第十八章 おしゃべりの家
第十八章 おしゃべりの家
まだ何も知らないスターネーシヴァラ国の人々は平和の中にあった。けれど城では異変を感じている者がいた。
「ねえ、ナリニー。最近見慣れない警備兵をよく見かけると思わない?」
王宮付侍女のギリジャーが洗濯籠を抱えながら声を潜めてナリニーに言った。
「見かけない警備兵?」
ナリニーが聞き返した。
「ホラ見て、あの兵士。腰に二本も剣を下げている人。ラージャ王がカルナスヴァルナ国へ行く前には見かけなかったわ。」
ギリジャーが洗濯籠を片手に一人の警備兵を指差した。ギリジャーの言うとおり、見かけない顔だった。
「本当だわ。」
ナリニーが驚いて言った。
「でしょう?」
ギリジャーはナリニーの顔を覗き込みながら言った。
「でも変ね。新しい警備兵が来たなんて聞いてないわ。」
ナリニーが見慣れない警備兵を訝しげに見つめながら言った。
「スグリーヴィー侍女長にお知らせした方がいいかしら?」
「私がお知らせしに行くわ。」
ナリニーはそう言うと、洗濯籠をギリジャーに押し付けた。
「ちょっと、ナリニー!」
ギリジャーは洗濯籠を二つも抱えてよろめきながら呼び止めた。けれどナリニーには聞こえていなかったらしく、パタパタと廊下を走って行ってしまった。
ナリニーは侍女たちが住んでいる『おしゃべりの家』に向かった。『おしゃべりの家』というのは侍女たちの宿舎のことだ。名前の由来は住んでいる侍女たちの話し声がひっきりなしに聞こえてくることだった。ここには王宮付の侍女だけではなく、スターネーシヴァラ城で働くすべての侍女が住んでいて、侍女たちは仕事をしながら、あるいは仕事の合間にここでおしゃべりを楽しんでいた。
建物の造りはまるで貴族の屋敷のようで、広い中庭と屋上がついていて、中庭には鳥小屋もあった。色とりどりの小鳥たちの声はみな美しく、侍女たちのおしゃべりに花を添えていた。
侍女たちの部屋もまるでお姫様の部屋のように豪華だった。大部屋一つに十人くらいの侍女が住んでいて、部屋には十台のベッドが並んでいた。ベッドにはそれぞれレースのカーテンが付けられていて、色とりどり並んでとてもきれいだった。部屋には共同のテーブルや椅子も備え付けられていて、ベランダもあった。
侍女たちが住む場所がこんなにも豪華なのには訳があった。それは祭司長が女性であった時代に建てられたものだからだ。当時もう古くなった侍女たちの宿舎を建て替えることになると、侍女たちは思い切って最新の流行を取り入れた建物にすることを要求した。時の王はもちろんお金がかかるので侍女たちの要求を退けようとしたが、祭司長が『ほとんどの侍女は一生の半分を城で過ごすので、侍女たちに気持ちよく働いてもらえるように住まいは居心地の良いものにするべき』と進言したところ、王はしぶしぶ侍女たちの要求を承知して、貴族の屋敷風の『おしゃべりの家』を建てたのだった。
ナリニーはおしゃべりの家のスグリーヴィー侍女長の部屋に行った。スグリーヴィー侍女長は自分だけの部屋を持っていた。ナリニーがノックもせずに部屋に飛び込んでくると、スグリーヴィー侍女長は机に向かって帳簿をつけているところだったが、何事かと驚いてナリニーの方を見た。
「スグリーヴィー侍女長、王宮に見慣れない警備兵がウロウロしています。」
ナリニーは開口一番にそう言った。
「何だって?」
「見慣れない警備兵が王宮にいるのです。何か聞いていらっしゃいませんか?」
ナリニーが尋ねた。
「あたしは何も聞いていないよ。それは確かなのかい?」
スグリーヴィー侍女長が疑うように言った。
「はい、ギリジャーもそう言っています。」
ナリニーがそう言うと、スグリーヴィー侍女長は恰幅の良い、どっしりとした体を椅子から起こした。
「伝達ミスがあったのかもしれない。私から王宮の警備隊長に聞いてみるよ。」
「王宮の警備隊長は特殊任務で城の外に出ていますわ。」
ナリニーがすばやく言った。
「そうかい。なら、副隊長に聞いてみるよ。」
「副隊長も城にはおりませんわ。盗まれた宝物を探しに遠くの町に行っていますもの。」
「しーっ!」
スグリーヴィー侍女長が慌てて言った。
「あら、ごめんあそばせ。」
ナリニーが失言をしてしまったというように手を口に当てた。
「まったく、お前って子は。宝物の件は王宮でも限られた者にしか知らされていないんだ。軽々《かるがる》しく口にするんじゃないよ。知ってても知らない振りをするんだ。それがプロの侍女というもんだよ。」
スグリーヴィー侍女長はナリニーを叱った。
「はい。」
ナリニーはしおらしい返事をした。スグリーヴィー侍女長はナリニーが反省したのを確認して、話を元に戻した。
「副隊長まで城の外に借り出されているとなると、兵士宿舎は相当な人手不足に見舞われてるってことだね。」
「仕方ありませんわ。ラージャ王のカルナスヴァルナ国行きと探し物が重なってしまったのですもの。」
「誰に相談しようかねえ。」
スグリーヴィー侍女長はそう言いながら真新しい髪飾りを触った。銀の小さな鈴がいくつもついた花の形の髪飾りだった。
「よくお似合いですわ。」
ナリニーはさりげなく言った。
「昨日、城に出入りしている商人から買ったんだよ。」
スグリーヴィー侍女長はうれしそうににっこり笑った。
「おっと、話が逸れてしまった。誰に相談するかだったね。武官や兵士は相当忙しそうだから文官に頼んで記録を確かめてもらおう。」
「誰か心当たりがありまして?」
ナリニーが心配そうに聞いた。
「もちろん、あたしを誰だと思っているんだい?王宮の侍女たちを取り仕切るスグリーヴィー侍女長様だよ。」
スグリーヴィー侍女長は得意げに言った。
「ソミン様に聞いてみるよ。」
「ソミン様?」
「異例の出世を遂げていらっしゃる選り抜きの文官だよ。話が分かると評判だ。」
ナリニーはソミンのことを知らなかった。
「私がソミン様に頼んで新参者の王宮警備兵がいるかどうか確かめてもらう。万が一ってこともあるかもしれないから、その見慣れない警備兵とかいうのに気をつけていておくれ。だけど指示を出すまで何もするんじゃないよ。」
スグリーヴィー侍女長は釘を刺した。
「分かりましたわ。ではすぐに他の侍女たちに知らせてきますわ!」
ナリニーはそう言うとスグリーヴィー侍女長の部屋から飛び出して王宮に戻って行った。スグリーヴィー侍女長は目立たないように行動しなさいと言おうとしたが、呼び止める間もなかった。