第二十章 カルナスヴァルナからの刺客
第二十章 カルナスヴァルナからの刺客
二人は廊下を駆け抜けて階段を下り、王宮に部屋をもらっているサクセーナ大臣の部屋に向かった。そうすれば大臣の警護当たっている警備兵に助けてもらえるし、アジタ祭司長の言葉を伝えられるので一石二鳥だと思ったのだ。二人はサクセーナ大臣の部屋の前まで行ったが、警護兵は扉の前にいなかった。
「サクセーナ大臣!サクセーナ大臣!」
ラーケーシュは思いっきり扉を叩いた。けれど返事はなかった。
「ラーケーシュ、奴らが来る!」
ハルシャ王子が迫ってくる足音に怯えながら言った。
「こっちです。」
ラーケーシュは悔しそうに言った。二人は警備兵が確実にいる王宮の出入り口を目指した。
その後をさっきの二人組みの刺客たちが追いかけて来た。刺客の一人が走りながら短剣を取り出すとハルシャ王子目がけて投げた。しかし、短剣は運よく当たらず、床に刺さった。ラーケーシュは後ろを振り返ってぞっとした。
「やめろ、オモルト。証拠を残すな。」
もう一人の刺客が再び短剣を投げようとする男に言った。この男はオミトという名前でした。オモルトは口惜しそうに短剣をしまった。
ハルシャ王子とラーケーシュが死に物狂いで逃げていると、大勢」の侍女たちが昼食を乗せたお盆を運んでいるところに出くわした。ラーケーシュは侍女たちに向かって言った。
「逃げて!」
侍女たちはラーケーシュの警告を聞いてもキョトンとしていたが、後ろから剣を抜いた覆面をした警備兵たちが追いかけてくるのを見ると、悲鳴を上げ、持っていたお盆を放り投げて逃げ出した。
「どうする?」
オモルトが侍女たちを見て言った。
「放っておけ。顔は見られていない。」
オミトが言った。
ハルシャ王子とラーケーシュは王宮の出入り口まで来た。そこには常に警備兵たちがいて、不審者が王宮に入り込めないよう見張っているはずだった。けれどそこへ辿り着いた二人は愕然とした。
「いない!誰もいない。」
ラーケーシュが混乱したように言った。すぐ後ろには剣を持った刺客たちが迫っていた。
「早く逃げなきゃ!」
ハルシャ王子が言った。
「こっちです!」
ラーケーシュはハルシャ王子をつれて王宮から出た。
ラーケーシュは兵士が住んでいる宿舎に行こうとした。そうすれば運良く通りかかった兵士たちに助けてもらえるかもしれないし、そもそも大勢の兵士がいて、自分たちを守ってくれるだろうと思ったからだ。しかし、不運なことに兵士らしき人は見当たらず、ただ何人かの文官がこちらを見て悲鳴を上げただけだった。
さらに宿舎の近くにある木の陰に覆面をした警備兵が三人立っているのをラーケーシュは見つけた。彼らはラーケーシュとハルシャ王子の行動を予測して待ち伏せしていた刺客だった。しかし、ラーケーシュは並外れて目が良いので、すぐに三人にに気づいて道を引き返した。
「ハルシャ王子、こっちです。」
ラーケーシュは跳ね橋に向かった。
スターネーシヴァラ国の城は敵に攻め入られないように水堀があった。水掘はヤムナー川の水を引いて城をぐるりと囲んでいるので、跳ね橋を渡らなければ城を出て町に行くことも、町から城に入ることもできなかった。跳ね橋には検問所が置かれていて、今日もいつも通り城に入る人々の荷物を厳しく検査していた。
ラーケーシュは兵士たちに向かって叫んだ。
「助けて下さい!くせ者です。」
兵士は一斉にラーケーシュの方を見た。
「覆面した警備兵に追われているんです!彼らはおそらく刺客です!」
ラーケーシュがそう言うと兵士たち慌てて剣や槍を構えた。
「祭司様、こちらへ。」
兵士の一人がそう言って橋の隅に案内した。兵士は祭司の衣を着ているので、ラーケーシュが祭司だと分かったが、ハルシャ王子のことは見たことがなかったので、王子だとは分からなかった。まさかこんなところに王子が来るなんて思いもしなかった。
ハルシャ王子とラーケーシュの後から五人の刺客たちがやって来た。どうやら二人の男オミトとオモルトは他の三人の仲間と合流したようだった。五人の刺客たちは跳ね橋の所までやって来た。兵士たちは剣や槍を構えて威嚇したが、刺客たちは兵士たちを見ても怯む様子はなく、真正面から襲い掛かって来た。
