第十一章 三人の秘密
第十一章 三人の秘密
天幕から十分離れたところに来ると、アビジートは周りに人がいないかどうか確認してクリパールに尋ねた。
「クリパール、一体私は何をやらかしたんだ?」
「正気を失って、叫んでいらっしゃいました。」
クリパールははっきりと真実を伝えた。
「そうか。またやってしまったか。」
アビジートはショックを受けたようだった。
「一体私は何と言った?」
「魔術師だったとか魔術師ではなかったとか、あれはアニル様だったとか…。」
「そんなことを言ったのか!?」
アビジートは自分が言ったことに驚いた。
「はい、。けれど一番まずかったのはアニル様が恨んでやって来たと言ったことのようでした。」
アビジートの顔色が変わった。
「アニル様が恨んでやって来たと言った途端、サチン様もシンハ様もお顔の色を変えました。私が『アニル様が復讐しに来たというのはどういう意味ですか?』と質問すると、サチン様が私を怒鳴りました。そしてアビジート様を正気に戻そうと二、三回お顔を叩きました。」
アビジートは自分の失態を聞かされて恥じてか、それともとんでもないことを口走ってしまったと後悔してか、しばらく黙り込んだ。クリパールも最初は黙ってアビジートがまた話し出すのを待っていたが、あまりに長い沈黙だったので、痺れを切らして唇を切った。
「アビジート様、先程言っていたことはどういう意味ですか?」
クリパールは尋ねた。
「ああ、それは…。」
アビジートは言葉を濁した。
「なぜアニル様が復讐しにやって来ると言ったのですか?」
「正気ではなかったから…。」
アビジートははぐらかそうとした。
「サチン様もシンハ様もその理由をご存知のようでした。」
クリパールは畳み掛けるように言った。
「確かに四人の中で知らないのはお前一人かもしれないが、他の祭司は知らない。別に知らなくても良いことだ。」
アビジートはそう言ってクリパールから目を逸らした。
「アビジート様、話して下さい。」
クリパールは力強く言った。
「聞いて楽しい話ではないし、お前に話したことを二人に知られれば、私の立場もまずくなる。」
「アビジート様から聞いたなどと申しません。。」
クリパールはアビジートを逃そうとはしなかった。目を背けても視界に入り込んで頼んだ。アビジートは根負けしてしぶしぶ了解した。
「分かった。話す。その代わり絶対に誰にも言うな。」
「はい。」
クリパールは即答した。アビジートは念のためにキョロキョロと周りを見渡して誰か耳をそばだてている者がいないか確かめた。近くに誰もいないと分かると、神妙な顔をしてクリパールに向き直った。
「実は我々三人は証言をした。アジタ祭司長の前で。」
アビジートは声を潜めて言った。
「えっ証言!?」
「しーっ!」
アビジートは大きな声で聞き返してきたクリパールに声を落とすよう慌てて言った。誰か声を聞きつけてやって来るのではないかと心配そうに辺りを見回したが、誰も近づいて来るような気配はなかった。アビジートは話を続けた。
「我々はアニルの目撃証言をしたんだ。アニルが真夜中に宝物庫の方へ行くのを見たと。」
「それは本当ですか?本当にアニル様を目撃したのですか!?」
クリパールは驚いて言った。
「事件が起こるずいぶん前から我々はアニルの行動を見張っていた。」
アビジートは後ろめたそうに言った。
「え?」
「それというのも、アニルが魔術を使っているところを押さえるためだった。」
アビジートが弁解するように言った。
「アニル様が魔術を!?」
クリパールは思わず声が大きくなってしまった。すぐに気づいて口を押さえたのでアビジートは一睨みして、あとは何も言わなかった。
「知ってのとおり、スターネーシヴァラ国では祭司が魔術を使うのを禁じている。だがアニルはその掟を破り、魔術を使っていた。」
「そんな、まさか。」
「でも実際に見たのだ。私だけではなく、サチンもシンハも。」
クリパールは黙った。
