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お茶屋シリーズ

あなたのお悩み、お茶屋の天使が解決いたしますⅢ ~姉妹編~

作者: 森夜 景

 シリーズものの第三作目です。

 感想などをいただけると嬉しいです。

 季節はすでに夏になっていた。

 冷房がないと室内でもじんわり汗がにじみ出てくるような暑さにうなだれる。

 炎天下で活動をする人はさらに大変だろう。


 あなたは夏のお茶と言えば何を思い浮かびますか?

 麦茶という人が多いでしょう。


 麦茶の優れている点はミネラルが豊富なことと、カフェインがほとんど含まれていないこと。

 汗をかく夏にはぴったりのお茶です。


 さて、どうやら今日もあのお茶屋には誰かが来そうです。


 彼女はどんなお茶を出し、どのように悩みを解決するのでしょうか。




 それでは、第三幕の始まり・・・・・・






 肌を焦がすような強い日差しが続いている。

 熱中症関連のニュースが目につくようになってきている。

 麦茶のCMもよく見るようになっている。


 7月の後半にさしかかっているということもあり三番茶の収穫が最盛期を迎えていた。

 


 高校はすでに夏休みに入っていた。

 朝のお茶屋『一茶』ではいつものような親子の仲のいい声が響いている。


葉月(はづき)、お母さんそろそろ行くね」

 扉の前で靴を履きながら中に呼びかける。


「お母さん、ちょっと待て!」

 という声が足音ともに美和子(みわこ)近づいている。おそらく走っているのだろう。


「はぁ。はぁ」

 葉月は小さく息切れしている呼吸を整え、手に持ってきた水筒を美和子に差し出す。


「はい、これ麦茶。看護師さんが倒れたらだめだよ」

 「ニコッ」という効果音が似合いそうな明るい笑顔が葉月から放たれる。


「ありがとう。本当によくできた子ね。親の顔が見てみたいわ」

「もう、何を言ってるの」

 と言うと二人は見つめ合って笑った。


「それじゃあ、今日もよろしくね」

「うん。任せといて」

「いつもごめんね、任せっきりで」

「大丈夫。私が好きでやってるんだから」

 美和子が手を合わせて感謝を示しているのを葉月が両手で制した。

 いつものやりとりが二人によって繰り返される。


「それじゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 美和子は片手をあげながら別れを告げた。

 それに応えるように葉月も手を振って送り出した。






 そろそろお昼になる。

 葉月は朝から一人で店番をしていたが決して苦だとは思っていなかった。

 お茶が好きだということはもちろんだが、亡き父親が大切にしていたものを大切にしたいということもあるのだろう。


 葉月の父親、一茶 (ゆき)が受け継いだお茶屋。

 その雪が交通事故で亡くなってからもう三年が経った。


 その間葉月と美和子が、学生、看護師のそれぞれの本職をしながら二人三脚で守ってきた。

 雪の代の常連も二人を支えてきてくれた。


「やあ、葉月ちゃん。こんにちは」

 初老の男性がお店に入ってきた。


「あっ、時雨(しぐれ)さん。こんにちは」

 葉月は時雨の姿を見ると笑顔で挨拶した。


「ほほ、毎日偉いの。夏休みなんじゃないかね」

「はい。なので店番も心置きなくやれます」

「それは、それは。雪さんも大喜びじゃ」

 時雨は優しく頷いた。時間がゆっくりと流れているかのような錯覚を覚えるような頷き方だった。


 時雨は『一茶』の近くに住んでいる雪の代からの常連だ。


「今日はどうされましたか?」

 葉月は時雨に近づきながら聞いた。いつも通りゆったりとした足取りだ。


「いつもの茶葉はあるんじゃが、夏じゃし、麦茶の茶葉をいただこうかと思ってな」

「そうですね、もう夏ですもんね。わかりました。少々お待ちください」

 葉月は礼儀正しく礼をすると店の奥に茶葉を取りに行った。


「はいどうぞ」

 葉月は麦茶の茶葉が入った袋を時雨れに渡した。


「おお、ありがとう」

 時雨はその袋を受け取ると葉月にお金を渡した。


