第二十三章 消えた二人と仮面の男
第二十三章 消えた二人と仮面の男
スターネーシヴァラ国ではハルシャ王子とラーケーシュが行方不明になり、騒ぎになっていた。
「まだ見つからんのか!」
王宮にある国務大臣の部屋。そこにサクセーナ大臣の怒号が響いた。部屋にいたのはサクセーナ大臣とその側近たち、そして報告をしに来た武官一人だった。
「申し訳ありません。城中くまなく探したのですが、まだ見つかりません。」
武官が言った。そこへ別の武官が血相を変えて飛び込んで来た。その武官はサクセーナ大臣の前でひざまずくと報告した。
「サクセーナ大臣に申し上げます。王宮の侍女たちが覆面をした二人の警備兵にハルシャ王子とラーケーシュ殿が追われているところを廊下ですれ違ったと申しております。また何人かの文官たちもハルシャ王子と祭司が覆面をした警備兵に追われているところを城内で見たと申しております。門番たちはその覆面をした五人の警備兵に襲われました。お二人の行方についてはっきりとは分からないそうですが、おそらく町中へ逃げたのではないかと申しております。今、秘密裏に町を捜索しております。」
武官が報告し終わると、サクセーナ大臣の顔は見る見るうちに真っ赤になった。
「何と言うことだ!警備兵が襲ったとは!」
サクセーナ大臣の激しい怒号にそこにいた誰もが身を縮めた。けれどそんな中、一人の側近が大胆にも一歩進み出て言った。
「その警備兵はもしかしたら、まだ王宮にいるのではないでしょうか?」
恐ろしく澄んだ声が響いた。サクセーナ大臣は声の主である側近に目を向けた。側近は顔を伏せたまま言葉を続けることを許可されるのを待っていた。
「申し訳ありません。大臣。これは新参者でして、まだ礼儀がなっていないのです。どうか許してやって下さいませ。」
サクセーナ大臣の側近たちを束ねる秘書長を務めているカンドゥという男が慌てて言った。カンドゥ秘書長はサクセーナ大臣と同い年くらいでもう五十歳を超えていた。けれどサクセーナ大臣のような威厳は感じられなかった。それはくるくると変わる表情と似合わないちょび髭のせいだった。
「許しもなく勝手にしゃべるとは一体何を考えているんだ!?下がれ、下がれ。」
カンドゥ秘書長はその側近に向かって声を潜めて言った。けれどその側近はその場を動こうとはしなかった。カンドゥ秘書長は無理やり引きずって下がらせようとした。
「良い、続きを申してみよ。」
サクセーナ大臣が度胸をかって発言することを許した。
「サクセーナ大臣!?」
カンドゥ秘書長は驚いて声を上げた。サクセーナ大臣はそれを無視してその側近の話に耳を傾けた。その側近は落ち着いた口調で話し始めた。
「最近妙な噂を耳にいたします。王宮に見慣れない警備兵がウロウロしていると。」
「誰がそんなことを言っているのだ?」
カンドゥ秘書長が横から口を挟んだ。
「侍女たちです。」
その側近が答えた。
「ハハハ、侍女の噂話を真に受けるとは!」
カンドゥ秘書長が馬鹿にしたように笑った。周りにいた他の側近たちや報告しに来た二人の武官たちも思わず笑い出した。サクセーナ大臣も期待はずれだと言いたげな顔をした。けれどその側近はまるでこうなることを予想していたように、決して動じなかった。むしろ挑戦的に言った。
「侍女たちの言葉を軽んじるのは愚かなこと。彼女たちは王宮のことを誰よりもよく知っています。そして情報交換も欠かしません。彼女たちの言葉は信用するに足るものです。」
「なんて無礼な口を利くんだ!?」
カンドゥ秘書長が怒った。するとサクセーナ大臣が無言でカンドゥ秘書長を制止した。その顔にはさっきまでの呆れたような表情はなく、真剣そのものだった。その側近は言葉を続けた。
「もう一つ、妙な噂を耳にしました。兵士宿舎で、五人ほど兵士が行方不明になっているとか。しかもその五人というのが事件のあった日、王宮入り口の警備当番だったとか。」
その場にいた誰もが表情を変えた。もう誰も馬鹿にしたような目を向けていなかった。側近はうっすら勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「念のため兵士宿舎に行って、行方不明の五人の兵士の名前と当番表を照らし合わせたところ、誰一人間違いなく一致していました。また行方不明になった五人の前に警備に当たっていた兵士たちに聴取を行い、確かにその五人と交代したということも確認しました。」
手際のよさに誰もが舌を巻いた。
「五人の兵士はつい最近スターネーシヴァラ城へやって来た新参者で、名前をアマルト、アミト、アーナンド、ラメーシュ、ラーエ。行方不明になっていることが分かったのはハルシャ王子と祭司ラーケーシュ殿がいなくなった後でした。交代の者がやって来て五人の警備兵がいないことに気づいたのです。それまでは兵士の宿舎ではぼや騒ぎが起きていて、そちらに気を取られて誰も気づかなかったのだそうです。」
