追いかけっこ
背中に軽く触れるその感触で分かる。
尖ったものが、当てられている。
あと一歩、この人が踏み込むだけで、僕は傷ついてしまうだろう。
いや、その力次第では間違いなく、死んでしまう。
……ある意味では狙い通りだった。
気付かれる時は、相手がこちらを脅せるタイミングで。
でなければ、いきなり突き殺されていたかもしれなかったから。
その可能性を淘汰しておくための行動。
ただの人間である以上、ちゃんと見つかれば、いきなり殺されることはないだろうと踏んでいた。
そしてこうして脅された時、しようと決めていた演技プランがある。
後は……この恐怖心を抑えられるかどうか。
あまりにも演技が下手にならないかどうか。
その二点に掛かっている。
「…………」
無抵抗を示すために、両手を軽く上げる。
心の中で一度、深呼吸。
……さあ、腹を括れ。
恥じらいを捨てろ。
しっかりと、演技をするんだ。
「おいおい、話が違うじゃねぇか」
「?」
「全員寝てるって話だったのによ。誘拐に来たのに話が違うじぇねぇか」
コハクが話していた嘘。
それを流用した僕の嘘。
テントの中で寝ている彼女たちを拐いに来た、普通の人間のフリをする。
そうすればただの兵士は、自分の上司に色々と聞いてみないと殺せないと判断して少しでも逃げるための時間を稼げ──
「っ!」
──ると、そう読んでいたのに……!
──キン!
と、背中で金属同士がぶつかる音がした。
背中が直接揺れたような感触が伝わる。
間違いなく、殺されるところだった。
背負ったままの籠が槍で突かれた。
貫かれずに済んだのは、中にある鎧が防いでくれたおかげだ。
鎧の中でも軽いものだとキリーさんが言っていたから、そこまでの防御力は無いのかもしれないと思っていたが、背負っている重さ通りの防御力はあったようだ。
籠を間に挟んだおかげもあるかもしれない。
助かった。
「なに……?」
怪訝な声。
中に鎧が入っているとは気付いていなかったのだろう。
いや、見えなかったが正しいか。
とりあえずその隙に、前に倒れ込むようにして、全力で走りだす。
「あっ!」
可愛らしい女の子の驚いた声をその場に置き去りにするために、今出せる最高速度を出す。
しかしこの僕を守ってくれた鎧を背負った状態で、しかも僕みたいな運動不足を表現するのにピッタリな存在が走ったところで、どうせすぐに追いつかれてしまう。
本当、ただの悪あがきにしかならない。
だからと、この鎧を捨てる選択肢は無い。
背後から追いかけられる以上、背負っていれば助かる機会がまた出てくるかもしれないし……何より、キリーさんの荷物を放置するなんてこと、出来るはずもない。
しかしこのままだと、追いつかれて、籠を捕まれ、倒されて、正面から貫かれて、殺される。
それが分かっていても、その時間を少しでも伸ばすために──殺されないために、走っていく。
がむしゃらに。
地下水源に近づいてきていたのに、その方向へ向かうことすらも考えずに。
テントとテントの間を縫うようにして、時には曲がりながら、ただひたすらに、足を動かし続ける。
……くそっ、やはり演技力がダメだったのか……!
というかそもそも上手くいくと考えていたこと自体甘い目算だったか!
だが今はとりあえず、このほんの少ししか増えない時間を利用して、何とかする術を、走りながら考えるしかないっ!