞くとアニルの顔に不穏な影が落ちた。
「それは大変なことになりましたね。アジタ祭司長。あれはただの紐ではないんです。」
アニルは何か知っているようだった。
「何か知っているのか？」
「ええ。私は生前の先代祭司長と親しくしていましたから、あれが何であるか聞いたことがあるんです。」
「あれは何なのだ？」
「あれには災いが封印されているそうです。」
「災い？」
「ええ。どんなものかは知りませんが、災いと言うからにはかなり厄介なものが封印されているんでしょう。」
アニルがそう言い終わると、急にアジタ祭司長はアニルの顔を見つめながら黙り込んだ。アニルもその様子をただ黙って見つめ返しながらアジタ祭司長が何か言うのを待っていた。
「アニル、宝物を盗んだのは本当にお前ではないのだな？」
アジタ祭司長は口を開いた。不安気な口調だったがアニルにはそれで十分だった。アニルはかすかに笑って言った。
「私ではありません。アジタ祭司長。」
アニルにはアジタ祭司長が自分を信じてくれたと言うことがその言葉で分かった。
「もし犯人がお前でないとすると、お前の身が危ないのではないかと思って追放処分にした。」
「そうだと思いました。」
「だが一度追放処分にした以上、真犯人が見つからない限り城には戻っては来られぬ。」
「分かっています。」
アジタ祭司長は少しの間沈黙した。何か悲しいことを考えているようだった。
「証言をした三人が真犯人だと思うか？」
アジタ祭司長はつぶやくように言った。
「残念ながら。」
「そうか。」
アジタ祭司長はただの老人のように肩を落として背中を丸めた。
「あの三人をどうするおつもりですか？」
アニルは特に恨んでいる様子はなかった。好奇心から尋ねているようだった。
「わしの近くに置いて見張っておく。そうすればお前に危害を加えるようなことはあるまい。三人が真犯人である証拠探しは信頼できる祭司に秘密裏に任せる。」
「お言葉ですが、信頼していた祭司が真犯人だったのです。もはや他の祭司を信用することはできません。お心遣いには感謝しますが、証拠探しは自分でします。」
「どうやって探すというのだ？お前は明日にはスターネーシヴァラ城を去る身だ。」
アジタ祭司長は語気を強めた。
「グッジャラ国の祭司長に私の身柄をタール砂漠の砂の牢獄で預かっていただけるよう書簡を書いていただけませんか？」
アニルは淡々《たんたん》と言った。何か策があるようだった。
「いいだろう。ジェイ警備隊長にグッジャラ国王と祭司長宛の書簡を携えてお前に同行してくれるよう頼もう。だがなぜ…まさか！」
アジタ祭司長はアニルの考えが読めたようだった。驚いて大きな目をさらに大きく見開いてアニルを見た。
「ご安心を。決して見つかりはしません。」
アニルは満面の笑みで言った。
