人魚姫の旅立ち①
童話風を目指したい
私の母とは父とはどのような人物であったでしょうか。
生まれてこの方、私には 育ての親はいれども 父母はおりません。
人間に恋した母は、300年の命を捨て、声を捨て、愛する人に母の持てうるすべてを捧げども その恋叶うことなく 悲恋のまま命を絶ったそうなのです。
ならばこそ、私の父は誰なのでしょう。
海の底に住む私たち家族と違い、人間たちには少しも伝わりようがないもののように思える母の悲恋は『人魚姫』という名の御伽噺として今もなお語り継がれているそうです。
母は幸せだったでしょうか。
自身の恋は叶わなかったこと、私という命を宿したこと、長い命を捨てたこと。
少しの後悔もなかったでしょうか。
もし母が生きていたのなら、私の存在は辛いものであったでしょうか。
私の父は誰なのでしょう。母にとって私とは過ちであったでしょうか。それとも…
叔母たちは人間たちのことを少なからず恨んでいるようなので決して口には出せませんらが、私も年頃の娘らしく人間たちには興味を抱いております。
母の悲恋を思えば、恨み節の一つや二つ 娘として あるにはあるのですが、それもこれも私が嘆いたところで仕方のない事です。
それよりも母の恋した人のこと、私の父のこと、やはり 気になるものは気になるのです。
明日は15歳の誕生日。募る期待と不安はきっとお母様にもあったでしょうか。
「マリン、準備ができたのなら広間に来なさい。お爺さまにご挨拶を。それから最後の夜くらい、家族皆で過ごしましょう。」
私に父母はおりません。けれど 家族はおります。
5人のお姉様。
本当は母のお姉様なのだけど、叔母様と呼ぶことを許してもらえません。美しく個性豊かなお姉様。
それから美しいお髭が豊かなお爺さま。
淑女として大好きなお爺さまのお顔に頬擦りができなくなることが何よりも心寂しい。
私がため息と共に広間に入れば、たくさんの大好きな顔ぶれと15年間の今まで見たことのないようなご馳走たちが待っておりました。
「マリン。さあまずはお爺さまのところへ」
お姉様が先立って私の進むべき道を作ってくださいます。
お爺さまはそんな私たちをなにも言うことなく静かに見下ろし、見守ってくださいました。
「お爺さま、どうかこの親不孝者の我儘を、この海の楽園を離れることをお許しください。」
静かでした。先ほどまでざわざわと賑やかであった広間は皆、お爺さまの次のお言葉を待っています。
人魚の王であるお爺さま。厳格なお爺さま。
私がこの海を離れることは本来ならば人魚として許されぬことでしょう。けれども お爺さまは人魚の王としてお認めになられるのです。私がいる限り絶えることのない不要な火種を残さぬために。
「良い、許す。」
私は顔をあげれませんでした。私の旅立ちはお爺さまにとって、国王にとってせいせいするものであったでしょうか。やっと出て行ったと安堵するものであったでしょうか。
お姉様はずっとここにいていいのよ、とおっしゃいますがそう言うわけには参りません。
私は人魚ですが、半分人間でもあるのです。
「アクアマリン。其方は半分人間の血が通っているが為に、この海はさぞ楽園というにはほど遠いものであっただろう。そしてさらに楽園からはほど遠い地上に追いやる身内の辛辣なさま、どうか許してはくれまいか。祖父としては其方を手放すこと大変心苦しく思っておるのだ、愛しい我が娘よ。だが、この海の底を度々離れねばならぬ其方の行いは王としては見過ごせぬ。」
私はますます顔を上げることができなくなってしまいました。
予想だにしていなかった祖父としてのお言葉に、胸を熱くして。決して泣かぬと決めたのに。私の返事は格好悪くも上擦ったものとなってしまいました。
「マリン、明日はこれを着て行きなさい」
最後の晩餐を終え、寝所に戻るとお姉様たちがお出迎えしてくださいました。
「まあお姉様、なんて贅沢なんでしょう。こんなにもたくさんのフリルがついたお洋服 初めて見ました、人間のお洋服がこんなにも素敵なものだったなんて。」
私たちは基本的にあまり全身を包むようなお洋服を好みません
だからこのドレスを一目見て、これは人間のドレスだと言うことに気がつきました
「これはあなたの母親が最後に身につけていたものよ」
「お母様がこれを?」
それはクリーム色の大変肌触りの良いものでした。
「ありがとう、お姉様。大切に致しますわ」
地上での生活は不安も大きかったけれど、このお洋服は私にとって期待を予感させる素晴らしいものとなりました。