1.向こうから来てくれるなんて考えたことなかったよ
ケモミミはいいぞ。
シッポもいいぞ。間違いない。
そして、それに付随するもふもふは……最高です。
「うああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
自然とそんな声が出た。
五月上旬、桜が散り始める季節。まだ太陽が昇り始めた、薄暗い朝方の教室で私、春秋佐奈は自分の席に突っ伏して嘆いていた。
私はケモミミスト──つまり、ヒトにケモノのミミとシッポが生えた生物が大好きな人なのだ。いつからかは分からないが、とにかく物心ついた時から無意識に好きだった。それはそれは、【半人半獣】が出てくるアニメや漫画や写真集とかドラマとかと四六時中チェックするほどで。
それほど執着していた私は、高校進学に合わせてお父さんとお母さんに死ぬほど頼み込んでやっとここに引っ越してきたのだ。
日本で半人半獣がヒトと同様に住むことのできる場所。いわゆる都会。ここなら生で半人半獣を見れるに違いない……! あわよくば友達にも……ふふふ……。
と下心満載で意気揚々と引っ越したものの、街中じゃ全然見ないし、学校内を走り回って探しても見当たらず。我慢ならなかった私は今日の朝一番に先生に聞きに行ったのだけれど──。
この学校の生徒に半人半獣はいない。と言われてしまったのだった。
「うぅぅぅぅぅっっっ……」
まあそうだよね、基本家飼いだしそもそも数少ないし、学校に通わせるなんて大金持ちのやることだよねそうだよね。
どんよりとした気分に陥っていた私の頭を、誰かがぽんと叩いた。
ゆっくりと頭を上げて薄目を開けると、そこには幼馴染の稲荷山瑞穂が怪訝な表情をして立っていた。
「なーにしてるのー? そんな寝不足みたいな格好して」
「うぅぅ……。だってぇ、だってさぁ……居ないなんて言われたら、わざわざこっちに来た意味ないじゃんぅぅ……‼︎」
前から半人半獣を探していることを話していたミホには、何の話かすぐに伝わったみたい。さすが私の幼馴染。つよい。
「まぁまぁ、そう泣きなさんな。ほら、この学校に居ないからってこの地区にいないって決まったわけじゃないし」
私の頭を撫でながら、ミホは宥める様にそう言ってくれる。けど、
「でも! 学校の外だと友達になれる確率がっ!」
私はお近づきになりたいのです!
「まー義務じゃないらしいし、ね。もしかしたら転校生とかで来るかもよー?」
ミホはポケットからハンカチを取り出して私の手のひらに置きながら、楽観的なことを言った。
半分冗談も混じってる気がするけど、私は本気だし!
「確率低すぎるよ⁉︎」
「うんまあ、そだよねー」
やっぱりミホも知ってるじゃん。
心の中で少々文句を言いながら、ミホの貸してくれたハンカチで痕にならないうちに涙を拭く。そして、一旦広げて、
「あ、鼻はかまないでね?」
えー。
* * *
「ホームルーム始めるぞー。席につけー。そだ、春秋ー」
クラスメイトがほぼ全員集まった始業直前のこと。
教室に入り教壇に立った先生がクラスメイトの皆を席に座らせると同時に、私のことを呼んだ。先生はバインダーに挟まれた紙を確認して、
「存分に期待しとけ」
とニヤッとした顔でそう私に伝えてきた。
えっと、なんだろ? 存分に、期待しとけ⁇ あっ、もしかして。
「屋上行けるようになった?」
「いや、この流れでそれはないでしょ」
前々からなんとなくで申請していた屋上立入の許可の事を言ったら、ミホに否定された。違うのかー。
「えー、今日は最初に……。ふふ、一回言ってみたかったんだよなーこれ。なんと、このクラスに編入生が来ましたー! おーい、入れー」
依然としてニヤニヤしている先生が、廊下に向かってそう言うと、引き戸が軽くガラガラと音を立てて開いた。そこから教室に入ってきたのは──。
「……うぇぇ⁉︎」
背がとっても低くて、小柄で、まるで小学生なんじゃないかと思うほどの体に、ケモノのミミとシッポが付いていた。あれは、ネコ族かな。……じゃなくて! 夢? 夢ですかこれ⁇
私の声を皮切りにして、さっきまで静かだった教室が一転、みんなの声で騒めきに変わっていく。
「ミホちゃん……これ、夢じゃないよね……?」
「頬でも抓ってみれば?」
「痛そうだからやめとく」
教室に入ってきた編入生はその小さな身体を目一杯伸ばして、黒板に自分の名前を物凄く丁寧に書いていく。小さくも大きくもない丁度いいサイズで書かれた文字は【ルミア】だった。
「ルミアって言います。よろしくお願いします」
透き通った綺麗な声で発せられた手短な自己紹介に、私は呆然とした。見た目だけじゃなくて声も完璧かあの子……。
みんなも同じ様なことを思ったのか、騒めいていた教室は一瞬で静かになった。
「席はえーっと……あそこだな」
先生が窓側の一番端、ちょうど今日の朝に付け足された席を指差してルミアちゃんをそこへ誘導する。
待って、こっち来る、えと、え? え⁇ って私の隣ですか⁉︎
開いてる席は私の右隣しかない。いや絶対ここでしょ、終わった。
ゆっくりと歩いて近づいてくる。それと同時に顔も良く見えるようになってくる。
百四十センチあるかないかの小さな身長にとても長い桜色の髪。青く染まった目はぱっちりとした丸目で、それは少しつまらなそうにじっと見つめるような、いわゆるジト目だった。肌も真っ白で綺麗だ。
あっほんとに隣の席だった、待って尊い眩しすぎる──!
「ほら、話しかけちゃおうよ、サナ。って、サナ?」
「あわわわわわわわわわ……」
その日、私は早退した。