第十三章 カルナスヴァルナ城
第十三章 カルナスヴァルナ城
ラージャ王一行は長い旅路を終え、無事カルナスヴァルナ国に到着した。カルナスヴァルナ国の都は軍事要塞都市として機能しながらも、温暖な気候を利用して農業を盛んに行っていた。町の人々は真面目で善良そうな人ばかりで、優しい笑みをたたえてラージャ王一行がカルナスヴァルナ城に向かうのを眺めていた。
「良い町ですね。皆顔が生き生きしている。」
カルナスヴァルナ城に向かう馬車の中から外を眺めてラージャ王が言った。
「ラージャ王、むやみやたらに顔を出してはなりませぬ。ここはまだ友好条約を結んでいない国。どこに刺客が潜んでいるのか分かったものではありませぬ。城に入っても、いかなる時もこのアジタをお連れ下さい。万が一のことがあるといけませぬゆえ。」
「分かっています。」
ラージャ王は心配性のアジタ祭司長をなだめるように言った。東の強国カルナスヴァルナ国。それを治めるのは勇猛果敢なシャシャーンカ王。一介の軍事参謀から謀反を起こして国王になった男。ただ者ではないことをラージャ王も分かっていた。けれどシャシャーンカ王を恐れるよりも、どんな男なのか会って確かめてみたいという気持ちの方が強くあった。
ラージャ王一行がカルナスヴァルナ城の入り口の門をくぐると、門番の兵士たちが王宮の前まで一行を誘導した。王宮の入り口の前に馬車をつけると、カルナスヴァルナ国の数十人の文官たちと大臣らしき一人の男がラージャ王たちを出迎えた。ラージャ王はアジタ祭司長と一緒に馬車から降りて彼らの歓迎を受けた。
「スターネーシヴァラ王、よくぞ遠い所来て下さいました。私は大臣のサンジャヤでございます。」
サンジャヤ大臣は馬車から降りてきた若者がラージャ王であると一目で分かったようで、すぐにラージャ王の前に進み出て挨拶をした。
「初めまして、サンジャヤ大臣。私はスターネーシヴァラ国王ラージャ・ヴァルダナです。こちらはスターネーシヴァラ国祭司長アジタです。そしてアジタ祭司長の弟子たちです。」
ラージャ王にアジタ祭司長を紹介されると、サンジャヤ大臣は恐れ敬うように丁寧に挨拶をした。
「お噂はかねがね窺っております。お目にかかれて誠に光栄でございます。アジタ祭司長。」
「こちらこそ。サンジャヤ大臣。」
アジタ祭司長は丁寧に言った。サンジャヤ大臣は決してアジタ祭司長の顔を見ようとはしなかった。それは敬っているからではなく、心の内を読まれるのではないかと恐れてのことだった。アジタ祭司長は目を見て人の心を読むと噂されていた。
「今日はカルナスヴァルナ城にご滞在して頂くようにとシャシャーンカ王から言い遣わされております。王宮にお部屋を用意しておりますので、今日はそちらにお泊り下さい。」
顔を伏せたままサンジャヤ大臣が言った。
「お気遣い頂きありがとうございます。」
ラージャ王が礼を言った。
「文官の方々と兵士の方々は宿舎の方にご案内させて頂きます。荷物は家来たちが後でお部屋にお運び致しますので、どうぞそのままで。」
サンジャヤ大臣は事務的にそう言うとラージャ王の顔を見上げた。ラージャ王が何かに気を取られているのに気づいた。
ラージャ王は横目で建物の影にある兵士の訓練場の端を見ていた。よく鍛えられた兵士がズラリと並び、それぞれ剣を二本持って、二刀流の稽古をしていた。ラージャ王はスターネーシヴァラ国の兵士とは比べ物にならない質の違いに、思わず目を奪われてしまったのだった。サンジャヤ大臣はラージャ王があまりにも鋭い視線を送っているので何か感づいたのではないかと疑った。
「どうかなさいましたか?」
サンジャヤ大臣がラージャ王の顔を訝しげに見上げて尋ねた。
「いえ、別に。」
ラージャ王は何でもないというふうに優雅に言った。サンジャヤ大臣は特に警戒している様子がないと判断すると、再び丁寧な口調で言った。
「それではご案内致します。」
サンジャヤ大臣の後についてラージャ王たちは王宮の中に入って行った。先頭をサンジャヤ大臣が歩き、そのすぐ後ろをラージャ王とアジタ祭司長が並んで歩き、その後ろをサチンとシンハ、その後ろをアビジートとクリパールが並んで歩いた。アビジートはかなり緊張していて、顔が青くなっていた。そんなアビジートの様子を不安げにクリパールがチラチラ横目で見ていた。
王宮は石造りの荘厳な建物で、まるでシャシャーンカ王の威厳や用心深さを表しているようだった。華美な装飾は一切なく、落着いた色合いの壁掛けや厳めしい破壊神の像が飾られていた。ところどころに工事や補修の後があった。どれも新しいもので、シャシャーンカ王の時代になってから手を加えられたようだった。
「皆様、くれぐれもはぐれぬようお願い申し上げます。この王宮には敵に攻められた場合を想定し、いくつもの罠が仕掛けられております。むやみに壁や扉にお触れにならないように。」
サンジャヤ大臣がそう言うと、ラージャ王たちは緊張した面持ちで慎重に歩いた。ラージャ王はアジタ祭司長と時々目配せをし合って、危険がないことを確かめ合い、サチンは足元に眼を光らせ、シンハはサンジャヤ大臣がおかしな行動を取らないよう目で追い、アビジートはとにかく必死に歩き、クリパールは極限状態にあるアビジートを横目でしっかりと見張った。
サンジャヤ大臣はラージャ王一行に警告を発してから、一言も喋らずにひたすら前を歩いた。もともと無駄口を叩くような人物ではなかったが、理由はそれではなかった。サンジャヤ大臣は一行を待ち構える運命を知っているために自然と口が重くなったのだ。サンジャヤ大臣はラージャ王を暗殺することが残念に思えて仕方がなかった。ラージャ王が取るに足りない名ばかりの王であったなら、弱肉強食のこの世の定めに従うまでと、何の未練もなくシャシャーンカ王の前に差し出せた。けれどサンジャヤ大臣は一目ラージャ王を見てこれはシャシャーンカ王に引けを取らない名君であると分かった。にじみ出る教養深さと気品。シャシャーンカ王にはない、生まれながらの王としての気高さ。サンジャヤ大臣はラージャ王を殺すには惜しい人物だと思った。けれどシャシャーンカ王のため、カルナスヴァルナ国のためラージャ王を逃がしてやることはできなかった。
サンジャヤ大臣は立派な牙を持った獅子の頭が彫られている扉の前で止まった。
「こちらがお部屋です。」
サンジャヤ大臣はそう言って部屋の扉を開けた。
「晩餐の席でシャシャーンカ王がお会いしたいと申しております。晩餐の準備が出来次第お迎えに参ります。それまではどうかこの部屋からお出になられませんように。先程も申し上げました通り、この王宮の至る所に罠が仕掛けられております。万が一、その罠に陥ることがあっても警告致しました以上、私共は責任を負いかねます。」
サンジャヤ大臣は含みのある言い方をした。けれどラージャ王はその含みには気づかなかった。
「分かりました。」
ラージャ王は落ち着いた様子でそう答えた。
「ではまた後ほど。」
サンジャヤ大臣はラージャ王一行が部屋の中に入ったところを見届けるとその場を後にし、シャシャーンカ王の元へ向かった。