「それでは時雨さん、熱いので体調にお気をつけてください」

 葉月は帰ろうとしてた時雨に一言かける。


「ありがとう。葉月ちゃんは優しいの」

「そ、そんなことは」

 と言いながらも葉月は少し照れた。


「葉月ちゃんも体に気をつけての」

「ありがとうございます」

 時雨の言葉に葉月は素直に感謝した。


「お、そうじゃ、そうじゃ」

 店を出ようとしていた時雨が何かを思い出したかのように立ち止まった。

「どうかしましたか?」

 その様子に葉月も反応した。


 時雨はゆっくりと葉月の方を向くと、

「『着物は長持ちから、茶はかんすから』じゃよ、葉月ちゃん」

 と言って再びむき直して店から出て行った。


 時雨の後には涼しげな風鈴の音色が響き渡っていた。






 夏でも夕方になると暑さも和らぐ。

 『一茶』もこの時間帯になると段々と人の出入りが少なくなってくる。


 だが、そんな『一茶』に一人の女性が入ってきた。


「いらっしゃいませ」

 葉月は店に入ってきた女性に挨拶をした。葉月よりは、年上のようだが初々しさもあった。二十代前半か。


 暑さのせいなのか額には汗がにじんでいた。どこか元気もなさそうだ。それが暑さのせいなのか、それとも心のせいなのか・・・・・・


 葉月はその女性の元まで歩み寄った。

「どうかされましたか?」

 葉月はそっと声をかけた。


「・・・・・・」

 女性が無言で葉月の方を向いた。

 葉月は驚いた様子もなく笑いかけた。


「・・・・・・あの、ここ、お茶って飲めますか?」

 ようやく女性は口を開いた。


「はい、飲めますよ。すみませんがお名前をお伺いしてもよろしいですか?私の名前は一茶 葉月と申します」

「・・・・・・(みささぎ) (あおい)です」

 葵はなぜ名乗らないといけないのかわからなかったが、相手に名乗られては自分も名乗らないといけないと感じるのが日本人だ。


「では陵様」

「そんな堅く呼ばないでください。葵でいいですよ」

 さすがに様付けで呼ばれるのはいやだったようだ。


「では葵様」

「『様』って・・・・・・『さん』ぐらいでお願いします」

 ため息をつきながら葵が答える。


「では葵さん。ここはあなたにあったお茶を出すお店です」

「私に合った?」

 何を言ってるんだ、と言いたげな顔をする。


「そうです。今の葵さんにぴったりの常態にあったお茶です」

「・・・・・・」

 説明が全く深くなっていないので葵の困惑は解決されなかった。


「とにもかくにも立ったままでは大変なので座りませんか?」

 葉月は長椅子を指さした。

 葵は流れをつかめていなかったが、なんとなく座ってもいいかも、と言う思いを抱いていた。

 それに確かに(つむぎ)姿の葉月は大変そうだとも思っていた。


 二人は長椅子に隣同士になって座った。

「それで葵さん、お店に入ってこられたとき少し元気がないように見えましたがどうかされましたか?」

 葵は驚いて葉月を見た。


 普通初対面の相手にそんなことをストレートに聞く者はいないと葵は思っていた。

 しかしこういう状況になれているのか葉月は落ち着き払っていた。


「大丈夫ですよ、誰にもいいませんから」

 葵は葉月の「大丈夫ですよ」という言葉になぜか安堵した。まるで、自分がほしかった言葉のように・・・・・・


 別に誰かに言われるのではと思っていたわけではないのに葉月の言葉に安心感を覚えた。

 葵はその「大丈夫ですよ」を自信の悩みに対する言葉だと思ったのだ。


「・・・・・・実は、私には二つ年上の姉がいるんです」

 その安心からか葵の心の声が外に出始めた。


 葉月には人を安心させ、心の声を聞く()()()()()がある。

「私の姉は小さな頃からスポーツ万能で、勉強の優秀でみんなの人気者でした。そして私はそんな完璧な姉といつも比べられてきました」

 葉月はその言葉を黙って聞いていた。


「厳格な両親からはいつも怒られてばかりでした。『どうしてお姉ちゃんにできることがあなたにはできないの!』って、ほとんど毎日言われてました。勉強でもスポーツでも足下にも及ばなくて、ふがいなくて・・・・・・結局私はどちらも諦めて絵を描くことにしたんです」