「アニルは優秀な祭司だった。アジタ祭司長と同じ風の使い手で、風を操る特別な力を持っていた。その力もさることながら、その見識もすばらしかった。もはや我々の頭では理解できない分野を研究していた。魔術の分野を研究していたんだ。」
クリパールは驚いて目を見開いた。
「スターネーシヴァラ国でも魔術を研究すること自体は禁じられていない。魔術師の術を破ろうと思うのであれば、魔術がどんなものであるか研究することは必要だ。実のところ魔術を研究している祭司は大勢いる。皆口に出しては言わないが。アニルもその中の一人だったんだ。真夜中に隠れて魔術の研究を進めていた。夜な夜な研究塔に出かけるところを何人かの祭司が目撃していた。私とサチン、シンハも見た。
好奇心からある時、我々三人はアニルの後をつけて研究塔へ行った。そしてアニルが魔術に関する書物を読み漁っているところを見た。それだけならば良かったのだが、見たのはそれだけではなかった。床に魔方陣があるのを見た。
無論すぐにアジタ祭司長にお知らせした。アジタ祭司長と我々で研究塔に踏み込んだ。アニルはそこで古文書を読んでいた。アニルは部屋に踏み込んだ我々を見ても驚かなかったよ。『何か用ですか?』と不敵にもそう言った。アジタ祭司長はアニルを問い詰めたが、アニルはしらを切った。アジタ祭司長は床に呪文をかけ、魔方陣を浮き上がらせようとしたが、何も浮き上がらなかった。結果として、アジタ祭司長は我々が幻覚を見たのではないかとお疑いになられた。でも我々は断じて幻覚など見ていない。アニルは魔術をしていたんだ!」
アビジートは心にあるものを吐き出すように言った。
「なぜ魔術など…」
クリパールはまだ信じられないという様子で言った。
「祭儀に限界を感じて魔術に傾倒する優秀な祭司は少なくない。おそらく研究をしているうちに頭の中で理解するだけでは我慢できなくなって、実際に試してみたくなったんだろう。」
クリパールはショックのあまり言葉もなかった。
「アニルは我々を恨んでいる。現場を押さえようと見張っていた我々が宝物庫の方へ行くのを目撃し、告げ口したせいで追放されたのだから恨んでいて当然だ。でもそれは逆恨みだ。」
アビジートは顔に暗い影を作った。その影はアビジートの中にしみ込み、広がっているようだった。
「クリパール、さっきも言ったがこの話のことは知らない振りをしていてくれ。誰にも言うな。」
アビジートが暗い影を落としながら言った。
「分かっています。」
クリパールが元気をなくして静かにそう答えた時、アビジートの袖に黄色い紐がくっついているのが見えた。
「アビジート様、お袖に紐が。」
クリパールがそう言うと、アビジートは自分の袖に目をやった。そしてニコリと笑った。
「ああ、これは私の蛇だ。」
アビジートは袖にくっついていた紐を取り上げると手のひらに乗せた。よく見ると黄色い紐には二つの目玉がついていた。目も黄色だったのでまじまじと見ないと分からなかった。
「いつも連れていらっしゃるんですか?」
「いつもこいつが勝手についてくるんだ。」
「かわいらしいですね。」
クリパールは目を細めて言った。
「いいや、こう見えても結構凶暴なんだ。百匹以上蛇を飼っていたが全部こいつに喰われてしまった。もうこいつしか残っていないんだ。」
アビジートは黄色い蛇を愛おしそうに撫でながら言った。クリパールはその横で恐ろしげに蛇を見つめた。クリパールの記憶ではアビジートは体長六メートルくらいあるヘビも飼っていた。それもこの小さな蛇に食べられてしまったのかと思うと身震いがした。そもそも百匹以上いた蛇をこの小さな蛇が食べてしまったこと自体おかしな話だった。常識で考えて、こんな小さな蛇の胃袋に体長六メートルのヘビが入るはずがなかった。気味が悪いとクリパールは思った。
「そろそろ天幕に戻ろう。」
アビジートが言った。
「はい。」
クリパールはアビジートの顔を見てそう返事をしたが、すぐに黄色い蛇に視線を移した。アビジートの手のひらで黄色い蛇が尺取虫のようにうごめいていた。今夜自分がこの小さな蛇に食われるのではないかと心配になった。