第二十七章 分かれ道
第二十七章 分かれ道
「あっ、分かれ道。」
ルハーニはそう言って足を止めた。ハルシャ王子もつられて足を止めた。そこには二本の分かれ道があった。一方は畑に沿った道、もう一方は森の中へと続く道だった。ルハーニはリュックの中でまだ言い争っているクールマとシェーシャに言った。
「二人とも止めて。」
クールマとシェーシャはルハーニの声を聞いて静かになった。二匹は何があったのかとリュックから顔を出そうと先を争った。
「おお、もうこんなところに来ていたか。ルハーニ、術の出番じゃな。」
先に顔を出したのはクールマだった。クールマの顔は勝ち誇っていた。シェーシャは負けて不機嫌そうに白くて長い首を伸ばして辺りを見回した。ルハーニはクールマとシェーシャが入ったリュックを地面の上に下ろして、無言で手ごろな木の枝はないか探した。クールマとシェーシャも人目がないのでリュックの中から這い出して探した。けれど周りは畑だったので、木の枝は見つからなかった。
「何を探してるんだ?」
ルハーニたちが何かを探していることに気づいてハルシャ王子が尋ねた。
「細長い木の枝を探してるんだ。」
ルハーニは目を下に向けたまま答えた。ハルシャ王子は周りを見回した。
「あれはダメなのか?」
ハルシャ王子は畑の奥の方を指して言った。指し示す方には一本のかかしがあった。ルハーニはかかしを見て、少し考えると言った。
「うん、あれで大丈夫だと思う。」
ルハーニはそう言うなりズカズカと畑の中に入り込んで、自分より大きなかかしをズボっと引っこ抜いて戻って来た。
「それをどうするんだ?」
ハルシャ王子が尋ねると、ルハーニの代わりにクールマが答えた。
「どっちだの術を使うのじゃ。」
「集中力が必要な術だ。静かにしていろ。」
シェーシャが注意した。シェーシャは意地悪そうな目をしていた。ハルシャ王子はその目が気に入らなかった。
ルハーニは道の分かれ目に両手で支えながらかかしを地面に垂直に立てた。その表情があまりにも真剣なので、その様子を見つめていたハルシャ王子は緊張して手に汗をかいた。
「いよいよじゃ。」
クールマが声を潜めて言った。ハルシャ王子は息を呑んだ。ルハーニはまっすぐ立てたかかしから手を離し言った。
「どっちだ!」
ルハーニがそう言うのと同時に、かかしは地面に倒れた。
「こっちだ。」
ルハーニが森に続く道を指して言った。そしてかかしを担いでまた畑の中に入って行った。シェーシャはその後を追って這って行った。ハルシャ王子は何が起きたのかまだ良く分かっていなかった。
「こっちだそうじゃ。」
クールマがハルシャ王子の足元から言った。
「今のは何だ?」
ハルシャ王子がクールマに尋ねた。
「今のがどっちだの術じゃ。」
「どっちだの術!?」
ハルシャ王子は声を上げた。
「そうじゃ。」
「かかしが倒れただけじゃないか!?」
ハルシャ王子は思わず声を張り上げていた。
「どっちだの術は棒やなんかを倒して方向を占うものなんじゃ。」
「そんなの誰にでもできる!」
ハルシャ王子は怒鳴った。
「素人はただ棒を倒すだけじゃが、魔女や魔術師は魔力を使って占う。」
「信じられない!」
ハルシャ王子は苛立ちを抑え切れない様子だった。ハルシャ王子にはどっちだの術が花びら占いと同じくらい信用ならないものに思えた。到底魔術だとは思えなかった。苛立ちのあまり、いつものわがままなハルシャ王子が顔を覗かせていた。
かかしをさっきと同じ場所に刺すとルハーニがシェーシャを肩に乗せて戻ってきた。
「クールマ、本当にその道を通るのか。」
シェーシャが意味ありげに言った。
「かかしはそう示した。」
クールマがきっぱり言った。
「私は嫌だ。」
ルハーニが言った。ルハーニはかかしを畑に戻しに行く時、シェーシャから何かを聞いていたようだった。
「何か問題でもあるのか?」
ハルシャ王子が不機嫌そうに言った。突然不機嫌になったハルシャ王子に気づいて、ルハーニは少し驚いた。
「かかしは森を通る道を示したが、あの森は『死者の森』だ。」
シェーシャがハルシャ王子を無視してクールマに鋭く言った。
「死者の森?」
ハルシャ王子が聞き返した。
「あの森には死霊が巣くっている。取り付かれるようなことがあれば命はない。」
またもやシェーシャがハルシャ王子を無視して言った。
「命はない!?」
ハルシャ王が悲鳴にも似た驚きの声を上げた。シェーシャはうるさそうに睨みつけた。
「じゃが、森を通らなければタール砂漠には辿りつけん。」
クールマが言った。
「私は行きたくない。」
ルハーニが言った。
「シェーシャ、余計なことを言ってルハーニを怖がらせおって。」
クールマがなじった。
「ルハーニ、心配いらん。結界を張れば死霊は襲って来れん。それにこの森には『森の主』がいる。死霊たちに子供を襲わせはせん。」
「それでも嫌だ。」
ルハーニは死霊がいるという恐怖に捕らわれて、森に入ることを拒んだ。
「でもそしたらタール砂漠は?」
ハルシャ王子が言った。ルハーニは答えられなかった。
「道を変えれば良い。」
シェーシャが冷たく言った。
「道は変えられん。タール砂漠の砂の牢獄に着くのが遅くなれば手遅れになるかもしれん。これが一番の近道なのじゃ。死者の森を通り抜けるしかない。」
クールマが厳しい口調で言った。シェーシャは不満げな顔をして目を逸らした。ハルシャ王子はルハーニを見た。答えを待っている目だった。ルハーニは少し考えた。その間、ハルシャ王子は視線を逸らさなかった。クールマも責めるような目で、瞬き一つせずにルハーニ見つめていた。シェーシャは不機嫌そうにそっぽを向いて、助け舟を出してくれる気配はなかった。
「分かった。」
ルハーニはしぶしぶ承知した。ハルシャ王子とクールマはようやくルハーニから目を逸らした。ルハーニはリュックを下ろした時のような開放感があった。それは他の三人も同じだった。
ハルシャ王子たちは死者の森へ向かった。