 少しずつ葵の声が涙ぐんできた。


「でも親は私を認めてくれませんでした。姉は名門の国立大学に進学しましたが、私は芸術大学に行きました。それで私はキャラクターデザイナーになったんです・・・・・・」

 そこで葵は言葉を切った。


 葉月が目をやると葵の手が膝の上で震えていた。

 葉月はそっと自分の手を重ねて包んだ。


 そのぬくもりが葵には心にも伝わってきた。

「・・・・・・でも、やっぱり両親は研究者になった姉と比べて『何をふざけてるんだ!』って。それどころか今の仕事を辞めて就職し直せと。『姉のようになれないのならせめてまともな職に就け』っと」

 葵の目に涙がたまり、一粒、また一粒と流れていく。


「それでも私は今の仕事が好きで・・・・・・でも、それじゃだめなのかなって・・・・・・私、どうしたらいいのかわからなくて・・・・・・」

 「うっうっ」という嗚咽が聞こえる。


「すみません。少し席を外します」

 と言うと葉月はすっと席を立った。

 そして店の奥へと消えていった。


 (私、何で泣いてるんだろう・・・・・・)

 心の中で自問した。


 (私、何で年下の女の子の前で泣いてるんだろう・・・・・・)

 (やっぱり私ってふがいないな・・・・・・)

 (私ってだめなんだ・・・・・・)

 (今の仕事もだめなのかな・・・・・・)

 (もう、だめだ・・・・・・)

 葵の心の中は負の思い出いっぱいになっていた。


 すべてを諦めかけていたそのとき、

「葵さん、お待たせしました」

 頭の上から()使()の声が聞こえてきた。

 葵が顔を上げるとそこには()使()の笑顔があった。


「お茶を持ってきました」

 と言うと葉月はお盆の上に置いたティーポットとティーカップをお盆ごと椅子の上に置いた。

 ゆっくりと葉月が座る。


「セイロン紅茶、その中でもキャンディのアイスティーにしました。」

 葉月がティーポットからアイスティーを注ぐ。


「セイロン紅茶?キャンディ?」

 聞き慣れない名前に少し戸惑った。


「セイロン紅茶というのはスリランカという島でとれる紅茶の総称のことです。キャンディの他にも、ディンブーラ、ウバ、ルフナ、ヌワラエリヤが有名です」

「はあ」

 葵は葉月から受け取ったお茶を見ていた。


 アイスティーなのでほどよく冷たく、ほんのりと甘い香りがしていた。

 その匂いが妙に心地よくて葵は鼻の近くに持って行き匂いを嗅いだ。


「ふふ、いい匂いですよね」

 その光景を優しく見守りながら声をかける。

 葵ははっとしてコップを花から遠ざけた。


 どうやらもう涙はひいたようだ。

「それで、セイロン紅茶というのは同じ島でとれるんですが全く特徴が異なるんです」

 葉月が話しを続け始めた。


「今回のキャンディは渋みが少なくマイルドなのが特徴です。しかもオレンジ色がとってもきれいなんですよ。なのでアイスティーにもとっても合うんですよ」

 葉月が葵に笑いかける。優しく、温かな笑みだった。


「他にもルフナはコクのある味わいでミルクティーによくあったり、ヌワラエリヤは香りがとても高かったり、ウバはミントのように爽快な他にはない独特の香りがするんですよ。あとディンブーラはバラのような香りがして色も深いルビー色になります。同じ島生まれなのにみんな違いますね。まさに同じ家に生まれて違いがある葵さん姉妹のようですね」

「えっ」

 不意に自分の名前が出てきた驚いた。

 紅茶の雑学かと思っていたので自分につなげられるとは考えもしなかったのだろう。


「別に私はこの紅茶が一番だとは思いません。それぞれに良さがあって、それぞれが一番なんです。葵さんもそうじゃないですか。お姉さんにはお姉さんの、葵さんには葵さんの素晴らしいところがあります」

 葉月は葵の手を握った。

 優しく、力強く。

 温かさが伝わるように。


「葵さん、『着物は長持ちから、茶はかんすから』という言葉を知っていますか?」

「い、いえ」

  初耳だ、と葵は思った。


 葵は葉月の目の中を見た。

 その目は透き通っていた。決して自分の知識をひけらかそうとしているのではない。純水に自分に聞いているのだと思った。

 そしてそれが自分のための言葉だともわかっていた。


「『長持ち』は着物などをしまう長方形の箱のこと、『かんす』はやかんや茶釜のことを指します。求める物によって置き場所が違うためそれぞれのある場所へ行く必要があると言う意味です」