兵士は三十人ほどいたが、五人の刺客たちは恐ろしく強く、あっという間に兵士たちを蹴散らしてしまった。刺客たちはラーケーシュとハルシャ王子の姿を探した。さっきまで橋の隅にいたはずなのに二人の姿はなかった。実は、形勢が不利だと察したラーケーシュはハルシャ王子を連れ、橋を渡ってスターネーシヴァラの町に逃げていたのだった。刺客たちはそれに気づいてすぐに橋を渡った。
ラーケーシュはハルシャ王子の手を引いて町中を走った。町はいつものように活気に溢れていて、大勢の人でごった返していた。二人は大通りを駆け抜けたが、誰も二人に気を留めなかった。祭司の姿をしたラーケーシュはともかく、身なりが良いだけのハルシャ王子がまさかスターネーシヴァラ国の王子だと町の人も誰も思わなかった。そしてまさか刺客に追われているとは夢にも思わなかった。
ラーケーシュはヤムナー川の船着場にハルシャ王子を連れて行った。そこまで来ると人はまばらだった。だからその分見つかり易くなった。ラーケーシュは無人の小船を見つけると、それにハルシャ王子を乗せた。
「ハルシャ王子、よく聞いて下さい。アジタ祭司長の伝言を聞いたのは私とあなたの二人だけです。大臣たちに知らせられなかった以上、アジタ祭司長のご命令を果たすのは私たちの他にありません。もたもたしていてはカルナスヴァルナ軍が攻めて来ます。一刻も早くアニル様を呼び戻さなくてはなりません。アニル様は聞いての通りタール砂漠の砂の牢獄にいます。ハルシャ王子、あなたがアニル様を呼び戻しに行って下さい。」
ラーケーシュは真剣な表情でそう言った。
「え?」
「ここは私が食い止めますから。」
ラーケーシュはそう言いながら船の留め縄を解いた。
「嫌だ。ラーケーシュも一緒に行こう!僕一人じゃそんなことできない!」
ハルシャ王子はラーケーシュの腕を掴んだ。
「ハルシャ王子、王宮に刺客が現われた以上、城はもはや安全な所とはいえません。危険です。お一人でスターネーシヴァラ城に戻って来ようというような考えはくれぐれも起こさないように。」
ラーケーシュはハルシャ王子の言葉を無視して、それだけ言うとハルシャ王子の手を振り解いて船を蹴った。
「ダメだ。ラーケーシュ、僕には何もできない!」
船は川の流れに乗ってどんどん遠ざかって行った。
「ラーケーシュ!」
ハルシャ王子は叫んだ。
「ヤムナー川の女神よ、どうかハルシャ王子をお守り下さい。」
ラーケーシュは祈った。川はラーケーシュの祈りを聞き届けたかのように船を力強く押し流した。ハルシャ王子の声が遠くに聞こえた。
入れ替わるように足音が近づいて来た。覆面をした五人の刺客たちだった。ラーケーシュは覚悟を決めて振り返った。
「ここから先には通しません!」
ラーケーシュはそう言うと、五人の刺客に立ち向かって行った。ハルシャ王子が追いつかれる心配がなくなるくらい遠くに逃げるまで時間を稼ぐつもりだった。しかし抵抗も空しく、ラーケーシュはすぐに押さえ込まれてしまった。地面に顔を押し付けられ、後ろ手に縛られた。
「おい、王子の行き先はどこだ?行き先を言えば命だけは助けてやる。」
五人の中でリーダー格の男がそう言った。この男の名前はアノンドと言った。
「私は何も存じません。」
毅然とした態度で言った。
「嘘をつけ!」
手を縛り上げていた男が怒鳴った。それでもラーケーシュは顔色一つ変えずに再び言った。
「私は何も存じません。」
ラーケーシュの様子を見て、アノンドはすぐには口を割らないことを悟った。アノンドが合図すると、頭を押さえつけていた男が強くラーケーシュの後頭部を殴って気絶させた。この男の名前はラエと言った。
「閉じ込めておけ。今はこいつだけが唯一の手がかりだ。お前たち二人は王子の捜索に当たれ。まだそう遠くには行っていないはずだ。」
アノンドがオミトとオモルトに言った。二人はその場を離れ、ハルシャ王子の後を追いかけに行った。
「カルナスヴァルナ国へこのことを報告しますか?」
アノンドにそう尋ねたのはロメシュという男だった。
「いや、子供一人逃しただけだ。大したことではない。それに狙いはかく乱させてカルナスヴァルナ国の挙兵に気づかせないことだ。失踪してくれるだけで用は足りる。だが、生かしておくわけにはいかない。王族の血は絶やせというシャシャーンカ王のご命令だからな。」