そこまで言ったところでその側近はいよいよ本題だというように息を大きく吸い込んだ。
「もし、侍女たちが噂していた見慣れない警備兵というのがこの五人だとすると、この五人はまだ確実に王宮内にいます。実は、スグリーヴィー侍女長は見慣れない警備兵がいるという侍女の報告を受けて、ちょうど事件が起きた日からこの見慣れない警備兵というのを見張らせていたのです。残念ながら事件は未然に防げませんでしたが、その後も見張りを続け、見慣れない警備兵を何度も王宮内で目撃しています。侍女たちの目撃証言があるのにもかかわらず、五人が兵士宿舎に戻っていないことを考えると、この王宮のどこかに潜んでいると考えるのが自然でしょう。」
一同が息を呑んだ。
「何ていうことだ!」
カンドゥ秘書長が最初に声を上げた。他の側近や報告をしに来た武官たちもざわめいた。誰もが動揺を隠せなかった。
「表を上げよ。」
そんな中サクセーナ大臣が重々《おもおも》しい口調で言った。その側近はゆっくりと顔を上げた。その側近の顔を見てサクセーナ大臣は無言のまま驚いた。それに気づいて、すかさずカンドゥ秘書長がまた慌てて説明した。
「この者は顔に火傷を負っているそうで、その…醜い傷が残っているんだとか。どうしても人に見られたくないと言うので、仮面をつける許可を出しました。」
その側近は顔の四分の三以上を仮面で覆っていて、左目と口元だけが見えていた。右目はわざわざ塞いであった。
「名は何と申す?」
サクセーナ大臣がその新参者の側近に尋ねた。最初は驚いたものの、もはや顔など気にしていなかった。サクセーナ大臣にはこの側近が恐ろしく頭の回転が早いということが分かった。
「ソミンと申します。」
ソミンは聞いたことがないほど澄み切った声で話した。まるで頭の切れの良さを反映しているようだった。
「ソミン、お前にハルシャ王子の捜索及び王子を襲った五人捜索の指揮官を命ずる。」
サクセーナ大臣はそう言った。武官ではなく、側近といえども文官であるソミンに指揮官を任せるのは異例のことだったが、誰も反対しなかった。むしろそれがふさわしいと思えた。
「ハルシャ王子を見つけ出し、五人を引っ立てよ。」
「ありがたき幸せ。」
ソミンは望むところという感じだった。サクセーナ大臣は報告しに来た武官に目を移した。
「今日のところはわしの指示通りに動け。だが明日からはソミン指揮官の指示に従うように。では行け!」
サクセーナ大臣が銅鑼のような声で命ずると武官は飛び出して行った。
サクセーナ大臣は側近たちに目を移した。
「明日のこの時間またここに集まるように。後はカンドゥ秘書長に従え。ソミン指揮官はここへ。」
サクセーナ大臣がそう言うと、カンドゥ秘書長が側近たちを集めて誰がどの仕事をするのか振り分け始めた。
ソミンはサクセーナ大臣の前に立った。
「任命状を書く。それを見せれば兵士も動かすことができる。」
ソミンは返事をしなかった。黙ったままサクセーナ大臣に視線を送っていた。
「まだ何か言うべきことがあるのか?」
サクセーナ大臣の方をじっと見ているソミンに気づいて言った。ソミンは一歩踏み出し、サクセーナ大臣にぐっと近づき、声を潜めた。
「とある証言によりますと、例の五人の兵士はとある方の紹介で王宮の警備兵になったとか。」
「何が言いたい?」
サクセーナ大臣も声を落として側近たちに聞かれないように尋ねた。
「お分かりのはずです。」
ソミンがほくそ笑んで冷たい口調で言った。
「わしには何が言いたいのかさっぱり分からん。」
サクセーナ大臣は突き放すように言った。ソミンはじっとサクセーナ大臣の表情を観察した。何か動揺の色はないかと探しているようだった。それに耐えられなくなったかのようにサクセーナ大臣は部屋から出るように命じた。
「もう言うことがないならばこれを持って出て行け!」
突然サクセーナ大臣が怒鳴ったのでカンドゥ秘書長や側近たちの目を引いた。
「ではこれにて失礼いたします。」
ソミンは任命状を受け取ると、素直にそう言って背を向けた。そして扉に向かって歩き、ドアノブに手をかけた時、思い出したように皆に聞こえるような大きな声で言った。
「例の五人内の一人には頬に十字傷があるそうです。」
「その仮面の下にその十字傷があるかもしれんな。」
サクセーナ大臣がからかうように言った。ソミンはそれを不愉快に思ったが、受け流した。
「サクセーナ大臣ならご存知のはずです。」
ソミンは捨て台詞を言って部屋から出て行った。