 葉月は言葉の意味を伝えた。『教えた』のではなく『伝えた』。


 葵はその言葉の意味を理解した。

 葵は葉月がなぜその言葉を自分に伝えたのか、その意図を理解した。

 理解したからこそ涙があふれてきた。


 止めようと思っても止めることのできない涙。

 悲しさから来たのではない。

 (私はきっとこの言葉を待ってたんだ・・・・・・)

 それは葉月に対する()()だった。


「葵さん、私は同じ家に生まれたからと言ってお姉さんと同じにならなくていいと思います。セイロン紅茶のようにそれぞれに個性がある方がいいと思います。個性があるからこそそれぞれが輝くことができる。個性を輝かせるために自分が進むべき道を歩むべきだと思います。ご両親がまともな職とおっしゃったようですが何を基準にまともなのでしょうか。学歴を必要とするか否かですか。私はそうは思いません。まともな職というのは()()()()()()()()だと思います。そして私は葵さんにとってのまともな職は今のお仕事だと思います。葵さんがなりたいと思い、自分の技術を高めて得たお仕事。それこそが大切だと思います。お姉さんでは歩むことのできないあなただけの道。葵さん、どうか前を向いてください。顔も心も前を向いてください」


 葵の視界はぼやけていた。

 だが、はっきりと()()()

 そこで()使()が自分に向かって笑いかけているのを視た。


「葵さん、お茶をどうぞ。これは私からあなたへの、あなたのためのお茶です」


 葵は手に持っているお茶を飲んだ。

 鼻腔をほんのりと甘い香りがくすぐる。

 口当たりは爽やかで自分の悩みをすべて洗い流してくれるようだ。

 おそらくこれも考えてのことなのだろう。


「ふっ」

 葵は小さく笑った。

「美味しいですね。それになんだかすごく(あった)かいです」


「えっ、冷えてませんでしたか?申し訳ありません」

 慌ててお茶の温度を確認する葉月を葵はきょとんと見ていた。


「いや、あの、そうじゃなくて・・・・・・ふっ、ははははは」

 言葉を続けようとしてなぜかおかしくなった。

 もう泣いてはいなかった。

 だがその顔にはいつまでも残りそうな笑顔があった。






「今日は本当にありがとうございました」

 すっかり落ち着いた葵が頭を下げる。

「いえ、そんな。頭を上げてください」

 葉月は必死になって葵を止めた。


「本当にどうお礼をしていいかどうか」

 頭を上げまっすぐに葉月を見つめる。

 まっすぐに見つめられ葉月は少しほおを赤らめた。


「大丈夫ですよ。それよりこれからどうされるんですか?」

「それは・・・・・・」

 トゥルル。トゥルル。トゥルル。

 不意に葵の電話が鳴った。

 葵は電話に出ようかどうしよう迷っていたが葉月が促したので電話を取った。


「葵です。はい・・・・・・はい・・・・・・それは本当ですか!もちろん喜んで!はい!・・・・・・はい!ではまた明日。わかりました。ありがとうございます!」

 終始お辞儀をしながら葵は電話を切った。


「どうされました?」

 最初の心配そうな聞き方ではない、期待に満ちた聞き方だ。


「そ、それが。有名なアニメの第二期のキャラクターデザインを任されることになって」

「おめでとうございます!」

 葉月は葵の手を取って激しく上下に振った。


「し、信じられないです・・・・・・」

「それは葵さんの力ですよ!すごいです!」

 葵は現実を受け止められていなかったが、目の前で自分のように喜んでいる葉月を見て実感が湧いてきた。


「や、やったー!」

 葵の声が店に響いた。


「これから両親にも自分の思いをはなそうと思います」

 落ち着いた葵が言う。


「そうですか。頑張ってください」

 それだけで二人には十分だった。

 それほど二人の中は深まっていた。


「あ、あの・・・・・・」

「どうしました?」

 これ以上何を言うんだろうと葉月は思った。


「あの、またお茶を飲みに来てもいいですか!」

 少し心配そうな目をしている。


 だがそんな心配はいらなかった。

 なぜなら、

「もちろんですよ」

 葉月の笑顔は営業スマイルではなく本物だった。






 今日も天使に救われた人が生まれた。

 さあ、次は誰か。


               


                     ー完ー

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