意外な再会
すぐに捕まってしまう。
……そう思っていたのに、意外にも、すぐには捕まらなかった。
僕の遅い足で、逃げ続けることが出来ている。
…………。
ダメなことは分かっている。
分かってはいるが、走りながらつい、後ろを振り向いてしまった。
そこで初めて、僕を後ろから刺し殺そうとしていた人の姿を見た。
背は、今まで見てきた子よりも高い。
むしろ僕と同じぐらいかもしれない。
ただ、追いかけてくるその手に持つ槍を構えた場合の距離を考えると、確かにギリギリ籠の中身は見えないだろう。
顔は端正でキレ長の瞳。
僕の世界でモデルだと言われても納得しそうな程スラリとしている。
こんな追いかけられている状況でなければ、じっくりと眺めていたい程だ。
水着姿だし。
ただ他の子とは違ってパレオを撒いている。
それのおかげなのか腰の位置も高く見えるしで、羨ましい。
しかし、こうして見ていて気付いたが……この僕とそう足の速さが変わらない。
槍を持っているから遅いのかとも思ったが、もしかしたら元々、足の遅い子なのかもしれない。
これなら……撒けるかもしれない。
なんせ今の僕は、体力がある。
逃げる速度は遅いのに、歩き続けるだけなら疲れることがない。
このまま距離を詰められないのなら――
――足を引っ掛けられたのは、そんな時だった。
「っ!」
盛大に、という言葉がドンピシャと当て嵌まるだろう。
顔から、地面に転がった。
……ビックリするほど、痛みがなかった。
その瞬間はただ、驚きしかなくて……。
時間が経って、ようやく――転がされたのだと理解して、やっと……顔が、転げた時に真っ先に落ちた肩が、土と擦り合わせた膝が、太ももが……痛くなった。
「いっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっったあああああああああああぁぁぁぁ……!!」
絞り出るような声。
悲鳴にすらならない。
ここまでの痛みはもしかしたら、まだやんちゃだった子供の頃に一度、あったかなかったがぐらいだ。
「この人間がそう……?」
「はい」
斜め後ろからの声に、痛みが走る箇所を押さえながらも、何とか顔を上げてそちらを見る。
同じく、水着姿の女の子がいた。
道を挟んだ反対側にも。
合計三人の女の子に囲まれている。
ああ……そりゃそうか。
足が遅いことぐらい自覚しているはずだ。
だったら逆に、獲物や逃走者を追い込む術ぐらい、身につけていて当たり前だ。
相手は戦闘慣れしている世界の人間だ。
僕の平和な世界の常識に当てはめて考えること自体が、誤りだ。
「殺すべきじゃない?」
「そのハッタリを言うってことは、少なからず何かを知ってる」
「それをプラスと取るべきか、マイナスと取るべきか……」
ハッタリ? どういうことだろう?
小さな子供らしい、高く可愛らしい声の中に混じって聞いてみたかったが、何か言葉を口にした瞬間、殺されそうな気がしてならなかった。
なんとなく、そんな気がしてしまった。
臆病なだけかもしれないけれど。
「殺さないでもらっていいかなっ」
本当に殺されそうになったら何と言おうかな、と考えていたその耳に、聞き覚えのある声。
思いもよらぬその声に、身体中に走る痛みも忘れて、手をついて少しだけ身体を起こし、僕を追いかけてきていた女の子の後ろを見てしまう。
その僕の首元に、槍の穂先が突きつけられるが……さっきまでとは違い、殺されそうな気は無かった。
「その人は、私に預からせてもらえない?」
「……あなたは、ただのこの集落の裏切り者でしょ? そのお願いを聞く理由があると思ってる?」
「裏切ったからこそ、あなた達にとっては表立っての味方じゃない。
それに、今すぐ殺さないといけない理由も無くなったでしょ?
わたしが知り合いだって分かったんだからさ」
コハクのその説得に、渋々ながらも、突きつけていた槍の穂先を離してくれた。