感謝の気持ちと情けない気持ち
「それで、えっと……」
着て、一息ついたところで、名前を訊ねる前にしなきゃいけないことを思い出したので、まずはそこから。
「まずは、助けてくれてありがとうございます。
あの『骨』から、僕を助けてくれたんですよね?」
「まあ、成り行きよ。気にしないで」
「それでも、ありがとうございます」
座ったまま改めて、しっかりと頭を下げる。
「……そんなことされると、申し訳なくなるからやめて」
「え?」
「あなたを気絶させたのは私だから」
「ん……?」
言われて、もしかして、と気付く。
転がっている時に感じた全身の痛みは、まあ転がりながら石や岩にぶつかっていたからだろう。
となれば、気絶するキッカケになった後頭部の痛みこそが、この人の言っている原因だろうか。
「いや、それこそ申し訳なくなるんで……醜いものを見せたのは僕ですし」
「でも……」
「だいたい、ちょっと変態的なことを考えてしまったりもしましたしね……」
小声で言った言葉に少しだけ首をかしげるが、すぐに無関係なことと受け取ったのか、話を続けてくれる。
「だったら、図々しい提案だけど、このことはもう終わりってことで良い?」
「それで良いですよ。
あ、でもそれなら、どうせなら色々と教えてほしいんですけど」
「なに?」
「ここって、どこですか?」
「……どういうこと?」
顔を上げて訊ねた僕の疑問に、意味が分からないとばかりの表情を浮かべられる。
まあ、そりゃそうか。
ただこの世界──もしくはこの世界のこの国の人にとってこの山は、それなりに有名であることは分かった。
「実は僕、この国の人じゃないんです」
「ああ……」
と、何やら納得してくれる。
鎧とか着てる、僕の世界ではあり得ない紅い髪の女性からしてみれば、こんな山中で布一枚でいる男なんて、何やら特殊な事情でもない限り、それこそ普通の事情では“あり得ない”ように見えるだろう。
「ここはカノリス山。火の参照データ資源が豊富な山よ」
「火の参照データ資源……?」
「……参照術も知らないなんて……あなた、どれだけ世間知らずなの?」
呆れられてしまった。
それほど当たり前のことなのだろうか。
「さすがにソレを教える気は起きないから、自分で考えて」
「んな無茶な」
と言ってはみたものの、逆に僕が、こんな夜の山中で算数を教えてくれといい大人に言われたとして、果たして教える気が起きるかというと、絶対に起きない自信がある。
彼女の反応は至極真っ当だとも思えた。
「それとも、あなたの国では参照術が無かったとでも言うつもり? 今どきそんな国があるとは思えないけど」
それぐらい当たり前のことなのか……例えで出した“算数”と同じぐらい、この世界では広まっている学問のような何かなのだろう。
「ともかく、有力な資源が取れる山だとでも思っておいて。
で、その分ここはかなり危険な場所なの。
今は年に数回しかない騎士団派遣のおかげで、その危険はある程度取り除かれてるけどね」
「え? じゃあさっきの『骨』って、そこまで危なくなかった?」
「危ないわよ。少なくとも、参照術も知らない武器も持たない服は一枚だけの薄着、なんていう格好をした人にとってはね。
アレだけは仕方がないのよ。他の危険とは違って、アレだけは一日経ったら復活する代物だから」
「じゃあ、ここにいたら危ないんじゃないですか? って、そんなはずもないですね」
言ってから気付いたが、今いる場所はさっき一度溺れかけた温泉の近くではない。
それに、転がり落ちた坂道の近くでも、僕が最初に目が覚めた場所でもない。
あの『骨』をこの人が倒してくれた上であの場から離れているのなら、確かに問題はないか。
「ということは、ここまでも運んでくれたんですね……本当、何から何まで」
「そのことはもう終わりだって話したはずよ?」
「え? これもですか? 普通に感謝したいんですけど」
「その都度私が申し訳なくなるから終わり」
……なんて優しい人なんだろうか……!
「ともかく、これでこの場所の説明は終わったから。もう休んだら?」
「え?」
「目が覚めたといっても、頭を殴ったのは確かよ。あまり長い間起きてるのも問題だしね。
火の番なら私がしておくから、遠慮せず休んでおいて」
「それは……」
とてつもなく申し訳ないけれど、だからといって代われるほど僕に体力があるはずもない。
「……それじゃあ、お言葉に甘えて……」
異世界に来ても誰かに助けてもらってばかりな自分を、心底情けなく思う。
でもここで無茶をしても、逆に迷惑をかけることになるのは、長い入院生活で身にしみている。
だから、そんな悔しいという気持ちを押し殺し、気持ちを落ち着けて眠れるよう努めた。
いい加減山から降りたいですねぇ~……。